第6話 追跡の途中、運命のカード

人波をかき分けながら、Kを追って走る。

夜の渋谷はネオンがまぶしすぎて、どこを見ても光と影が混ざっている。

その中で、黒いパーカーだけが、異様にくっきり見えた。


「待てっ!!」

悠の声が響く。

でも、Kはまるでその声が聞こえていないみたいに、すいすいと人の波を抜けていく。

人の動きと同じリズムで、ただ一歩早い。

まるで――私たちの動きを、全部読んでいるみたいに。


「香澄、あっち! 健太、道の反対側から!」

悠の指示に、みんなが散っていく。

私は息を切らしながらKの背中を見失わないように走った。


それでも、ほんの一瞬。

スクランブルの角で、視界からKが消えた。


「……うそ」


心臓の音がうるさい。

人の流れも、信号の音も、全部が遠く感じる。


そのとき――


「迷っているね、お嬢さん」


低くて、少しかすれた声。

視線を向けると、路地の片隅。

古びたテントの下で、ひとりの占い師が私を見ていた。


紫色の布。ゆらめくロウソク。

渋谷の喧騒の中に、そこだけ時代が違うみたいな空間。


「え、今、そんな場合じゃ――」

「“今だから”だよ」


その目が、冗談を許さない。

気づけば足が止まっていた。


「一枚、引いてごらん」


差し出されたタロットの束。

指先が勝手に動いて、私は一枚を抜き取る。


――《The Moon(月)》


ロウソクの灯が、カードの上でゆらめいた。

占い師はそれを見て、静かに笑う。


「“真実は影に隠れている”。けれどね――影があるということは、必ず光もある」

「……どういう、意味?」

「追っているのは“彼”じゃない。“あなた自身”だよ」


息が詰まる。

何を言っているのか、分からない。

でも、胸の奥がざわついた。


そのとき、スマホが震えた。

【K】から、またメッセージ。


【K】見つけた? それとも――見つけられたのは、君のほう?


一瞬で、体が冷たくなった。

顔を上げると、占い師の姿がもうない。

テントも、ロウソクも、跡形もなく。

まるで最初からそこになかったみたいに。


「こはるーっ!!」

悠の声が聞こえる。

振り返ると、少し先で香澄たちが手を振っていた。


「こっち! K、センター街の方に行った!」


我に返って、走り出す。

カードを握りしめたまま。


夜の渋谷。

人のざわめきの中、私の心臓だけが妙に大きく鳴っていた。


――“追っているのは彼じゃない”。


占い師の言葉が、頭から離れない。


それでも今は、ただ走る。

Kを追って。

自分の中の何かを、確かめるように。


その角を曲がったとき。

フードの影が、もう一度、こっちを振り返った。


“笑っていた”。

あのときと、同じ笑いで。


渋谷の灯が滲む。

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