第4話

人混みの中にまぎれる黒いパーカー。

追いかけてるはずなのに、胸の奥はぜんぜん整理がつかないまま。


なんで私が“事件”なんか追ってるんだろ。

普通でいたいのに。

普通の放課後を望んでたはずなのに。


それでも、歩調は止まらない。

駅前の雑踏、ネオン、ざわざわした風。

ぜんぶが“K”に繋がってる気がして。


だけど、本当は。


――怖い。


そのたびに、隣にいる悠の横顔を、私は勝手に見てしまう。


思い出す。

入学してすぐの春。

まだ学校の位置すらちゃんと覚えてなかった頃。


渋谷駅前のスクランブルで、私は見事に迷子になって、

地図アプリをぐるぐる回して、

それでも分からなくて半泣きだった。


「道に迷ってんの?」

そう言って笑ったのが――悠だった。


あのときの私は、

“助かった”より先に

“なんでこいつ笑ってんの”ってキレてた。たぶん。


でも、ちゃんと学校まで連れて行ってくれた。


あれが最初。


たぶんそれを、私は忘れられずにいる。


今も同じように、私はきっと迷ってる。


事件でも、気持ちでも。


「大丈夫だって。俺が見てるから」


悠はそんなことを軽い声で言う。

チャラくて、調子よくて、女の子に慣れてる感じで。

ムカつくのに、でも――その言葉を手放したくない。


どうしてなんだろ。


私が見失いそうになるたび、

悠だけは迷わず、私の視界の端に現れる。


好きとか、そういうのじゃない。

……いや、違うのかな。

分かんない。考えたくない。なのに考えてしまう。


“K”の影を追いながら、

私の足が止まらない理由はもう一つある。


怖くても前に進めるのは、

隣にいる誰かを、信じたいと思ってしまってるから。


それが、悠だった。

気づきたくなかったのに。


黒いパーカーを見失いそうになったとき、

私は反射的に悠の袖をつかんだ。


「……行くよ。まだ終われない」


強がる声が震えてるのは、自分で一番分かってる。

悠は何も言わなかった。

ただ、前を向いたまま歩調を合わせてくれた。


その沈黙が、ずるかった。


事件の先に答えがあるのか、

恋の先に答えがあるのか、

今の私にはさっぱり分からない。


でも――


逃げたくないって思った。


“K”にも。

自分の気持ちにも。

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