第5話

「清瀬さん? ちょっと痛い……」

「あ、ごめん」


 ダメだ、やっぱ出ちゃうよ手にも。


「清瀬さんって、意外と初心なんだね」

「はい!?」

「だって、ラブホ来るのも初めてなんでしょ?」

「そ、そうだけど……私、遊んでいる感じに見える?」

「ううん。そういうわけじゃないよ。ただ、可愛いなって」


 宇都木は私の方を振り返って言う。

 もっと可愛いって言って♡♡!!


 と、いつもなら思うところなんだけど。今の宇都木の可愛いは、普段私が聞くどんな可愛いとも違っていて。どうしてか、鼓動がひどく速くなってしまう。


「それを言ったら、宇都木も……」


 言いかけて、止める。お詫びしている最中にまた褒めそうになってしまった。危ない危ない。


「私も、なあに?」

「や、その……」

「ちゃんと言って?」


 思ったより押しが強い!

 私は少し迷ってから、言った。


「宇都木も、可愛いよ」

「……ふふ。ありがと」


 そんなことないって言われなかったことに安堵する。やっぱり褒め言葉はちゃんと受け止めてもらえた方が嬉しい。どんな褒め言葉も、気持ちを込めて口にしているのは確かだから。


 彼女は前を向き直してしまったから、表情は見えないけれど。

 楽しそうな顔をしてくれていたらいいなって思う。


「次のお詫びは何にしてもらおっかな」


 ……。

 うん!?


「なんで!?」

「だって、可愛いって褒められてちょっと困っちゃったし。またお詫びしてもらわないとダメかなって」


 罠すぎる!

 だって褒めてもいい的な感じの流れだったじゃん!


 なんたる策士。私は戦慄しながら、彼女の肩を揉んだ。罠にかかってしまったものは仕方ない。ここはもう諦めて、彼女の肩を全力でマッサージしよう。


「清瀬さん」

「はいはい。今度はなんですかー?」

「私、これからも清瀬さんに色々すると思うけど……覚悟しててね」


 色々……。

 色々!? え、色々ってなに!? もしかしてキス以上のこととかしちゃう感じですか!? いやいやさすがの宇都木だってそんなことはしない……はず! でも宇都木がめちゃくちゃなのはこの一日で嫌ってほどわかっていて。


 もうほんと私はどうすれば!?

 いや、でも。


 宇都木が何かをする度に、私は彼女のことをより深く知ることができる。キスより先のことをされたらさすがに困るけど、それはそれとして彼女のことをもっと知りたいのは確かなのだ。それならば、むしろ。

 私はにこりと笑って、軽く彼女の背中を叩いた。


「望むところ! もっと宇都木の色んな顔見せてもらうから、覚悟しなよ!」

「うん。……ふふ」


 ほんと、よくわかんないことになっちゃってるけど。

 宇都木と過ごす放課後は、悪くないかもしれない。私は彼女の肩を揉みながら、小さく息を吐いた。


 ……よし。

 宇都木のことをもっと知れるように、私の方からも色々と働きかけてみよう! その先に、もしかしたら彼女と本当の恋人として過ごすようになる未来もあるかもしれないし!





 今にして思えば、先週の私は前向きだったなぁ。

 未来に希望があると信じて疑わず、宇都木とも楽しく過ごせるんじゃないかなんて期待したりもしていた。いやぁ、あの頃は若かった。ほんとに。


 まさか、こんなことになるなんてね。

 まさか、まさか——


「動かないで、清瀬さん。ちょっと苦しい……」

「私も動きたくないんだけど……くすぐったいし!」

「しっ。声、大きい」

「あ、ごめん」


 宇都木と一緒にロッカーに入ることになるとは思ってもみなかったです!


 いやいやいや。ほんとにどうしてこうなったんだろう。おかしいな、今日はもっと健全にデートとかして、仲を深める予定だったのに。もうラブホだの触れ合うだのそういうのはこりごりっていうか、ドキドキしすぎてどうにかなっちゃいそうだったのに!


 この前よりも! ドキドキしちゃってるんですけど!!

 ……ことの発端はつい数分前。人がいなくなった後の教室で、なんとなくロッカーを開け閉めしていた時のこと。不意に宇都木が

「ロッカーの中って狭いのかな?」なんて言い出したのだ。


 小学生の頃にロッカーでよく遊んでいた私にはその狭さがよくわかっているのだけど。どうやら宇都木はロッカーについてあまり明るくないらしく、実際に入ってみるということになり。


 はしゃぐ彼女を眺めていたら、ロッカーの中に引きずり込まれてしまったのだ。


 さすがに近すぎるし出ようとした瞬間、クラスの子たちが教室に戻ってきた。どうやら忘れ物を取りにきたらしいけれど、彼女たちはそれを回収してもなお教室に居座ってお喋りをしていた。


 喋んのが楽しいのはわかるけど!

 早く出ていってくれないと限界なんですが!!


「足、疲れてきちゃった。ちょっともたれかかってもいい?」

「え。だ、だから触られるとくすぐったいんだって——んっ!」

「声」

「わ、わかってるけど……!」


 わざとやってない?

 宇都木は私にもたれかかってくる。少し汗ばんだ腕同士がくっつくと、くすぐったいやら恥ずかしいやらで変な気分になる。


 宇都木、やっぱり細いよなぁ。

 この狭いロッカーでも窮屈そうじゃないし。いや、私も細い方だとは思うんだけど。やっぱり骨格からして違うっていうか。それでも私が一番可愛いのは確かなんですけども!


 ……うぅ。

 いくら秋でも、ロッカーの中は暑い。汗臭いって思われてないといいけど。


「そういやさ。最近姫綺きき、なんか様子おかしくない?」

「わかる。彼氏かな?」

「姫綺に? ないない! 姫綺に釣り合う男子、うちの学校にいないじゃん」

「別の学校かもよ? それか……女とか」

「あー。うちの学校女子はレベル高いもんね。私らとか」

「わかる。でもなー。姫綺と遊ぶの楽しいけど、女として自信なくすんだよなぁ」

「いや姫綺はもう姫綺っていう生き物でしょ」

「なんじゃそりゃ」


 私の話だし。

 うわ、めっちゃ気まずい。悪口とかではないみたいだけど、こういうのあんまり盗み聞きするのはどうかと思うし。でも身動き取れないなら仕方ない……のかなぁ。


 その時。

 彼女の吐息が、私の耳にかかってきた。

 びくりと体が跳ねる。


「ちょ、宇都木……!」

「あはは、すごい反応」


 すごい反応じゃないが??

 バレたら宇都木だって困るだろうに、何をしてくれているのか。抗議したくなるけれど、私は小さい声を出すのが苦手だから黙っておく。ここから出たら覚えとけよって感じだけども。


「ここだけの話さ。私、たまーに姫綺にどきっとすることあんだよね」

「マジ?」

「やっぱ引く?」

「や、私もだけど」

「……」

「……」


 あれ、なんか話がおかしな方向に進んでない?

 いやほんとに気まずいなんてもんじゃないんだけど! わかるよ? 私って可愛いし魅力がすごいから、ドキドキしちゃう気持ちはわかるけど! 実際ドキドキしてるんだって思うと、明日からどう接すればいいのかわからなくなりそうっていうか……!


「……ん? てか待って。あれ、姫綺のバッグじゃない?」

「あ、ほんとだ。姫綺、まだ帰ってないのか。トイレかな?」

「意外に教室に隠れてたりして」

「……あるかも。姫綺、意外と子供っぽとこあるし。姫綺ー。いるー?」


 いないでーす。

 なんて考えてる場合じゃない!

 私のことを探し回っている気配を感じる!


 ごそごそと物音が聞こえてきてるし、ロッカーを調べられるのも時間の問題というやつでは! まずいと思って宇都木を見てみるけれど、彼女はくすくす笑うのみである。バレるかもしれない状況を楽しむなっての!


「教卓の下は誰もいない、と」

「じゃあ……ロッカーか」


 げ。

 このままだと本当にバレてしまう。ここはもう腹を括って、言い訳を考えた方が建設的なのかもしれない……! いやでもまだ諦めるには早いか? いやいや……。


 足音が聞こえてくる。私は呼吸を止めた。

 宇都木の吐息を、肌に感じる。私たちは一体何をしているんだろう。こんなところ友達に見られたら、どう言い訳すれば——。

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2026年1月2日 12:00

クラスの優等生に突然キスされて、流れで付き合うことになったのですが 犬甘あんず(ぽめぞーん) @mofuzo

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