第11話 鼓動の行方
翌日――放課後のチャイムが鳴った瞬間、心臓の音が大きくなった。
机の中には、小さな紙袋。
昨日あのチョコレート店で買った、“月のトリュフ”。
包装の金リボンを何度も結び直した跡が、少しだけしわになっている。
(渡すって決めたんだから……)
廊下の窓際、部活に行く準備をしている悠の背中が見えた。
光が差し込んで、髪が少し金色に透けている。
「……悠」
声をかけると、彼が振り返った。
いつもの柔らかい笑顔。
それだけで、また心臓が跳ねる。
「あ、こはる。どうしたの?」
「えっと……これ、バレンタインだから」
手のひらの紙袋を差し出すと、言葉が途中で詰まった。
でも、悠が受け取った瞬間――
彼の指が、少し震えていた。
「えっ、俺に⁈ マジで?嬉しいんだけど」
照れくさそうに笑う悠の頬が、ほんのり赤い。
その笑顔を見た瞬間、昨日までの不安が少しだけ溶けていった気がした。
「義理じゃないからね」
そう言ってから、自分で顔が熱くなった。
悠が一瞬きょとんとして、それからふわっと笑った。
そのとき、廊下の向こうから香澄の声。
「こはる~! 何やってんの~? お、渡したねぇ~?」
「ちょ、ちょっと!」
顔を真っ赤にしたこはるに、悠は思わず吹き出した。
「香澄、声でかいって!」
「だって青春じゃん? ね、健太!」
通りかかった健太まで笑いながら親指を立てる。
「おー、こはるもついに告白か~!」
「違うってば!」
みんなの笑い声が廊下に響いた。
それは久しぶりに“普通の放課後”みたいで、胸の奥が少しあたたかくなった。
夕方、校門を出ようとしたとき――
制服姿の女性が立っていた。
濃紺のスラックスに白いシャツ、肩までの髪をきっちり結んだ姿。
朝霧巡査だ。
「あなたたち、二年B組のこはるさんと香澄さんだよね?」
落ち着いた声に、こはると香澄が顔を見合わせる。
「はい……そうです!」
「実は、例の“K”が――また出没予告をしてきたのよ」
一瞬、空気が変わった。
悠と健太も足を止める。
「今回の予告は、“明日の夜、渋谷のどこかでまた“月”が落ちる”――そう書かれていました」
「月が、落ちる……?」
こはるの胸がざわめいた。
昨日見た、あの欠けた月のチョコの映像がふと蘇る。
「もちろん、私たちも警戒しています。でも――」
朝霧が少し微笑んだ。
「あなたたち、Kの最初の目撃者でもありますから。もし何か思い出したら、すぐ連絡を」
そう言い残して、巡査は去っていった。
「……やばくない?」
香澄が小声でつぶやく。
健太は目を輝かせて拳を握った。
「めっちゃ面白そうじゃん! 探偵ごっこ、開幕だな!」
「いや、遊びじゃないって」
こはるが苦笑する横で、悠も笑った。
「でも、ちょっと気になるよな。Kって誰なんだろう」
「ま、あたしたちが先に見つけちゃう?」
香澄がウインクして、みんなで笑い合った。
その笑いの中で――
こはるの胸の奥、ほんのわずかに“溶けきらない鼓動”が鳴っていた。
昨日のチョコの甘さと、微かな苦味のように。
――明日の夜、“月”が落ちる。
その言葉が、耳の奥で静かに反響していた。
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