4 四月中旬、平日の早朝、聴いたあと
最初に聴いたのも含め、燐音が心を込めて歌う曲を五回聴き入って、自分の素直な感想に喜ぶ燐音を五回、目に焼き付けた俺は、
「燐音、今のヤツも送っといた」
嬉しそうにしている燐音へスマホを軽く振って示し、
「そんで、そろそろ時間だけど、どうする?」
ベンチに置いていた、自分の教材や部活用品やらを入れているデカいリュックと、燐音の通学カバンをスマホを持っている手で示した。
「あれ、もうそんな時間? うん、行く。ありがと、なおちゃん」
燐音は素直に、嬉しそうに、こっちへ駆け寄ってきた。
こういった時の燐音はいつも、制服のスカートにしまっているはずのスマホで時間の確認をしない。燐音が『お菓子が食べれる』からと所属した茶道部は朝の活動なんてないのに、早朝から学校のプールを使う俺と一緒に登校する。
「俺が燐音に感謝する側だから。ありがとな、燐音」
ベンチから立ち上がって制服のポケットにスマホをしまいながら、淡々とした口調と、苦笑を向け──他人が見たら悪人面で嘲笑ってんだろう表情で──ありがとうと伝える俺へ。
燐音は眩しいくらいの笑顔を返してくれる。
「なおちゃんも『ありがと』なら、ありがと同士だね」
お前、そういう笑顔はマジで好きなヤツとかに見せるもんだからな。
舌に乗りかけた言葉を飲み込み、リュックを背負って別の言葉をかけた。
「このまま練習続ければ、本番の時、絶対成功するよ」
相手が誰かは知らんけど、気持ちは絶対に伝わる。伝われば、燐音を助けた『誰か』は燐音を好きか、好きでなくても気にかけてくれてるんだから、成功するだろ。
その相手が誰かは知らんけど。
「ホント?!」
カバンを肩にかけた燐音が、黒くてつぶらな瞳をキラキラと輝かせ、嬉しそうに見上げてくる。
マジで最近、どんどん可愛くなってくな、お前。
恋ってすげぇなぁと思うのと。
燐音お前、本当に感情表現が豊かになった──戻ったが正しいか。
歌えるし、喋れるし、無理してそれらをしてる訳でもないらしい。
燐音が幸せになれたら、俺も──
「二十八日の本番、絶対なおちゃ、……なん、でも、ないです……」
俺は何も見てないし聞いてない。
燐音がとんでもなく嬉しそうになんか言いかけたことも、恥ずかしそうに顔を赤くして目を逸らしたことも、見てないし聞いてない。
二十八日が何月の二十八日とか、知らん。
四月二十八日は俺の誕生日だけど、燐音は何月のって言ってないし、四月だとしても知らん。
「……はい、そろそろマジで時間なんで。泳ぐ時間なくなるから、悪いけど行くぞ」
「あ、うん、はい。どうも、です……」
ベンチからいつもより大きめな歩幅でゆっくり一歩進むと、視線を彷徨わせる燐音が隣へ来るように歩き出してくれた。
ゆっくりめで大きな一歩から、いつもの速度といつもの歩幅に直し、燐音と一緒に最寄りの駅まで歩いていく。
燐音が好きで、燐音への恋心が粉々に砕けても燐音を好きな俺は、……俺は、燐音を。
燐音を不幸にした。酷い目に遭わせた。なのに燐音は、俺を何度も助けてくれた。今も助けてくれている。
燐音への想いが粉になった時、泣きたくなったけど安心もした。
これ以上、燐音を不幸にさせないで済む。責任を負わせないで済む。燐音が幸せに、俺のことなんてどうでもよくなるくらいの『恋』を、『恋愛』を──なんでもいいけど、幸せになってくれれば。
燐音は燐音として生きられる。
だから安心したのに、安心できない要素が見え隠れするから、内心で冷や汗をかく。
それら全てから目を逸らし、背を向け、都合の良い勘違いしてんじゃねぇよと、悪人面で自分を嘲う。
燐音の好きな『誰か』は、俺じゃない。
俺は燐音を助けたことなんて無い。
だから俺じゃない。
都合の良い勘違いしてんじゃねぇよ、鮫島直。
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