第4話




 フィリアは宿に戻ると、今日、初めて見たメッセージボックスについて記録を始めた。

「結構面白い魔法だったなあ。現代に置き換えたら、使い物にならないかな?」

 とりあえず、幻影の再現度は高かった。今でも実用に足るレベル。

 —―もったいないなあ。

 メッセージボックスそのものの外見、幻影の様子、使用感、魔法の仕組み、起動方法等を絵も入れながら詳細に記録していく。

 なかなか珍しいものを体験出来た。その事実が、新しい知識を得た、という満足感となって、フィリアの充実感となる。

 実際、人—―人間の魔法というのは面白いと、フィリアは思っている。

 人はほとんど魔力を持たない。適性ーー魔力を持つ人だけが魔術師になるが、それでも天性でほとんどの者が魔力を持つエルフに比べてずっと魔力量が少ないという。

 —―しかし、だからこそ工夫する。

 いろいろ工夫して、魔法を使いやすくしたり、魔力がない者でも使えるようにしたり。

 その工夫は、魔法が普通に使えるエルフが見ても驚くほどだ。

 このメッセージボックスなど、その典型だろう。

 この工夫こそ、人間の優れたところだと思う。

 —―その、人の魔術師と決戦だ。

 黒魔術師との決戦。アンデッド達との戦いだ。激しい死闘となるだろう。

 生き残れるかどうか、分からない。しかし、フィリアには死ぬ気はない。

 —―必ず生き残る。

 決意は簡単だが、出来るとは限らない。しかし故郷の両親と約束した。必ず無事に帰ると。

 だって、私はまだ—―。

 その時、部屋のドアがノックされた。

「はい?」

「フィリアさん、お客さんですよ」



 階下に降りてみると、昼間、城館で会ったギルドマスターと戦士だった。

「よう、昼間は失礼したな」

 ギルドマスターが手を挙げて挨拶し、戦士は黙ったまま頭を下げる。

「何かご用ですか?」

「いやなに。昼間ご機嫌を損ねちまったからな。お詫びに一杯おごろうかと思ってな。そのう……つき合えるか?」

 フィリアがへそを曲げてしまったのを気遣って、様子を見に来てくれたらしい。

 こちらとしても、これから一緒に戦う仲間になるのだ。否やはない。

「ご丁寧にありがとうございます。こちらこそ、昼間は済みませんでした」

 フィリアとしても短慮だったと思い、謝罪する。

「深酒とはいきませんが、少しならかまいませんよ」

 と微笑んだ。

 


「自己紹介がまだだったな。俺はガンド・オルド。このジェーダの冒険者ギルドのギルドマスターを務めている。よろしく」

 ギルドマスター—―ガンド・オルドが自己紹介をする。

「俺はアーガ・ザラット。旅の冒険者だ。戦士として旅をしている。よろしく」

「私はフィリア。見ての通りエルフです。旅をして色々見聞を積んでいるところです。よろしくお願いします」

 自己紹介が終わると、ガンドがそれぞれに木のジョッキを渡す。

「よし、それじゃ、即席パーティー結成の乾杯をしようぜ」

 そう言って、ジョッキを高々と差し上げる。

「出会いに!」



「へー、武者修行なんですね」

「いや、そんなご大層なものじゃない。道々日銭を稼ぎながら、剣を鍛えるその日暮らしだ」

 —―照れてる。良い人なんだ。

 アーガ・ザラットが、フィリアに感心されて、顔を赤らめながら頭を掻く。

 グレートソード使いで、修行の旅の最中にこの街に立ち寄ったという。

 ガンドがぐいっと一口あおってから、フィリアを見る。

「そう言うお嬢ちゃんは」

「『フィリア』でお願いします」

「失礼。フィリアはどういう目的の旅なんだ?」

 そう言うガンドがフィリアを見る目は、面白そうだ。昼間に目立ちすぎただろうか?

「いや、特に目的はないですよ。それこそ、アーガさんと同じで、道々日銭を稼ぎながら、いろいろ学ぶ日々です—―わあっ! 美味しそう!」

 目の前に、大ぶりにぶつ切りにした肉の串焼きが出される。

「んーっ、美味しい!」

 天真爛漫という言葉そのままに、喜ぶフィリア。

 その素直な反応に、思わず笑うガンドとアーガ。

「焼き加減も最高。いい感じのお肉ですね。この宿に泊まってよかったー」

 串焼きをぱくつくフィリアに、ふとアーガが聞く。

「そういえば、エルフは菜食主義だと聞いたことがあるが……肉も食べるのか?」

「ん?」

 口の中いっぱいにほおばって、『なんで?』と目で聞き返すフィリア。

「ああ、俺も聞いたことがあるが……」

 目の前で肉をほおばるエルフを見ては、説得力がない。

「—―んと、別にエルフ全体が菜食主義って訳じゃないですよ」

 そもそも、種族として自然と調和することを最上と考える文化なので、そういう傾向はあるが、全体ではない。

「菜食主義者は多いですが、あくまでも多いという程度です。肉を食べるエルフも普通にいますよ」

 動物を殺すという一点で、肉食を忌避する者もいるが、一方で動物も自然の恵みと捉え、いたずらに殺さないなら許される、という考え方もある。

「なにより、厳しい自然の中でそんな選り好みしていたら、場合によっては飢えちゃいますよ」

 その時、さっきの給仕がフィリアのところに来た。

「先ほどは、当宿をお褒めいただいて、ありがとうございます。これはサービスです。どうぞ」

 野菜のピクルスの盛り合わせをフィリアの前に置く。

「わ! ありがとうございます!」

 よろこんでぱくつきだすフィリア。

「こりゃ、天然で世渡り上手だな」

 勝てない、とばかりに肩をすくめるガンド。

「俺もこれくらい世渡りが上手ければな……というか、上手ければ、そもそもジェーダには来ないか」

 ピクルスをぱくつきつつ、ジョッキの酒を飲んでいたフィリアが、頭の上に「?」を浮かべる。

「ああ、このジェーダ、周囲の地域にダンジョンとかなくてな。あまり冒険者が居着かないんだ」

 ガンドが苦笑する。

「ああ、そういえば……」

 フィリアの記憶にも、この近辺にダンジョンの記憶はない。

「冒険者にとってダンジョンは、一攫千金を狙える花形目標だ。それを狙わず、ここに来たんだ。要領が悪いよな。もちろん交通の要衝だけあって、護衛とか小規模の仕事は多いから、食うに困らないのはありがたいが」

 しかしフィリアは、ダンジョンの話に眉をひそめた。

「ダンジョンって、確かに一攫千金を狙えますが—―わたしは、それ以外の方に興味あります」

「それ以外?」

 一攫千金以外に何が、とばかりに聞き返すガンド。

「はい」

 お腹を満たして満足したのか、フィリアが姿勢を直す。

「たとえば、ダンジョンが作られた歴史的経緯とか、です」

 フィリアが身を乗り出す。

「そもそもなぜ、建設に苦労したに違いない巨大なダンジョンを用意してまで、宝物を隠す必要があったんでしょう?」

「……」

 ガンドもアーガも言葉を失っている。考えたこともなかったからだ。「『宝物を隠す』という一点だけでも、色々考えられますよね。例えば『今は不利でも、捲土重来を期して』とか『子孫のために、安全に財宝を残したい』とか」

 フィリアの勢いは止まらない。

「あと、巨大なダンジョンを建設する労力ですよね。捲土重来とさっき言いましたが、そんな存亡の危機に、何十年も先の逆転を目指してダンジョンを建設する余裕などありません。今が危機ならば、今、その労力と宝物を使って反撃すればいいんですから」

 酒を一口飲んで喉を潤すフィリア。

「では、なぜダンジョンを作ったんでしょう?」

 二人とも無言だ。

「建設に奴隷を使役したと言う人もいますが、私が以前読んだ当時の記録には、ダンジョン建設を、領主のために喜んでやっていたという記述があるそうです。真面目に働かない労働者の愚痴を書いた記録すらあるんです。そういうものを見ると、ダンジョンの見方そのものが変わります」

 一気にそこまで語ると、フィリアも思いのたけを吐き出し終わって、言葉を止める。

「……いやあ、ダンジョン一つとっても、色々な考え方があるんだな。考えたこともなかったわ」

 ガンドが、あっけにとられる。

 ダンジョンと言えば、せいぜいが、昔の領主や金持ちが、道楽で宝物の保管場所として作ったんだろう、くらいのイメージしかなかったのだ。いや、むしろそっちの考え方が一般的だ。宝物を手にいれた際に『宝を取っておいてくれて、ありがとな』とでも感謝すれば、むしろ上等な部類だ。普通は「儲かった儲かった」で終わってしまう。

「……だから、私は、ダンジョンのお宝を狙う気なんてありません」

 冷静になったフィリアが、ゆっくり酒を口にする。

「むしろ、作った経緯、作った人の想いに興味があります」

「なるほど、想い、か」

 ガンドがうなずくが、アーガは納得がいかない、という表情だ。

「……所詮、過去の話だ。今の我々には関係ない」

「——!」

「関係ない」と切って捨てられたことに、愕然とするフィリア。

「今の我々にはカネが、宝が必要なんだ。そもそも、ダンジョンの奥底深く眠っていて、もはや持ち主も現れないような代物だ」

 ジョッキを持っているフィリアの手が、プルプル震えている。

「——宝物をダンジョン内に保管した、過去の人の想いは何も関係ないって言うんですか? 一顧だにしないと?」

「敬意は払おう。感心もする。でも、それだけだ。過ぎ去ったことだ。現在の我々には、何も出来ることはない」

 ジョッキを握りしめていたフィリアがうつむく。しばらくして、ぽつりとつぶやいた。

「『歴史に無知な者は、未来に見放される』」

「……何だ?」

 アーガが疑問をつぶやく。

「昔の学者さんの言葉です。歴史に学ばない者は、いずれ今の問題で行きづまる、ということです」

 決然と、フィリアが目を二人に合わせる。

「私は、この言葉を信じています」

 そういうと、立ち上がった。

「ごめんなさい。明日の準備があるので、これで失礼します。ここの支払いは—―」

「ああ、いいよ。俺が払っとく」

 そう言われ、少し表情を和らげる。

「ありがとうございます。それじゃ」

「ああ、お休み」

 そういうと、無言のアーガにも頭を下げ、部屋のある二階にあがっていった。



「……親睦のつもりだったんだがなあ」

 ガンドが頭を掻く。

「……すまない」

 アーガが謝罪する。

 フィリアがあがっていった階段を、ガンドが見やる。

「……俺たち、あのお嬢ちゃんにメッセージボックスを見せてもらわなければ、無防備な状態で黒魔術師の攻撃を受けたんだぜ」

 そういうと、溜息をついた。

「それって、お嬢ちゃんのいう『未来に見放される』そのものじゃないか?」

「—―そうだな」



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