第14話 消える航跡、海の向こうへ

朝霧たちが車を降りた瞬間、倉庫街の奥で――

キィィン……!

銀色のエンジン音が、まるで夜を切り裂くように再び響き渡った。


「来た……!」健太が叫ぶ。


暗闇の向こうから、ヘッドライトが月光のように揺らめきながら近づいてくる。

“K”のオープンカーだ。

銀の車体は潮風を受けて低く唸り、まるで獲物を嘲笑う狼のように光った。


「逃がさない!」朝霧が拳銃を構え、一歩踏み出す。


しかし――

“K”は急旋回し、彼らと反対側の防波堤へと向かった。

その先には、黒い海。

波が荒く、白い飛沫が闇の中で泡立っていた。


「でも、あっちは行き止まりのはず……!」


こはるが言いかけたその時、海面の下が――揺れた。


ゴウン……!


まるで巨大な影が浮上するかのように、黒い船体がゆっくりと姿を見せた。

錆びた貨物船、夜でもわかるほど古びた外観。

しかし甲板には白い作業灯が灯り、重低音のエンジンが脈打つように震えていた。


「……迎えが来てたんだ」香澄が唇を震わせた。


“K”は速度を落とさない。

そのまま防波堤の先まで突っ走り――


「まさか、飛ぶ気!? やめろ!」朝霧が叫んだ。


銀の車は、迷いなく海へ向けて跳ぶように――

ドンッ!

貨物船のスロープに前輪を乗せ、その勢いのまま甲板へ滑り込んだ。


煙を上げながら静止したオープンカー。

“K”はゆっくりと降り、こちらを振り返る。


遠すぎて表情は見えない。

だが、月明かりを受けたそのマスクは、嘲りに似た影をつくった。


「……くそっ!」健太がスマホを掲げた。

「GPSは!? まだついてる!」


画面には、貨物船の位置が点として表示され、海上へ向けてゆっくり動いていた。

朝霧は無線で海上保安庁に連絡を入れる。

「あの船を追跡して! 絶対に逃がしちゃダメ!」


しかし――


プツッ。


「え?」

健太のスマホの画面が揺れ、点が突然ワープするように消えた。

「GPSの信号……切れた!?」


香澄が顔をしかめる。

「多分、電波妨害……。海の上じゃ、電波が弱いところを狙われると厳しい」


朝霧は悔しげに拳を握りしめた。

船はゆっくりと沖へ向かい、やがて黒い影は夜と同化していった。


波だけが、高い音を立てて彼らの足元に砕け散る。


「……逃げられた、の?」こはるが震える声で聞く。


朝霧は首を振った。

「いいえ。逃げたんじゃない……“向こう”に行っただけよ」


風が強まり、海面がざわつく。

健太の手の中で、切れたGPSのログが最後の一滴のように揺れた。


香澄が小さく息を呑む。

「海外に……?」


朝霧は静かに言った。


「――“K”の本拠地が、海の向こうにあるってこと。

 追うわよ。必ず、ね」


その瞬間――

倉庫街の奥で**ピッ……**と電子音が響いた。


振り返ると、あの“月の模型”が淡く光り、表面に刻まれた“K”の文字がノイズのように揺れていた。


まるで、次のゲームの招待状のように。


風が海から吹き抜け、月が雲の隙間から地上を照らす。

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