長瀬の言葉を、水穂は「ふうん」と頷く。


「それにしてもさあ。宇宙防衛機構って、元々は宇宙開発のための民間企業で、オーパーツ回収はおまけ……のはずですよね? どうして今、そっちがメインみたいになってるんですか?」

「……一応オーパーツ回収や異形化した人たちを元に戻すのは、理由がありますから」

「理由?」

「オーパーツを研究分析することで、外宇宙の情報を入手してるんです。オーパーツに使われている物質は、そもそも地球だったら製造不可能な金属ですから、それらをちまちま集めていけば、宇宙進出のための手がかりが掴めると」

「なるほど……じゃあ正義の味方活動みたいなのは、おまけ……みたいな?」

「それはまあ……そうなりますかねえ」


 まさか長瀬も、外部業者である水穂に言えるはずがなかった。

 オーパーツ回収や分析だけでなく、異形化した人々、異形化してない人々を研究分析することもまた、外宇宙に進出するための材料とされているだなんて。


(人体実験って言われても、仕方ないことやってるもんな……こちらとしてみれば、適合者たちの保護も兼ねてるんだけれど、そんなこと適合者の人たちのことを知らない人に言えないし……)


 そう思いながら長瀬は箸休めの梅きゅうりに箸を伸ばしたときだった。


「ところで、長瀬さんっ、ぶっちゃけ真壁さんはどうなんですか!?」

「ゲフッ」


 むせた。

 思ってもみなかった話を聞かされて、思わず長瀬は背中を丸めて咳き込む。しばらく咳をしてから、烏龍茶を流し込む。


「……ゲフ……なにがですかぁ」

「ふたりとも距離感が近いから、てっきり付き合っているのかと」

「いやいやいやいや、ただのパートナーなだけですって。まあ、長い付き合いになりましたけどね」

「そうねえ、だって長瀬さんのエージェントのパートナー、だいたいすぐ辞めてましたからね」

「……はい」


 この数年でやっと異形化した人々との対処方法を覚えたばかりで、長瀬が宇宙防衛機構に入社したときにはそこまでの方法が確立されていなかった。

 オーパーツが人間の体にのめり込んだら、警察からの発砲許可を得ている部隊が攻撃して、異形化した人を殺す。オーパーツ回収はそのあとという具合で、そんなやり方をしていたら、普通に異形化した人々に反発を食らって反撃される。

 最初に長瀬にエージェント業を教えてくれた先輩は、目の前でタコのような異形化した人により絞め殺されてしまった。長瀬は泣きながら警察の出向班が来るまでの間、シェルターに逃げ遅れた人々と一緒にシェルターまで逃げ、彼らが異形化した人を銃殺するまでずっと脅えていたのだった。

 こんな危険な仕事、辞めてしまえ。こんなんじゃ宇宙になんて行けない。

 そう実家からも電話があったし、心が折れかけた長瀬もパートナーが変わるたびに、言われるがままに実家に戻ろうかと考えたこともあったが。

 彼女はそれでも、宇宙に行きたかった。

 本当に理由は大したことないかもしれないが、見かねた早乙女から「別にうち、宇宙に行くこともロケット開発も全く諦めてないし、むしろオーパーツ災害は一種のチャンスだと思ってるけど」のひと言を聞いた途端、やっと道が拓けた気がしたのだ。

 だから長瀬にとって、全く死ぬ気配のない真壁とパートナーを組めることになったのは、天からの授かり物のようなものだったのだ。

 ふたりでいることが多いのは、気難しい真壁はしょっちゅう言葉が足りずにいらん喧嘩を売るために、その都度仲介に入るためだ。だからこれを付き合っていると言われても困ってしまうのだ。


「私は真壁さんには感謝してるんですよね。絶対に死なないで任務達成してくれるんで、私もなんとか宇宙防衛機構にいられるんで。宇宙に行きたいんです……ほんっとうにそれだけで、どうして自分まで命賭けないと駄目なんだろうとは、いつも思ってますけどね」

「健気というか、なんというか……でも、真壁さんって結構いい男じゃない? 己の過去を語らず、ストイックで。全然今時の下心あるから優しくするタイプの男子とは違う感じの。私アタックしても大丈夫そう?」

「えー……」

「それどういう『えー』なんですかぁ」


 水穂は基本的に、購買員であり、野暮ったい上に命がけの仕事をずっとやっている長瀬と比べても華がある。当然ながら女日照りの宇宙防衛機構でもかなりモテてはいたが、どうも彼女視点ではおめがねに叶う男がいないようだった。


「私としてみれば、水穂さんは真壁さんよりも柏葉さんとのほうが相性いいような気がしますけど」

「警察からの出向じゃなかったらねえ……悪いことしてないのに見られるのは苦手」

「柏葉さんそんなんじゃないですけど。真壁さん、無愛想だしがさつだし、悪い人ではないんですけど、あんまり水穂さんにはお勧めできないというか」

「あらぁ、それ。まるで取られたくないみたいに聞こえるけど?」


 水穂にケラケラ笑われて、長瀬は複雑な気分になる。彼女のパートナーはいろいろ訳ありで、それを把握している長瀬からしてみれば、彼は宇宙防衛機構内で働いていても外部業者である水穂には荷が重いから心配しているだけだった。

 そのもやもやした気分を烏龍茶で流したところで。


【オーパーツ襲来! オーパーツ襲来! アラートの鳴った場所におられる皆さんは、ただちにシェルターに避難してください!】


 アラートが鳴り響き、店内はざわつく。


「早くこちらに!」


 飲み屋は慌てて地下シェルターの入り口を開く。今時昔ながらの家すら、地下シェルターを設置するのが法律で制定されていた。

 全員慌ててシェルターに進む中、長瀬は急いでレジを閉めようとしている店員に「会計です!」と電子マネーで支払うと、店を飛び出した。


「長瀬さん!」

「私、家に帰るまではお酒飲んじゃ駄目って指示入れられてるんですよ! 仕事行きますから、水穂さんも急いでシェルターに入って!」


 水穂が混乱しながらシェルターに押し流されていくのに挨拶してから、長瀬は端末を触る。


「真壁さん、真壁さん、こちら陣場町飲み屋街ですけど! そちら来られますか!?」

『今移動中。オーパーツは?』

「まだアラートが鳴っただけで、浸食も異形化した人も出ていません! これからオーパーツ探しますから!」

『わかった。すぐ行く』


 連絡を済ませると、長瀬は急いで端末を動かし、オーパーツの探索モードに切り替える。


【オーパーツ深度2。破壊活動を開始】


「もう! 深度2ならなんとかなるけど……」


 まだ他の宇宙防衛機構のエージェントが到着しない以上は、ナビゲーター職であるはずの長瀬も動かざるを得ない。だが、彼女が上から持たされているものなんて、せいぜいスタンガンくらいでお世辞にも異形化した人に対処できるとは思えなかった。

 真壁のような力を持っていない長瀬は、歯がゆく思いながら、皆店から地下シェルターに逃げ込んだのか、すっかりと人気のなくなった道を走っていく中。


【オーパーツ襲来オーパーツ襲来! 第二陣です!】


「ちょっと、待ってよ……」


【オーパーツ浸食開始、深度4確認。破壊活動を開始】


「ちょっと待って……深度4!?」


 長瀬は悲鳴を上げた。

 オーパーツが人間の体に埋め込まれ、浸食して体を乗っ取ろうとするのには、それぞれ深度が制定されている。

 深度1 オーパーツが刺さった状態。まだ深度が低いために、物理的に簡単に取り除いて浸食を抑えることができる。

 深度2 オーパーツが人間の体を乗っ取って体を異形化させはじめる。この頃から体はオーパーツに乗っ取られた状態になるものの、ギリギリ異形化してしまった人と意思疎通は可能なため、対話をしながらオーパーツ摘出ができるが、異形化した人々は入院して体が無事かを確認取らないといけない。

 深度3 オーパーツが浸食し、意識が完全に乗っ取られている状態。この頃になったら既に異形化した人の意識は完全に塗りつぶされて対話不可能。オーパーツを摘出しない限り人格は完全に乗っ取られた状態だが。

 深度4 オーパーツの浸食で意識だけでなく、体のデータも完全に上書きされた状態であり、もう人間と呼べるかどうかも疑わしい。オーパーツを摘出しても人体が無事かは五分五分の計算になっている。

 そして。端末が示した深度4の現場は。

 爆発した。先程長瀬が転がりながら出てきた飲み屋からだった。


「ちょっと……水穂さん……!?」


 長瀬は悲鳴を上げる。先程まで飲んでいた、気のいい同じ職場の人間。友達と呼ぶには距離があるが、他人と呼ぶには近い関係の彼女が、あの爆発で死んだのでは。

 彼女は今まで目の前で死んだり辞表を出したりしたパートナーたちが頭を走馬灯のように駆け巡っていったが、スタンガンを握りしめてどうにかして立つ。


(今、真壁さんはいない。私がなんとかしないと、この街全部なくなっちゃう……!)


 この時期はエージェントは繁忙期だ。あちこちでオーパーツ襲来が来たら、そちらに向かわないといけないため、こちらにまで手を回してくれるとは考えにくい。

 爆発のあと、宙に浮かんだ異形化した人を見て、長瀬はツルリと汗を流した。

 皮膚は完全に硬化した物質に覆われ、体のラインをあらわにしている。その体のラインは、どう見ても女性のものだった。

 レオタードのように扇情的なスタイルの異形体に、長瀬はへっぴり腰のまま、スタンガンを向けた。


「……その人から出て行ってください!」

「あらやだ。さっきまで飲んでた子じゃない」

「……その声、まさか……!」

「地球上駆けずり回って、やっと適合した体に出会えたのよ? それを捨てるなんて真似、する訳ないじゃない?」


 あけすけな物言いをする異形体の声は、長瀬にも聞き覚えがあった。


「あなた……まさか……」

「あー……この地球人の名前? 水穂佐代里とか言ってたかしら?」

「……! 水穂さん!」

「まあ、この星このままじゃ住めないのよね。ちゃんとテラフォーミングしてあげなくっちゃ。じゃあね、地球人……死んでちょうだい」


 異形体はなんの躊躇いも情けもなく、長瀬に手を向けた。

 たちまち、夜とは思えない程に発光する……異形体の指先に集まっているのは、レーザービームであった。それに長瀬は目からボロボロと涙を流す。


(人の友達の体を乗っ取って……なんてことさせるの……! どうする? 逃げる? でも……)


 本来ならば逃げるべきだった。初任務のときのように、泣きながら地下シェルターに飛び込んで、援軍が来るまで震えて待つべきだった。でも。

 トイレにでも行って、地下シェルターに入りそびれたんだろうか。


「おかあさーん、おとうさーん……!」


 小さな子が、ふらふらと別の飲み屋から出てきたのだ。今逃げたら、あの子にビームが当たる。

 長瀬はガチガチとスタンガンを鳴らした。


(やらなきゃ……先輩たちが私を逃がしてくれたみたいに……私だって、あの子をちゃんと守れるように……)


 今まで順番が回ってこなかっただけ。エージェントは死ぬときには死ぬ。

 長瀬は泣きながらスタンガンを持って、異形体に特攻しようとした、そのときだった。

 バイクがひどいスピードで走ってきたかと思ったら、ひょいと子供を掴んで走り、遠方に置いたらそのまま戻ってきた。


「馬鹿か、こんなリーチの短いもんで特攻したら、ただの自殺だ」

「真壁さん……!!」


 普段の無愛想で慇懃無礼な変わらない姿が、今の長瀬にとっては救世主のように見えた。

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