第12話 チョコの月!?

夜の渋谷は、昼間とはまるで別の街みたいだった。

ネオンが滲んで、スクランブル交差点を渡る人の波が光の中で揺れている。

ビルの上に浮かぶ月は、欠けたまま――まるで何かを待っているようだった。


「ほんとに来たね、みんな」

香澄がスマホを見ながら笑う。

「ほら、“#月が落ちる”ってもうトレンド入りしてるよ」


「遊び半分で来たんじゃないぞ」

悠が言うと、健太が肩をすくめた。

「まぁまぁ、どうせ俺ら、あのKにもう一度会えるチャンスかもしれねーじゃん」


こはるは小さく息をついた。

(こんな騒がしい場所で、“何か”が起こるなんて信じられないけど……)


そのとき、背後から落ち着いた声。

「あなたたち、やっぱり来てたのね」


制服姿の朝霧巡査が現れた。

夜の街灯に照らされたその横顔は、昼間よりも鋭く見えた。

「警察も動いてる。危ないことはしないでね」

そう言いつつも、彼女はほんの少しだけ笑う。

「でも、もし“何か”見たら――教えてちょうだい」


4人がうなずいた、その瞬間だった。


――ピカッ。


夜空を切り裂くように、スクランブル交差点のビル壁面に巨大な“K”のマークが映し出された。

光の粒がざわめくように揺れ、通行人のどよめきが広がる。


「な、なんだ……これ……!」


次の瞬間、ビルの屋上から何かが落ちてきた。

銀紙のようにきらめきながら、地面に砕ける。

それは――“月のチョコレート”の巨大模型だった。


人々の悲鳴、スマホのシャッター音。

警察の無線が一斉に鳴り響く。

朝霧が駆けだした。

「全員、後ろについてきて!」


こはるたちは咄嗟に追いかけた。

裏路地に入ると、夜の喧騒が一瞬遠のく。

湿ったアスファルトの匂い。

そして――影。


「……いた!」

香澄の声。


暗闇の奥、街灯の下に一人の人物が立っていた。

黒いコート、顔の下半分を覆うマスク。

その手には、何か金属のように光る小さな装置。


“K”――。


目が合った気がした瞬間、そいつは走り出した。

朝霧が無線に叫ぶ。「逃走犯、北口方面へ!追跡中!」

4人も必死に後を追う。


雑踏、ネオン、車のクラクション。

こはるの心臓が痛いほど鳴っていた。

(あの背中、どこかで……)


曲がり角を抜けた先、

銀色のボディが街灯に反射した。


レトロなオープンカー。

“K”が運転席に飛び乗る。

エンジンが唸り、ライトが一斉に点いた。

こはるたちの目が眩む。


「逃がすかよッ!」

健太が叫んで、何かを構えた。

次の瞬間、彼のスマホが弧を描いて車内へ飛び込んだ。


カチン、と小さな音。

車は急発進し、ネオンの海に消えた。


しばらくの静寂。

健太が息を切らしながら頭をかく。

「……やっべ、俺のスマホ」


朝霧が小さく息を笑いに変える。

「いい判断だったわ。GPSが生きていれば、追えるかもしれない」


こはるが自分のスマホを開く。

画面に小さな通知が現れる。


デバイス“健太のスマホ”が移動中


地図の点は、渋谷の街を離れ、

ゆっくりと――南へ。


「……海の方へ行ってる」


こはるの声が小さく震えた。

夜空を見上げると、雲の隙間から欠けた月。

冷たい光がビルの屋上を照らす。


「月が……落ちていくんだね」


誰も言葉を返さなかった。

ただ、遠くでまたエンジンの音が響いた。

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