2 小学校の低学年、お化け屋敷
小学校の低学年。
お化け屋敷でのことと、そのあとに起こった一連の出来事。
遠足か何か、遊園地に行く学校行事があった。
俺と運悪くグループを組むことになったクラスメイトたちの中に、燐音も居た。
俺からそれとなく距離を取りたがるグループメンバーと違って、燐音は俺と一緒のグループになれたと喜んでくれていた。
その燐音は、とても怖がりだ。
とても怖がりで、ルートにお化け屋敷があると知った時、『暗いもんね。怖いの、いるもんね。入りたくないな』と、燐音は確かに言っていた。
そういう子がいると分かっているから、「入る気分にならない人たちは、先生たちと待っていましょう」と先生たちも言っていたのに。
『お化け屋敷、入ってみたいんだけどね。ちょっと、えと、ちょっといっぱい、怖いから。一緒に行ってくれたり、しない、かな』
お化け屋敷の前まで来た時、燐音は笑顔で言って、俺の手を握った。
燐音より怖がりなのに、怖がりだと知られると馬鹿にされるから、なんて意地を張ってお化け屋敷へ突入するつもりでいた俺の、震えている手を。
俺が怖がりなことを、燐音より怖がりなことを、燐音は知っている。
とても怖がりな燐音よりも怖がりな俺にお化け屋敷への嫌な思い出があることも、燐音は知っている。
幼稚園の時、怖いのかよお前、などと茶化され、怖くねーしと意地を張ってお化け屋敷へ突入した俺を。
意地なんてすぐ消えて、怖くて怖くて途中で動けなくなって、過呼吸を起こして倒れた俺を。
涙を流して震え、過呼吸から普通の呼吸へ戻れないまま、幼稚園の先生に抱えられて、お化け屋敷を途中離脱した俺を。
外へ出たことで過呼吸は多少落ち着いてくれたけれど、周りにからかわれて、消え去らない恐怖と悔しさと恥ずかしさと惨めさで本格的に泣いてしまった俺を。
周りへ注意している先生たちが宥めてくれても、泣きやめない俺を。
最初から、ちゃんと『怖くて』と伝えて、お化け屋敷に入らなかった燐音は、全部見ていた。
全部見ていた燐音は、しゃがみ込んで過呼吸に近い呼吸をしながら泣いていた俺を、体当たりする勢いで抱きしめてきた。
俺を抱きしめてきた燐音は、髪の毛をワシャワシャとかき混ぜるみたいに、俺の頭を撫でた。
何も言わないで、ずっと。
周りが「またやってる」と冷やかしてきても、ずっと。
俺が泣きやむまで、過呼吸から普通の呼吸へ戻るまで、ずっと。
抱きしめてくれていて、頭を撫でてくれていた。
燐音に手を握られて、燐音にしてもらったことを思い出した俺は、急に恥ずかしくなった。
『怖いんなら待ってていいって、先生言ってただろ。無理に入っても良いことないんだし』
意地を張っている自分にこそ言うべきことを燐音へ言って──純粋に燐音が心配だったのもあるけど──その手を振り払おうとした。
振り払おうとして、気づく。
燐音の手も、震えていることに。
燐音の笑顔が、不安や怖さを隠そうとしてか、無理やり作られたものであることに。
『怖いのは、そうだけどね。でもね、なおちゃん、入るなら。一緒に入りたいんだ、お化け屋敷』
片手で握っていた俺の手を、両手で握って、言われた。
もう片方の手も、同じように震えている。
やっぱり怖いんだろ。
分かってるから、怖いのはお前のせいじゃないんだから、やめとけ。
今度は本当に心配になって、言おうとした。
言おうとした、けど。
『オバケ、怖いから、守ってくれたりすると、嬉しい、な。なんて』
下手すぎる作り笑いの笑顔で、へへ、と下手すぎる笑い方をした燐音を見た瞬間。
俺の中にあった、意地も、恥ずかしさも、気遣われた悔しさも、何もかもが吹き飛んでいった。
残った思いは、一つだけ。
『……じゃあ』
燐音の手を、握り直して。
『怖くても、入りたいなら、守るから。一緒に入るか、お化け屋敷』
言った言葉の通り。
燐音を心配する俺を、燐音はまた守ろうとしてくれているから。だから今度こそ、燐音を守り切ってやる。
子どもなりに強く誓った、その思いだけ。
『うん!』
折れるんじゃないかってくらい思い切り首を縦に振った燐音と一緒に、恐怖に勝る「守るんだ」という思いで、お化け屋敷へ入って──
『んぎゃあああああ!!』
初っ端に出てきたゾンビっぽい幽霊(のスタッフ)を見てギャン泣きした燐音を半分抱えるようにして、先生の一人と一緒にお化け屋敷から離脱した。
怖かった。なおちゃん、怖かったよぉ。
泣きじゃくる燐音へ、『そうだな、怖かったな。やめときゃ良かった、ごめんな』と、俺は必死に声をかけ、背中を撫でたりした。
俺だって怖かった。お化け屋敷の暗闇にも、ゾンビっぽい幽霊のスタッフにも、どうしたって本気で恐怖してしまう。
でも今は、自分のことより。
燐音を守りきれなかった。燐音を怖がらせてしまった。怖がってる燐音を早く安心させてやりたい。
そっちのほうが重要だった。
だから、周囲を気にする余裕なんて、欠片もなかった。
周囲が自分たちを、俺を、どう思って見ているか、頭から抜け落ちていた。
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