第13話 追跡、銀のオープンカー

夜の渋谷を離れ、首都高の入口に向かって“K”のオープンカーは疾走していた。

街の灯りが流星のように後方へ飛んでいく。


車内、黒いコートの“K”は無言でハンドルを握る。

助手席には、健太のスマホが青い光を放ちながら、微かに震えていた。


「……気づかれてる、か」

“K”の唇がマスクの奥でわずかに動く。

視線はバックミラーの先――遠くに、パトカーの赤い光。


「信号無視で突っ込んだ!首都高3号線へ!」

無線の声が飛び交う。

朝霧はハンドルを握りながら、同乗するこはるたちを振り返る。


「絶対に無茶はしないで!でも、見逃すわけにもいかない!」

「了解っ!」健太が拳を握る。「俺のスマホ、ちゃんと動いてるか?」

香澄がスマホを確認してうなずいた。

「うん、GPSの点はずっと動いてる。時速…120キロ!?」


「やばっ……」こはるが息を呑む。

夜風が窓を叩き、車体がきしむ。


“K”の車は湾岸線へ差しかかる。

月明かりが海面を照らし、道路のガードレールに反射する。

その光景は、まるで銀色の道がどこまでも続いているかのようだった。


ふと、助手席のスマホが“ピッ”と音を立てた。

画面には小さな文字が浮かぶ。


位置情報を取得しました。追跡を継続しますか?


“K”はわずかに笑った。

「……そうか。君たちは、まだ諦めていないんだな」


ハンドルを切り、側道へと滑り込む。

倉庫街。

人の気配のない、静かな海沿いのエリア。


“K”は車を停め、ドアを開ける。

夜風にコートが揺れた。

そして――健太のスマホを拾い上げると、カメラのレンズを見つめた。


「次は、君たちの番だ」


カメラに向かって、マスクの奥で薄く笑う。

その瞬間、画面が一瞬だけ真っ白に光った。


「信号が消えた!?」香澄が叫ぶ。

「えっ、どういうこと?」こはるが身を乗り出す。

「GPSの点が……消えたの。突然!」


朝霧は歯を食いしばった。

「倉庫街か……そこに何かあるのかもしれない」


健太が自分のスマホのバックアップ画面を開く。

「待てよ、映像データが自動送信されてる。あの瞬間……カメラが起動してた!」


画面に映ったのは、夜の倉庫街。

そして――一瞬だけ、月の光を背に立つ“K”の姿。

その背後には、巨大なクレーンのシルエット。


こはるが息を呑む。

「まさか……“月のチョコレート”を吊ってたクレーン?」


朝霧が車のギアを入れる。

「全員、シートベルト! 行くわよ!」


湾岸道路を抜けると、潮の匂いが強くなる。

遠くに、ライトがひとつ――ゆっくりと揺れていた。

クレーンの先に、何かがぶら下がっている。


風が吹き、月が雲間から顔を出す。

それは、銀色に輝く“欠けた球体”――。


「……月の模型?」

香澄がつぶやいた。


だがその表面には、うっすらと“K”の文字が刻まれていた。


静寂を破るように、スマホが鳴る。




波の音が強くなった。

倉庫街の奥、暗闇の中で何かが光った。


朝霧がブレーキを踏み、拳銃に手をかける。

「全員、降りて。ここから先は危険よ」


月が雲に隠れ、再び夜が深く沈む。

そして――遠くで、銀のエンジン音が再び響いた。

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