第2弾 虹/ELLEGARDEN

「おい!エル!今日はイモの収穫だろ!?早く行け!」

 「はい!すみません!」

 さっきまで測量の仕方を教わっていたのだが、全くさっぱり理解できずに授業の時間を超えてしまっていたのだ。今日は収穫の日。絶対遅刻出来ないのに!

俺は急いでタカナシさんが耕しているジャガイモ畑へ走った。

道中、みんなから声をかけられる。

「エル!勉強は捗ってるか?」「まあ、ぼちぼちっす!」

「今晩うちに寄ってちょうだい、御漬物を持ってってほしいの」「わかりました!」

今、この街は活気に満ちている。特にここ最近は作物が安定して取れているので、みんなの健康状態も良く、元気なのだ。

去年は不作で一昨年もダメ。そんな年が続いていたから、みんな嬉しいのだ。

「すみません!遅れました!」

タカナシさんのところについて俺はすぐに頭を下げた。

「ああ、エルくん。来ないと思ってたところだよ。ささ、とっとと終わらせちゃおう。」

「はい!」

タカナシさんはいつも優しい。以前、収穫中に喉が渇いてトマトを食べてしまっても全く怒らずに、逆にもう一個くれた人だ。他の大人だったら「みんなの作物を!」と怒られていたはずだ。

「じゃあ、エルくんはいつも通りヤマくんと一緒に行動して。ヤマくんは道具置き場で準備しているよ。」

「わかりました!」俺は元気よく返事して道具置き場へ向かった。

作物の収穫は広大な山に点在している畑それぞれで行われる。なので、基本的には少人数で動くのだ。俺たちはここ数年、毎週3日はタカナシさんが管理している畑で作業をしている。なので、もう信頼されて子供だけでの行動が許されていたのだ。

「ヤマ!早いな!」

 「そっちが遅刻しただけだろ?」

 幼馴染のヤマ。こいつは頭が良くて、もう測量や天候の授業を終え、今は一番頭が良くてはならない機械の授業を受けている。

 「いやあ、測量がてんでわからなくて……おかげでリンさんの時間も取っちゃったよ。」

 「リンさんに教わってたのかよ。あの人もあの人で自分の勉強があるんだからあんま迷惑かけんなよ?」

 「だな~気つけるわ~」

 そして俺も準備を整え、ヤマと二人でタカナシさんが管理している山道から山へ入って行った。この山はバカでかいから、ここからは長時間山登りだ。


 ここの山は荒廃したこの世界では珍しく植物が生い茂っている。なにやら高さがちょうどいい?とか聞いたことがあるが、よくはわからない。

 この山は広大で、様々なものが取れる。畑での作物はもちろん、自然にある植物も、生きている動物も、鉱山資源もなんでもここから採集してくる。

つまり、俺たちこの街の人々の生活や健康状態はこの山の状態で決まるってことだ。

 その上俺たちの街はこの山に守られてもいる。

この山周辺には俺たち以外の人間、生物はいない。他にいるかも確かめることは出来ない。なんでかっていうと、この山の周辺地域から少し出ると、辺り一面全部が砂漠になっているからだ。他の街もあるのかもしれないが、調べるためにはこの砂漠を歩き回る必要がある。調査に出た人々は誰も帰ってきていない。俺の父さんもその一人だ。

その上天候も不安定だ。月に一度は吹いてくる砂嵐。ごくたまに雨が降ったかと思えばその雨は一週間降り続く。俺たちが住む山の南側だけが安全地帯なのだ。

 山に生かされ山に守られる人々。それが俺たちだ。


 そして、そんな山に俺はヤマと足を踏み入れた。

 「ええと、タカナシさんの畑は……。」

 俺とヤマは覚えた道をひたすらに歩く。途中、他の人が管理している畑で同じように働く人々に挨拶をしつつ、歩くこと数時間。ようやく山の上の方にあるジャガイモ畑へたどり着いた。

 「よし、とっとと収穫しちゃおう!」今日は他のところでトマトも収穫されているし、鶏も振る舞われる日だったはずだ。今晩は美味しいものが食べられそうだと思うとやる気が出てきた。

 「だな、今からやれば、みんなの夕飯には間に合うな。」

 荒廃したこの世界。資源も乏しく全員が常に働かないと生活が回らない。なので、全員が共通して楽しみにしているのは食事だけだった。

 「じゃ~ん!エル、これ見て。」

 作業を始めようとすると、ヤマが何かを見せてきた。

 「なにそれ?」

 「へへ、習ったことを応用して作ってみたんだ。これなら一度に3つを半自動で収穫できる!」

 ヤマが持っているその複雑そうな道具は、なんと収穫を助けてくれるものだった。

 「なんだそれ!すげえ!」

 「まだお試しだから、とりあえず使ってみよう!」


 それからヤマは時々自分が作った発明品を畑で試すようになった。

 「いいよな、ヤマは、頭が良くてさ、みんなに貢献出来ててずるい。」

 この街じゃみんなのためになる才能さえあれば褒められ、認められた。

 「いやいや、エルだって体力めっちゃあるし、労働力としてちゃんと貢献してるじゃん。」

 「それは……だってみんなそうしないとじゃん。」


 それから俺は少し落ち込んでいた。

 確かに俺はこの街のために働けている。貢献できている以上、それ以上を望む必要はない。でも、なにか雨が降っている時のような暗い気持ちが心の中に出来ていた。

 「エルはちゃんとみんなの役に立ってるじゃん。」

 リンさんにそのモヤっとした気持ちのことを言ってみたのだけれど、特に解決はしなかった。この街では子供は勉強と労働。大人は労働。あとはご飯と睡眠。それだけの生活だったから、別に誰も個性を出そうとはしない。なんなら、実益にならないことは栄養の無駄だからと怒られる。

 でも、そんな中ヤマはみんなのためになる個性を見つけ始めている。

 僕らは十四歳。あと四年後には一連の授業を終えていよいよ大人の仲間になってそれぞれの労働でみんなに貢献する。先生や技師など特別な職業に就ける人は才能のあるほんの一握り。俺や他の普通のみんなはただただみんなで生きるために働くんだ。

 「リン先輩はやっぱ先生っすか?」リンさんは今年で十八。あくまでも生徒として通っているのだが、教える才能を買われて時折俺みたいに勉強ができない人に補習をしてくれる。

 「まあね、うち、教えるの好きだし。」そう言ってリンさんは笑った。

 「じゃあ、あと四年は面倒よろです!」俺は明るくそう返した。

 「さあ、続けるよ。」

 今日の授業は自然について。生きる上で必須だから、ちゃんと覚えておこう。

 俺は大人たちから強く言われないようにせめて勉強はやっておこないといけない。

 「長い雨の後、たまに現れる虹は6色あるよね。エル、見たことある?」

 「まだ無いっすね。」

 大人たちが話しているのを聞いたことがある程度の「虹」というもの。雨の後にそれが見えると豊作になるとか、良いことがあると言われている。

 「虹がなんで見えるのかは実益にならないから誰も調べないんだけど、雨の後、すぐに光が当たると見えるって言われてるのね。ま、みんなは信仰っぽく話すけど。」

 「俺も難しいことはわからないっすけど、とにかく虹が見えるとなんかいいんすね?」

 「ま、そういうことにしとけば、なんか嬉しいよね。」

 「ですね。」

 この世界では実益にならないことは無駄とされる。なんでかと言うと、無駄な活動をしているとみんなが困るからだ。

 だから大人たちは怒る。

 みんなのために大人しく働くしかないのだ。


 三年後。

 「エル!今日はまた凄いの作ってみたぞ!」

 ヤマは相変わらずその才能を使って様々なものを作っていた。なんなら、以前よりも大人たちの協力が増えてその規模は徐々に拡大していた。「みんなのためになる発明なら大歓迎だ!」というのが全員の意見だった。

 「今日はなんだ?」

 俺はみんなから認められるヤマを誇らしく思うと同時に、やはりどこか置いていかれているような、暗い気分が残っていた。俺ももうあと一年で大人になるし、どこか諦めにも似た感情があったのだと思う。

 「今日はこちら!」

 そう言ってヤマが取り出したものは丸い形状の機械には見えないものだった。

 「なんだそれ?機械じゃないみたいだけど。」

 「そう。これは機械じゃない!最近、機械じゃなくて素材の方に興味があってさ。これ作ってみたんだ!でも、資源を使っちゃうからあんまみんなの前じゃ色々出来ないと思って、ここで試すつもりなんだ。」

 「何が出来るんだ?」

 「これが上手くいけば、山の硬い斜面も畑として使えるようになるはずだ!」

 「凄いなそれ!めっちゃ夢あるじゃん。」

 「でしょ?じゃあ、ちょっと試してみよう。」

 ヤマはそう言うと畑のさらに上、山の頂上付近の作物を育てる場所もほとんどない誰も立ち入らない、立ち入るだけ無駄とされる場所へ来た。

 「ここでやってみるか。」

 ヤマはそう言うと、岩壁の前にその丸い物体を置いた。

 「離れてて。」

 「お、おう。」

 そしてヤマがしゃがんで何かしたかと思うと、走ってこっちに戻ってきた。

 「おい、なにしたんだ?」

 「いいから。」

 

 しかし、なにも起こらなかった。

 「おい、やっぱなんもないじゃねえか。」

 「あれ~?なんか間違ったかなあー」

 そう言いながらヤマが回収に向かったその瞬間。


 どーーーん!!!


 もの凄い音と共に砂が巻き上がった。

 「うわ!」俺は驚きすぎて声が出て、ヤマは尻もちをついていた。

 「……ハハハ!!!やった!やったー!」

 ヤマは尻もちをついたままなにやら喜んでいる。

 「おい、あれが成功なのか!?」俺は駆け寄って疑問をぶつけた。

 「ああ、見てみよう!」

 そして俺たちは砂埃が舞う岩壁に近づいた。

 砂埃が少し収まって見えてきたのは、えぐれた地面と岩壁だった。

 「すご!この岩肌、削るの超大変なのに……。」

 「凄いでしょ?これがあればもっと開拓できるはずだよ。」

 

 ヤマはこの三年間、自分の才能をみんなのために磨いてきた。

 俺は、みんなと同じように、無駄なことはせず、みんなと同じように働いてきた。

 この差はなんだ?ずっとそう思いつつも、大人たちに従い、生きてきた。

 だが、先ほどの衝撃的な音が、俺の中の一部も壊し始めていたらしい。


 「ちょっと待て、ここ、穴空いてない?」

 俺の視線の先。岩壁の一番下に奥へ続いていそうな穴が開いていた。

 「しかも、砂埃が中に入っていってる……。」ヤマも興味を示したようだ。

 「これ、奥になんかあんじゃね?」

 「まさか。だって、……完全に塞がってたよね?」

 「……のはずだが……。ヤマ。さっきのあれ、もう一個ないか?」

 「今はないけど、作れるよ。」ヤマは察したようだ。

 「もう一回やってみねえ?」

 「エルに言われちゃ、もう一個作るしかないね。」


 そして数日後、ヤマはもう一個、前よりも大きいやつを完成させた。

 「よし。じゃあ、離れてて。」

 ヤマは前と同じように丸いものを置き、走ってこっちに戻ってくる。

 「そういや、あれの名前なんなん?」

 「あー、まだ決めてないな。何が良いと思う?」

 「えー、硬い地盤砕く君とか?」

 「なんだそれ!」


 ドーーーーーン!!!


 俺たちがそんなやり取りをしていると前よりも大きな衝撃音が辺り一帯に響いた。

「うわ!」前よりも大きな音と耳に来る衝撃、わずかな痛みで思わず声が出る。こんだけ大きな音だから、もしかしたら下の方で作業している人には聞こえたかもしれない。

「よし、見に行こう!」

俺たちは舞い上がる砂が少し収まったのを見て、壁へ走った。

「すごい……。」

「なんだこれ……。」

壁には見事に穴が開いていた。大きさは俺たちの身長ほどで、ヤマの技術が上がっていることを実感した。

そして、中を見てみるとやはり空間が広がってるようだった。

「入ってみるか……?」

ヤマが恐る恐るといった口調でそう言う。

「もちろん。中になにかあるかもしれないし。」

俺はなにかに期待するようにそう言った。もちろん、口ぶりはみんなの役に立つものがあるといった風に。内心は、また別のものを期待して。


足を踏み入れ、奥まで進むと、そこにはたくさんの物があった。捨てられている?ようで乱雑に積まれ、山のようになっているそれらはどれも見たことが無い形状だ。

さらに近づいてみるが、入り口から入る光は物足りず、一個一個ははっきりとは見えない。しかし、やはりどれもなにもわからないものたちだった。

「なんだこれ……。」

先に口を開いたのはヤマ。口調は興奮気味だ。

「ヤマにもなにかわからないか?」

「うん。なんにも。見当もつかないものばかりだよ。」

外に出してみよう、とヤマが言い俺たちは持てるものを外に運び始めた。

そこで俺は出会った。

「なんだこれ……。」

一見すると機械ばかりのようだったのだが、その中にひょうたん型のものを見つけた。

それは自分の体くらいあるひょうたん型の部分に細長い持ち手が付いていて、そこには針金が何本か付いていた。手触りからもう大分サビているようだったが、まだ使えそうだ。

もしかすると畑を耕す道具かもしれない。これは使えるぞ。俺はそう考えて外にいるヤマに見せることにした。

「ヤマー機械じゃないけどなんか使えそうなもの見っけたわー。」

持ち方もよくわからないので、とりあえず慎重にとひょうたん型の部分を両手で持ち、外に出た。

さっきまで暗い所に居たからか、太陽が眩しく感じられた。

白いその光の中に、俺は虹色の光を見た。


じゃ~~~ん


ヤマに向けて振り上げた手が、金属の線を撫でたその瞬間。

音が鳴った。


錆びきった金属から生じた音は奇妙で聴きごたえはまるで良くなかったが、俺の心臓はその音に共鳴した。

これだ。

直感がそう言っているのだ。


「ん?エル、どうかした?」無言で噛みしめていた俺にヤマが話しかけてきて我に返った。

「ああ、大丈夫。これ、なんだかわかるか?」

「うーん、なんだろ。持ち手があるから穴掘ったりするのかな?」

「でも今、音鳴った。」

「音を鳴らす道具?なんのために?」

「さあ。……これ、直せるか?」


そして俺たちはその音が鳴った物を持ち帰り、ヤマの作業場に向かった。

「直すと言っても、そもそも目的がわからないものだから、同じようなものに取り換えることしかできないよ?」

「ああ、それで大丈夫。助かるよ。」

「いいけど、資源使うんだから、なにか役立ててよ?」

「……きっとな。」

そしてヤマは見事に新しい部品と取り換え、その物体を蘇らせた。

俺の心に響いたあの音。今はまだ、何の役に立つのかはわからない。


 ジャ~~~ン


さっき山の上で聴いた時よりも良い音が鳴ったような気がした。

「ヤマ、ありがとう。」

 「これぐらい任せてよ。また困ったらいつでも言ってな。」

 「おう。」

 時刻はもう夕飯時。俺はヤマの作業場を後にして帰宅することにした。

 「良い音、かもな。」

 俺が作業場から出る時、ヤマが一言そう言った。

 「え?」俺は聞き返すようにそう言った。

 「少なくとも、僕が作った“硬い地盤砕く君”よりは何倍も良い音だったよ。」


 それから俺はみんなが寝静まる時間、自分の睡眠時間を削ってこの物体に向き合った。明るいうちは皆のためにあれこれとしなければならないので、実益でないこの行為はみんなが知らないところで行う必要があったのだ。

 

 ジャ~~ん


 何度か音を出すうちに、扱い方も少しわかってきた。

 音は先端にあるつまみを回すと変えることができ、それによって気持ちい音を作ることができるようだった。


 ジャーーーン


 初めて耳心地のいい音が鳴った時、それはそれは心が躍った。

 でも、家族から「うるさい」と言われてしまい、途方に暮れた。

 だから俺は夜になると山に向かった。ここなら誰にも邪魔されない。

 ある時、時間を忘れて山で音を鳴らすうちに寝てしまい、勉強に遅刻したことがあった。事情をある程度把握しているヤマからは「勉強に遅刻しては意味がない」と言われてしまった。

 「結局、なにか役に立ちそう?」ある日の畑作業の時にヤマからそう言われたのだが、俺は「わからない。……けど、俺にはこれしかないと思ったんだ。」としか返せなかった。

 ヤマは「役に立たないなら、ある程度にしなよ?」と言って来て、そこから俺たちの交流は減っていった。


 そして、次の年。俺たちは勉強を終え、子供から大人になった。

 ここからはそれぞれの能力に応じて労働が与えられる。

 ヤマはその功績が認められ、のびのびと人々の役に立つ開発を行う役職を与えられた。これはかなり異例のことだった。なぜならまだ名前の無い役職だからだ。一方の俺は、引き続き一般的な農作業がメインだった。

 大人になると一日のほぼすべての時間をみんなのための労働に使う。

 日が昇れば一日が始まり、作業をして陽が沈みかけるとみんなで夕飯を食べ、完全に陽が沈むと寝る。俺たちは、生きるためにそれだけの生活をしていた。

 ただ、俺はみんなが寝静まると一人山へ行き、一人でこの物体を鳴らした。

 おかげで寝不足な日々で、怒られてばかりだが、なぜか俺の心は前より満足していた。


 五年後。

 「おお、この音は気持ちいいな。」

 俺は労働が終わるとすぐに夕食を済ませ、その後は山に向かうという生活をしていた。

 ここ数年でこの物を鳴らす行為の中でさらに気持ちの良い音や組み合わせを見つけていった。結果、一晩中でも弾き続け、適当な単語を口ずさむということにどっぷりとハマっていた。

 もちろん寝不足も継続。みんなからは白い目で見られ、だんだんと怒られることは減ったが、その分俺に話しかけてくれる人も減った。

 ヤマは今度乗りながら作業効率を上げられる機械を作るとかでさらに特別な場を与えられていた。

 さらに遠い存在となったヤマとは労働で会うこともなく、数年口をきいていない。

 そしてある日。

 ヤマとリンさんが結ばれることになったと知らされた。

 そうか、俺の知らないところでみんなは生きているんだよな、と思いながら夜には一人、音を奏でた。

 でもその日はいくら気持ち良い音を鳴らしても、音に乗せて単語を紡いでも、心に穴があるように感じた。

 俺の心に再び雨が降り始めた。

 

 でも、気づけば俺にはもうこれしか残っていなかった。


 「ん~~ん~~らら~~」

 今日も一人で歌を口ずさんでいた。

 俺はこの行為や物に名前を付けようと考えたのだ。そして、音を鳴らすこいつを「一人楽しむ物」と言う意味で「楽器」と決め、言葉を乗せることを「心、思いを写し、空に訴える」から「歌」とした。

 歌を歌うと気分がいい。

 聴いてくれるのは、この星空と、俺の心。

 そう言えば、星や太陽が動くから一日の時間が決まったってリンさんに教わったな。そんなことを思い出しながら言葉を紡ぐ。

 「こんな星の夜は~」

 

 ガサッ

 俺が一人で歌っていると、背後から音がした。もちろん、この山には他の生き物もたくさんいるから珍しいことではない。今日俺が驚いたのは、人の声もしたからだ。

 「エル、一人でこんなことしてたんだね。」

 しかもさらに驚いたのは、その声の主がリンさんだったからだ。

 「……先輩。なにしてるんですか?明日も子供たちに授業ですよね?」

 「うん。そうだよ。」

 「じゃあ、早く寝た方が……。」

 「エルは?」

 「ん?」

 「エルは、いいの?」

 「ええ、まあ。」

 「昼は眠そうで前より労働力にならないってみんな言ってるよ?」

 「……それは、がんばります。」

 「毎晩ここで、さっきみたいなことしてたの?」

 「……はい。」

 「もう一回やってみて。」

 「え?なんでです?」

 「……感動した。」

 衝撃だった。

 「もう一回、聴きたい。」

 俺はもう一度楽器を鳴らし、歌った。

 「……うん。やっぱりすごいよ、エル。」

 それからリンさんは度々ここに来て、俺の歌を聴いた。

 俺が弾き終えると彼女が感想をくれて、また、歌の元になるかもと知識をくれた。

 「大昔、人々はあの星たちに名前をつけてたんだって。それは、星座って言って、それぞれの人生があったらしいよ。」

 「遠く向こうには他の人々も生活していて、別の文化があるらしいよ。」

 「私たちが住んでるこの場所って、大昔は丸い形だったらしいよ。」

 などなど彼女はたくさんのことを知っていて、俺はその話を聞くのが楽しく、それを聴くたびに新しいものを歌った。

 「あ!」

 俺たちが星を見ていると、一筋の光が空を横切った。

 「今のってなんですか?」

 「流れ星っていうものだよ。虹と同じで、たまに現れて、昔の人は願い事をしたんだって。」

 「へえ、良いものなんすね。」

 「うん。」

 この時間が長く続いて欲しい、そう思った。

 俺の世界で雨が止んだ。そう思っていた。

しかし、晴れ間は長く続かなかった。

 「おい!ここでなにしてる!?」

 夜になり、今日も二人で楽しく話していると、怒号が飛んできた。

 「あっ……」リンさんは顔が青ざめている。

 俺も声を聞いた瞬間にすべてを理解した。その声は、数年聞かないうちにえらく大人っぽくなっていたが、すぐに誰かわかった。

 「ヤマ……。」

 俺は姿を現した人物に様々な感情が籠った声を投げた。

 「エル……お前だったのか。リンをたぶらかしてたのは。」

 「ヤマ!そんなんじゃないの!エルの歌を聴いて!」リンさんが必死に擁護する。

 「ウタだと?エル、お前は相変わらず役に立たないことを続けてるみたいだな。」

 「……ああ。」

 「みんなからも苦情が出てるんだよ。知ってるか?」

 「それは、すまないとは思ってる。」

 「なら、無駄なことはやめてみんなのために貢献してくれよ。エルがサボると、誰かが補わないといけないんだ。」

 ヤマはそう言うと、リンの腕を掴んだ。

 「ほら、明日も授業だ。早く帰るぞ。」

 リンさんは大人しくそれに従い、山を下りて行った。


 それからリンさんは山へ来なくなった。

 俺はまた、一人になった。


 日が昇れば働き、日が沈みかけて飯を食い、夜になると山で歌った。

 睡眠時間は人より短く、起きてる時間が長いせいか空腹を感じることも増え、食料だけはみんなより食べていたと思う。

 そんな自分が嫌になり、せめてみんなに怒られまいとひたすらに働いた。

 風が吹き、砂が待って街を覆えばみんなで綺麗にし、長い雨が降れば喜び、雨が上がった空になにもないと少しがっかりした。

 みんなそれぞれに自分の能力を活かした。ヤマは移動を楽にする機械を作り上げ、街の中の移動時間の短縮を実現していた。

 街は大いにもりあがったが、そんな時でも俺は一人で歌った。

 自分に向けて、明日も頑張れと声をかけ続けた。

 多分、歌が無かったらとっくに折れていた。


 そして月日が幾つか流れたある夜。俺の歌を聴きに観客が現れた。

 「……よっ。」

 気まずそうな口調で現れた人物は、ヤマだった。

 「なんだ。ヤマか。なんか用か?」

 「ああ、まあ……。」

 ヤマはやはり気まずいらしく、なかなか要件を言い出さなかった。

 「なんもねえなら帰れよ。」俺は冷たく言い放った。

 「いや、……その……歌を聴かせてくれないか?」

 俺はかつての親友のまさかの提案に驚いた。

 「なに?なんでだ?」

 「いやあ、忘れられなくて。あの夜に聴いたお前の歌が。」

 あの夜、とは多分リンさんを連れ戻した日のことだろう。彼がそれ以外に聴いていたとは思えない。

 「陰で聴いてればいいのになんで頼み込むんだ?」俺は以前の態度を考えてそう聞き返した。

 「……実は、今度この地を離れるんだ。」

 ヤマが言うには、鉱山資源が枯渇し始め、別の場所を開拓せざるを得なくなったそうなのだが、周りは一面砂地でなにもない。そこで、一番資源を使っているヤマが、先日作った人が乗って移動できる機械に数人を引き連れて開拓地を探してくるそうなのだ。

 「でも、開拓地を探しに出て帰って来た人はほとんどいないだろ……?」

 「そうだな。」俺の父親もその一人だ。

 「……怖いんだ。どうなるのか。」

 ヤマは俺の身の上を知ったうえで俺に自分の心の内を吐露したのだ。

 「……そうか。」

 「だから、最後に、お前の歌を聴かせてくれよ。」

 「最後って、大袈裟な。」

 「わからないだろ?」

 「出発はいつなんだ?」

 「具体的じゃないけど、次の雨が降り止んだらって言われてる。その方が機械が動きやすいから。」

 「そうか。」

 そして俺は一息吸い、歌い始めた。

 この頃毎晩山に居て、なんとなく雨が降り出す前の空気がわかるようになっていた。多分、雨は多分一月後には降る。

 俺はヤマとの思い出をこれからずっと忘れないようにと思いながら歌った。


 ジャーーーーーーン


 最後の音が止む。

 「……エル。やっぱりそれはエルの才能だよ。」

 「でも、なんの役にも立たないだろ?」

 「いや。僕は今すごく前を向けているよ。エルのおかげだ。」

 そう言ってヤマは笑った。

 「なあ、エル。」

 「ん?」

 「提案なんだけど、みんなの前で、歌ってみないか?」

 「……は?」

 「エルの歌は絶対にみんなを元気にさせるよ。」

 「嫌だな。これは、俺の歌だ。」

 「……そうか。わかったよ……ともかく、ありがとう。エル。」

 「おう。」


 しかし、それから俺のステージには観客が増えていった。

 誰も姿を現さないが、音や息遣いが聞こえてくるので、少し離れたところで聴かれていることはわかった。十中八九、ヤマのせいだ。噂でもしたのだろう。

 「関係ない。」

 俺は一人、歌い続けた。


 しかし、変化はすぐに現れた。

 街でみんなが話かけてくるようになったのだ。

 「エル、お前の歌聴いたらなんか頑張れるよ。」「また聴かせてちょーだいね。」

 「俺も今晩聴きに行っていいか?」などなど。

 そして観客たち、街の人々は姿を隠さなくなり、俺のすぐそばにまでやって来て歌を聴くようになった。


 「ヤマ。」

 俺は作業場にいるヤマに声をかけた。

 「お、エルか。」

 「これが例の開拓くんだな?」

 俺はヤマが整備しているデカい金属の塊を撫でながら言う。

 「だな。明日には雨が降り始めるだろうから、それが止めば出発だ。」

 「そうか。……ありがとうな、ヤマ。」

 「なにが?」

 「街に、俺の居場所が出来た。」

 「僕はなにもしてないよ。」

 「そうかな。」

 「逆に、なにか僕に出来ることある?雨が降り始めてから、一週間は時間あるけど。」

 「そうだな……。」


 それなら、遠くに行ってしまう親友に音を届けられように。


 「音をデカくする機械でも作ってくれよ。」

 「任せろ。」


 雨が上がり、快晴。

 ヤマたちは出発の時を迎えた。

 俺たちは、みんなで歌い、彼らを見送った。これから先の生活のために旅立つ英雄たちに向けて。

 リンさんも涙を浮かべてはいるが、みんなと一緒に歌い、ヤマを見送った。

 「エル、ありがとう。ヤマやみんなのことが不安だったけど、頑張ってって気持ちで送り出せるよ。」

 「なら良かったですよ。」


 「見ろ!」誰かが言った。

 ヤマたちが向かった先、そこに綺麗な6色のアーチが姿を現したのだ。


 「虹だ。」

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【短編集】曲から小説書いてみた! 逆倉青海 @c-sp_g-atlanticus

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