第5話 ざわつく駅前、聞こえた気配

スクランブル交差点の信号が青に変わるたび、波みたいに人が流れていく。

風は冷たいのに、人の熱で空気だけ妙にぬるい。

渋谷ってほんと慌ただしい。事件と恋に巻き込まれた高校生の心ぐらい落ち着きがない。


「よし、このあたり聞き込みしてみよ!」

香澄がスマホ片手にやる気全開で振り返る。


「聞き込みって…誰に? 通行人? 芸能人待ちの人?」

私が言うと、香澄はドヤ顔で人混みを見渡した。


「“それっぽい人”から順番に!」

「雑!!」


横で健太が腕をぶんぶん回していた。

「任せろぉぉぉ! 正義は勝つんだぁぁ!」

「ちょ、やめてやめて! 勝つ前に迷惑で捕まるから!」


そこに、悠の声が割って入る。

「ほっとけ。どうせ三分で息切れすんだろ」

「誰がだっ!」


相変わらずだ、この人たち。

でも――その明るさに、少し救われる私もいる。


本当はまだ怖いのに。

それでも、笑っていられる。


「で、こはるはどう思う?」

悠が急に真面目な声で聞いてきた。


「どうって?」

「昨日のパーカーの“顔”。見間違いじゃないんだろ?」


胸がぎゅっとなる。

思い出したくなくて、でも、忘れられない横顔。


「……見間違えてたら良かったのにね」


俯いた私に、悠はそれ以上何も聞かなかった。

それが余計にずるい。


そのとき――ざわっ、と風でもない気配がした。

背筋が勝手に反応する。


何かが、見てる。


「……ねぇ、今、誰か――」


言いかけた瞬間、スマホが“ピロン”と鳴った。

香澄のスマホでも、健太のでもない。


私のだ。


画面に浮かんだ送り主の名前は、

見たくないのに、目が離せなかった。


【K】


喉が音を失う。


手が震えたまま、私はメッセージを開いた。


【K】もう近くまで来てるよ。こっちを向いて。


「……っ」


一気に心臓が走り出す。

視界が狭くなる。

なのに――


私は、なぜか本当に振り返ってしまった。


駅前。

スクランブルの端。

無数の人波の中。


黒いパーカーが、ひとり。


さっきよりはっきり見える距離。

でも、顔だけはフードの影。


「いた……!」


私の声に、悠たちが一斉にそっちを向く。


パーカーの人物は、ゆっくりとこちらを向いた。

体が固まる。


風に揺れるフード。

こっちに向けられた視線。

声なんて聞こえないのに、“笑っている”気がした。


次の瞬間。


人混みの中へ、ふっと消えるように走り出した。


「逃げた! 行くぞっ!」

悠が駆け出す。

香澄も健太も後を追う。


私も走り出した。

わけなんていらなかった。


――捕まえたい。

――確かめたい。

――終わらせたい。


胸がざわざわする。

渋谷の夜風より、ずっと騒がしく。


“K”はすぐそこにいる。

恋も事件も、引き返せないところまで来ている。


そう思った。

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