第4章 姉と妹と

第34話 妹と大晦日

 あのクリスマスの夜から、少し時間が経ちました。


 帰った直後は、滅茶苦茶言ってしまったのもあり。気持ちが昂ってしまったのもアリ。まともにくろえの顔も見れなくて、しばらくぎくしゃくしていましたが。


 数日もすれば、すっかり元通りの私達に戻っていました。


 カタカタと、キーボードを打ちながら、ぼんやりと今の私達のことを考えます。


 くろえは私に好きだと伝えました。私もくろえに好きだと言いました。


 姉妹とも、家族とも、友人とも、きっと違う意味を持った『好き』を。


 右手薬指に嵌めた指輪は、恋人がいるという証だそうです。


 つまり、そういうことなのでしょう。時折、金属の冷たさが肌に触れるたび、私にその事実を想いださせてきます。


 それはきっと、社会から許されることではないけれど。


 不思議と、あまり後悔はありませんでした。


 だって、どうせ、堪えきれなかった気がするから。


 抱えた想いは、胸の中で答えを探して、ずっと駆けずり回っていたのです。いつ、どこで、顔を出していたか、結局はその違いだけ。


 だから、この想いは……10年という時間で積み上げたこの想いは、きっといつか伝えなければいけなかったのでしょう。


 これから、どうなるかはわからないけど。


 それでも、今はくろえと、想い合えているという事実だけを慈しんで。


 たとえそれが、いつかは枯れて堕ちる、花のような恋だとしても。


 最後のその時まで、きちんとあなたを愛せるように。


 それだけを、あのクリスマス夜に、この指輪に誓ったのですから。


 自室の中、指輪にそっと口づけをします。


 まるで誓いの儀式のように。


 病めるときも、健やかなるときも。


 最愛のあなたを、守れるように。


 そう、少しだけ祈ってから、最後にエンターキーを押しました。


 出来たのはいつも通り、他愛のない短編です。想い人二人が、社会の非難の眼に晒されながら、それでも愛を誓い合う。ありふれた、そんなお話。


 でも今だけは、そんなありふれたお伽噺を、信じたままでいたいような、そんな気がしていました。


 どうか、どうかと。


 夢のような、そんな結末がありますようにと。


 どうか、どうか。
















 …………それはそれとして、ちょっとえっちになっちゃったので、ネットにあげるだけに留めておきましょうか。琥白ちゃんやくろえに見せるのは、さすがに少し恥ずかしいので。


 そうやって、少し火照った頬で、ぶんぶんと頭を振る私の隣で。


 スマホが微かに振動していたわけですが。


 この時の私は、さっぱり気が付いていないのでしたとさ。




 ※




 さて、皆さま、年の瀬も迫るころ、いかがお過ごしでしょうか。


 私は、冬の課題は程々に見ないふりをして、文芸部誌用の短編(見せても大丈夫なやつ)をいくつか仕上げて、ほっと一息つく今日この頃です。後は、穏やかに年越しを待つ、ただそれだけ。


 お雑煮やおせち、おもちの準備もバッチリ。


 生活費を倹約して浮かせた、くろえ用のお年玉も抜かりなし。


 我ながらちょっと、完璧なお姉ちゃん仕草にほれぼれしちゃうぜ。普段から、お外でもこれくらい手際がよかったらいいのだけれど……。


 ずごごと、ミルクティーをすすりながら、年末特番を片手にふぅっと息が漏れる。


 うむ、まあ、反省はこれくらいにしておこう……。


 なんて思っていたら、家の扉が開く音がした。私はいそいそとリビングから玄関に出て、帰ってきた妹を出迎える。


 「おかえり、くろえ。ありがとね、買い物してくれて」


 そう声をかけると、くろえは得意げにビニール袋をそっと掲げた。少し買い忘れていた、年明け用の飾りつけとか、日用品とかを買いに出てもらっていたのだ。


 「全然。ご飯系は全部はるに任せてるから、これくらいやっとかなきゃ。……あ、ついでにアイス買ってきた」


 そう言って、にやりと笑う妹に、私もそそっとほくそ笑む。


 ふふふ、そろそろだと思って、あったかい紅茶を用意していた甲斐がありますな。


 二人で必要なものを棚や冷蔵庫にしまった後、リビングでくろえが買ってきたアイスを開封する。年末だからか、普段買わないような、ちょっとお高いアイスたちだ。年始にも食べるつもりなのか、目移りしそうな程度に数もある。


 「おお…………いいねえ、ダッツのビスケット、好きなんだよね……」


 「あはは、だから買ってきたの」


 「ぬぬぬ、好みがバレとる……なぜ……」


 「いや、何年はるの妹やってると思ってんの……?」


 なんて唸りながらも、思わず頬が緩むのが抑えられない。何にしよっかな、ストロベリーも捨てがたい、クッキークリームも大変よき。


 るんるん言いながら、スプーンを準備してきて、くろえの方をちらっと窺う。迷ってる私と違って、くろえの方は決まりきっているようで、すっと手を伸ばしていたのはチーズケーキ味だった。


 「相変わらず、チーズケーキ味が好きだね、くろえは」


 そんな私の言葉に、くろえもちょっと頬を緩めながら、ふふんと頷く。


 「そう、普段はこのブランドないんだけどね。今は期間限定であったから、思わず買っちゃった」


 そういうくろえは、珍しくうきうきしているのか、無邪気に手のひらの中でスプーンをくるくる回してる。恐らくその表情を学校で浮かべていたら、告白者数が2.5倍はされてそうな所作だ。


 そして、今更だけど、うちの妹は大層モテる。もはや自然の摂理として。


 「………………ぬぬぬ」


 「え…………そんな悩む?」


 「いや、うちの妹が可愛すぎると想っただけ……」


 私はため息をつきながら、とりあえず最初に狙っていたビスケットを手に取った。後はしまっておいて、来年食べよう。そう思ってアイスを袋に戻していると、じっとくろえに藪にらみをかまされた。少し紅くなった頬もついでに迫ってくる。


 「あのさあ、はる…………」


 「………………?」


 なんか文句を言われている気がするが、私ははてと首を傾げることしかできない。くろえが美人で可愛いなどということは、もはや公然の事実であり、今更議論の余地すらないことなのに。仮に裁判になっても完全勝訴する自信が、私はあるぞ。


 ただそんな世界一可愛い妹は、ぐるると唸りながら、私をじっと睨んでくる。おかしいな、いつもは褒めても、はいはいそうだねと、流されてばかりだったはずだけど。


 しばらく首を傾げて、こっちを赤面しながら睨むくろえをじっと見返す。


 ただ数秒して、その無言の圧力の意味に思い至った。


 「あ」


 そうだ……好き合っているのだ、私達。今更だけど。


 そして、そう、一般的に姉が妹に対して可愛い可愛い言うのと、恋人同士が言うそれでは若干意味が異なってくる。


 例えば、そう。


 「そうだね、逆の立場に成ったら、理解できる? ―――はるは世界一可愛いよ」


 くろえはじっと睨んだまま、私に向かってそんな歯の浮くような台詞を吐いてくる。しかし、困ったことに、うちの妹、声もいいので、そんな台詞も様に成ってしまう……。


 「あう…………」


 「誰よりも可愛い、好き、愛してる。このまま食べちゃいたいくらい」


 そのまま、若干火照った頬のくろえがじりじりと距離を詰めてくる。私は思わず、あうあう言いながら、後ずさりすることしかできない。


 おかしい、普段のお姉ちゃんモードの私なら、「そんなことないよー、私なんて教室の隅っこのゴミだもの……」って笑って逃げられるはずなのに…………。


 「………………ぐぬぬ」


 「………………」


 今はソファとくろえに挟まれて、逃げ場もなく視線を逸らすことしか出来ない。顔は火照って、冬場なのに異様に熱い。暖房の効きすぎかなあ、なんて現実逃避すらさせてもらえない。


 どうしてだ。どうして……その好きな人に、可愛いと言われるだけで、こんな気持ちになってしまうのだろう。


 胸がバクバクと早鐘を打つ。くろえの視線が至近距離で、じっと見つめてくる。うぅ、それだけで、余計に頬が熱くなってしまいそう。


 耐えられなくなって、眼を思わず閉じたら、くすっと笑い声が響いてきた。


 そして、その後、頬に柔らかい何かが、ふっと触れる。


 「ふふっ、これに懲りたら、あんまりからかわないよーに」


 はっとなって目を開けると、どこか得意げな表情のくろえがそこにいて。私の焼けたような頬には、濡れて冷たくなった感触、小さくが残ってた。


 ぐ、ぐぬぬぬ…………、弄ばれとる。


 そんなやりきれない衝動が、胸の中をぐるぐる回るけど、結局行き場も見つけられぬまま。私はすごすごと、アイスを冷蔵庫にしまうことしかできなかった。


 一つ分かったことがあるとするなら、姉妹としての行為と、今の私達の行為は色々と勝手が違うこと。


 可愛いと一つ言うだけでも、関係が変われば、意味合いは全然変わってくる。


 ……もしかして、姉妹だからこそ、気軽にできていたことが山ほどあるのでは?


 そんな思考と同時に浮かび上がるのは、私がお風呂上がりに下着でうろうろするのを咎めていたくろえの姿。


 あれも、姉妹としては普通だけれど。そういう眼で見てしまう相手なら、もちろん感じ方は変わってくる。


 …………。


 思考が少しぐるぐる回る。胸の中で、熱い何かがゆっくりと巡っていくような感じがする。


 くろえの気持ちは受け入れると決めた。私自身もくろえへの想いを認めた。


 じゃあ、今の私はくろえのことを、どういう眼で見ているのだろう。


 ぼんやりと考えながら、アイスを口に咥えたまま、リビングにゆっくり戻る。くろえは満足そうにアイスを口に運んでいるけど、そんな彼女の姿を見て抱く想いさえ、昔とは変わっているのだろうか。


 何かが、糸で私を引っ張っているような感覚がする。興味か、好奇心か、そういう何かが。


 だから、それに導かれるまま、くろえの隣に腰を下ろして、そっと口を開いてみた。


 くろえは、そんな私を不思議そうに、横目で眺める。口にはスプーンを咥えたまま。


 これから何を口にするのか、私自身すら、上手くつかめないけど。


 それでも、興味を抑えきれずに、そっと口を開いた。



 「ね、くろえ、?」



 止まった。


 時間が。しばらく。


 くろえはスプーンを咥えたまま、彫像のようにピクリとも動かない。


 そんな姿をじっと見ながら、私はうーんと考える。


 数十秒後、くろえは震えるように冷や汗をかきながら、恐る恐る口を開いてた。


 「………………なんで?」


 「んー……今ならくろえのこと、えっちな眼で見れるかなって」


 口にしてから、少し恥ずかしい気もしたけれど、興味の糸が未だに私を、ずるずる引っ張っているのも事実なわけで。


 やっぱり、そう、一度ちゃんと確かめる必要はあると想う。


 だから、私は引くことなく、ふんすと鼻息を鳴らしながら、くろえに詰め寄る。


 「…………ま?」


 「マ!」


 そんな私を、くろえはどこか身体を震わせながら、不安そうに見つめてた。


 寒いからってわけじゃないだとは思うけど。


 でも、やっぱり、気になるし!


 そんな私の決意を知ってか知らずか、何も言わないくろえの手の中でアイスはゆっくりと溶けていくのでしたとさ。


 さあ! お風呂! 入るぞ!

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2026年1月22日 18:00

もう姉妹には戻れない キノハタ @kinohata

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