第2話 放課後、始まる二つの追跡

放課後のチャイムが鳴ったとき、教室のざわめきは普段より少しだけ落ち着きがなかった。昨日の“停電”“密室”“Kのメッセージ”――話題にしない方が無理な出来事が詰め込まれすぎている。


「ねぇこはる、放課後ちょっと残ってくれない?」

隣の席から、香澄が机を乗り出してくる。


「また変なこと考えてるでしょ」

「失礼な。正しい好奇心だよ!」


やっぱり変なことだった。


前の席では健太が勢いよく振り返る。

「よし探索だろ探索! 映画とかだと現場検証ってやつだ!」


「いや私たち素人だし!」

「大丈夫だって! 探索とノリには自信ある!」


そこに悠が、窓際からひょいと顔を出した。

「昨日のチョコ、まだ持ってるんだろ? だったら確認しといたほうがいい。……証拠ってやつ?」


軽い口調なのに、どこか真剣な目。その温度差がずるい。


私はため息をつきながら、カバンから問題のチョコを取り出した。

拾ったほうじゃなくて――最初に私の机へ置かれていたチョコ。


ほんとは捨てたかった。でも、捨てる勇気だってなかった。


「よし決まりだね」

香澄がスマホを掲げる。

「第一回、“K”の正体追跡プロジェクト〜!」

「名前のセンスよ……」


健太は早くも立ち上がり、悠は面倒くさそうにしながらもついてくる気満々だ。


そこへ、廊下からヒールの音が近づく。

扉が開き、ポニーテールが揺れた。


「君たち、少し話せる?」

渋谷署の朝霧巡査。


教室の空気が一瞬で張りつめる。


「昨日の人物“K”について、新しい情報が入ったの。渋谷駅前で“似た目撃証言”が複数出てる。だから――」

そこで朝霧さんは一拍置いて、私たちを見渡した。


「勝手な行動はしないこと。いいね?」


一瞬、私たちは黙る。

けど、香澄がそっと私の肩を突いた。


「……でもさ、放っておけないよね」

「……だね」


私はうなずいていた。


たぶん、昨日あの“逃げる背中”を見てしまったせい。


たぶん、私が知っている“誰か”に見えたせい。


たぶん――もう逃げきれない。


「駅前、行くの?」

悠が目で聞いてくる。


私は短く答えた。


「行く。確かめたいから」


放課後の教室を出るとき、夕日のオレンジが私たちの影を長く伸ばしていた。


渋谷の雑踏へ向かうその足は、不安よりも少しだけ強い。


――この日から、“ふたつの追跡”が始まった。

ひとつは“K”の事件。

もうひとつは、まだ気づいていない自分の気持ち。


それが交わるなんて、このときの私はまだ知らない。

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