第2話



 翌日、宿に荷物を預かって、応募者の集まりがあるというヨーデン家の城館に向かった。幸い、ギルドでもらった赤ヘビの代金があるので、数日宿泊してもふところ具合には全く不安はない。そうしてもらった思うと、なおさら断れない。

 領主ヨーデン家の城館は、町の中央、大通りの北の突き当たりに堂々とそびえ立っていた。この建物だけで、城を名乗れるほどだ。

「まあ、自分達で発展させた街だからねえ」

 あまりの見事さに、思わず建物を見上げる。道を聞いた時も「領主様の館ですか?」と敬意を払った口調で教えてくれたところ見ると、統治者としても悪くないのだろう。好かれていない領主なんて、つっけんどんになりがちだ。

 立派な門を入ると、中庭にニ、三十人の冒険者がたむろしていた。フィリアは端っこに立って待つ。

 しばらくすると、小柄な老人が現れた。

「冒険者の諸君、よく来てくれた!」

 見た目の印象と異なり、声には張りがある。

「わしは、この町を預かるヨーデン家の当主、ハムス・ヨーデンだ!」

 ――預かる、と来たか。なかなかね。

 町衆から取った税のあがりで暮らしているのに、勘違いしている領主だと「我が町」とか言いがちなのだが。少なくともこの当主は謙虚だ。

「今回、諸君に声を掛けたのは、他でもない。この町をおびやかす黒魔術師を倒してもらいたいからだ!」

「黒魔術師」

 その言葉が出たとたん、周囲の冒険者達がざわつく。

 黒魔術師。悪い魔法使い。

 簡単に言うが、こんなやっかいなものはない。

 魔法を悪用し、さまざまな悪事をたくらむ、魔法使い。当然、取り締まりの兵士らとやり合うために攻撃魔法も使え、場合によっては小規模な軍に匹敵する戦闘力を持つ奴もいる、やばい連中。

 そんなのが、この国の近辺にいるのだろうか?

「事のおこりは、二百年ほど前じゃ……」

 ヨーデン家の当主が因縁を語り始めた。

 もともとこの地は、東西の交易路と南北の交易路が交わる交通の要衝であり、その有望性に気づいたヨーデン家の先祖が、街道を整備して街の発展に尽くしてきた。

「しかし、交通の要衝の利点は、誰にとっても同じ価値を持つ」

 黒魔術師もまた、それに目をつけた。

 各地の文物が集まるこの地は、勢力を拡大するのに都合がよい。黒魔術師はこの地を自らの配下に納めようとした。

 当時のヨーデン家の当主は、たまたまこの地を訪れた強い冒険者達に依頼し、その黒魔術師を討伐し、封印することに成功したのだ。

「へえ……」

 そんないきさつがこの町にあるとは知らなかった。というか、外壁の絵物語には描かれていなかったが?

「ここまでで、何か質問は?」

 言われて、フィリアは手を挙げた。

「すいません。封印されたのなら、なぜ今、問題に?」

 ヨーデン家当主がうなずく。

「うむ、実は、数日前にこの館に、これが届いたのだ」

 ヨーデン家当主、ハムス・ヨーデンの前に、箱が一つ運ばれてきた。

 ――うわっ、気色悪っ。

 フィリアは思わず眉をしかめた。

 魔力を関知できるエルフの感覚では、それが負のオーラを発散しているのがわかる。

 大理石か何かで作られているらしいが、扱った者の負のオーラが宿り、周囲に発散している。魔力に敏感なものであれば、近くにあるだけで具合が悪くなるであろう程の負のオーラだ。

「くだんの黒魔術師が送りつけてきたものだ。無人の馬車で、アンデッド化した馬が引っ張ってきた。ちなみに、馬はこの館についた瞬間、崩れ落ちた」

 ――メッセンジャーは時限アンデッドかあ。目的を果たしたとたん崩れるって、あれ、結構難しいんだけどな。

「これを我らに送りつけたのは、その黒魔術師に違いない」

 その結論に納得する。確かに陰険な魔術師がやりそうな手だ。

 だが、その時、ハムス・ヨーデンの信じられない言葉が、フィリアの耳に入った。

「それでだ。これが何か、知るものはいないか?」

 ――え?

 意表をつかれ、思わずずっこけるフィリア。

 敵からメッセージが送られてきたのに、そもそも、それに気づいていない。

 見ているわけにもいかない。フィリアは、また手を挙げた。

「失礼ですが――私はそれが何か、知っています」

 それを聞いたハムス・ヨーデンが、すがるような顔をする。

「おお、エルフのお嬢さん、教えてくれないか」

「はい。それはメッセージボックスです」

 メッセージボックス。

 人間の国――その古王国時代に使われたものだ。

 早い話が、人の会話や声を幻影として媒体の箱の中に記録し、受け取った人間の目の前で再現する魔道具だ。

 目の前で幻影として再現して見せるのだから、手紙や伝言に比べられないくらいの説得力がある。

 欠点としては、幻影を記録する魔法の術者が、メッセージを送る本人とは別に必要であることと、術を封印する箱が高価であること。あと、結局その箱を相手に送らなければならないことか。箱を送る手間や時間がかかるので、急ぎの連絡には向かない。

 古王国時代は、高貴な身分の者が重要なメッセージを伝えるために使ったそうだが、各王国間の街道が整備され、通信交通が容易になったこと、そもそも手間がかかることなどで、次第に使われなくなってしまったという。

 知らないのも無理はない。そもそもヨーデン家が大きくなったのは、メッセージボックスが使われなくなった後、ここ百年だ。それ以前は、そもそもメッセージボックスを受け取る身分ではなかったのだろう。

「……ということで、現在は使われなくなってしまった魔道具です」

 ふんふん、とうなずいて話を聞いていたハムス・ヨーデンが、納得の表情をする。

「なるほど、さすが長い間を生きるエルフ殿。古き時代のものもよく知っておられる」

 その誉め方に、フィリアはかちんときた。

「文献で知っているだけです! 私はそんな歳じゃありませんっ!」

 フィリアのその剣幕に、ハムス・ヨーデンがたじろぐ。

「し、失礼した。それで……」

 メッセージボックスを叩く。

「このボックスのメッセージを再現出来ますかな?」

 問われたフィリアは、前に出てメッセージボックスを見た。

 ――そもそも汎用魔法の一つだから、そうそう複雑な仕掛けではないはず……。

 複雑ではなかった。魔力をちょっと励起してやるだけで、魔法が発動する。

 周囲がいきなり夜になった様に暗くなり、その闇の中に黒いローブを着た魔術師が浮かび上がる。

『我が名はヴォルター・イラント。魔王様配下の忠実な魔術師である』

 ――こいつが、黒魔術師。

 話にはよく聞くが、実際に黒魔術師を見たのは初めてだ。

『我が封印されている間、ジェーダの町がずいぶん大きくなったことに驚いている。町を大きくした功、誉めてやろう。これからは我が配下となるがよい』

 ものすごい上から目線だ。

 ――こいつの頭はどうなっているんだろう?

『もし抗うというのなら、受けて立とう。我は十日後、ジェーダの街に攻撃を開始する』

 当主ハムス・ヨーデンの顔から血の気が引く。

『抗うなら、我が城へ攻め寄せるがよい。我を止めることが出来るのならな。よいな。あと十日だぞ』

 そう告げ終わると、メッセージボックスの幻影は終了した。

 誰もが、今の幻影が含む毒に当てられたように、無言だ。

「……諸君、聞いたとおりだ。メッセージボックスが届いたのは三日前。あと七日間で敵の総攻撃が始まる」

 ヨーデン家当主が、沈痛な顔で語る。

「よければ、君たちの力を貸して欲しい。それに見合うだけの報酬は払う。期待している」

 そういうと、ハムス・ヨーデンは館に戻った。



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