第3話

 私はぼんやりと、テーブルに勉強道具を並べる宇都木を眺めた。暖色の光に照らされた彼女の横顔は、ひどく楽しそうだった。


 普段見かける寂しそうな顔よりずっといいけどさぁ。

 いいんだけど、私の心臓の方がもちそうにない。昨日から予想外のこととドキドキすることの連続すぎて、そろそろオーバーヒートしてしまいそうだった。


「どの辺が難しいとかある?」

「えーっと……全部かな!」

「あ、あはは……じゃあ最初の方からやってこっか」


 奇妙なシチュエーションだ。

 そこまでよく知らないクラスメイトと恋人になって、ラブホにデートしに来て、最終的には勉強会。


 ここまでわけのわからないことをしているのは私たちくらいだろう。


 でも、彼女の教え方はかなりわかりやすかった。

 頭のいい人って、教えるのも上手いんだなって思う。


 だけどそれ以上に、私は彼女のことが気になって仕方なかった。文法を教える時に髪を耳にかける仕草とか、どう教えようか考えている時にシャーペンを軽く顎に当てる仕草とか。


 そんな小さな仕草の数々が、私をどうにもドキドキさせる。

 クラスでは見ないような一面だから。


「……清瀬さん、見過ぎ。勉強より、そっちの方がいいの?」

「えっ!? や、そういうわけじゃなくて! ただ宇都木の仕草に見惚れてただけっていうか……!」

「え?」

「あっ」


 自分の言葉に、自分でびっくりする。

 そうか。そうだ。私は宇都木の仕草に、見惚れてしまっていたのだ。


 なるほどなるほど。確かに宇都木、可愛いしなぁ。そんな子の仕草だったら見惚れちゃうのも仕方ないよね。

 いやでもそれを口にしちゃうのは違くない!?


「……ふふ、そっか。見惚れてたんだ」

「え、あ、その……そうだよ! だって宇都木、可愛いし! 私の次に!」


 私は開き直ることにした。誤魔化そうとしてももう無駄っぽいし!


「髪も艶々だし目もぱっちりしてるし睫毛長いし唇もちっちゃくて可愛いし、とにかく宇都木は可愛いの! そんな宇都木が可愛い仕草してたらもう可愛いの二乗! 見惚れちゃうのも無理はないって思いませんか!?」

「……えっと」


 宇都木は困った表情を浮かべる。

 安心してほしい。言ってる私の方も困ってるから。私ほんと何言ってんの!?


「あ、ありがとう。清瀬さんも、可愛いよ」

「う、うん」


 私はソファに背中を預けた。可愛いと言われるのには慣れているけれど、宇都木に言われるとなぜかドキドキしてしまう。


 キスされたせいで好きになっちゃったとか?

 いやいや私はそんな単純じゃないですけど。でも前よりも意識しちゃってるのは確かで。ついつい彼女の唇に目がいっちゃうっていうか。


「勉強! 続き、教えてよ!」

「……うん」


 大丈夫。これで軌道修正はできた……はず。

 これまでとはまた違った気まずい空気を感じるけれど、勉強を続けるうちにそれも気にならなくなっていった。変なことを考えないようにって勉強に打ち込んでいると、いつもより内容が頭に入ってくる。宇都木の教え方が上手いっていうのも間違いなくあるだろうけど。


 それからしばらく経った頃、私はさすがに集中力の限界を迎えて、ベッドにダイブした。


「ふいー、つっかれたぁ。勉強してると肩凝ってくるんだよねー」

「マッサージしてあげよっか?」

「んー……お願いしちゃおっかな。すごい疲れたし……」


 私はうつ伏せになりながら言った。もう私の頭には難しいことが入り込む余地がない。あとはもうお風呂入ってごはん食べて眠りたい気分である。


 いやぁ、今日も充実した一日でしたね。

 ……。

 いや、違くない??


 ベッドで横になるとついリラックスしてしまうというか、家にいる時みたいなモードになってしまうけれど。ここは家じゃないしラブホだし何より宇都木がいるわけで——。


 待って?

 私普通にマッサージお願いしちゃったけど、やばくない? だってラブホで触れ合うって、それはもう……!


 やっぱり大丈夫、と口にする前に、ベッドが軋む。宇都木の手が肩に触れるのを感じて、私はみじろぎした。スキンシップは結構する方なんだけど、こうして優しく触れられるのにはあんまり慣れていない。


「じゃあ、始めるね」


 そう言って、彼女は私の肩をマッサージしてくる。

 なんとなくおばあちゃんとかおじいちゃんにやった肩叩きとかのイメージだったけれど、意外にしっかりしている。軽く体重をかけてきたり、凝っているところを揉んできたり。


 宇都木の特技がマッサージだとは知らなかった。

 そういう流れになっちゃうかも、なんて意識が薄れていくのを感じた。


「宇都木ってさ、すごいよね」

「……すごい?」

「だってそうじゃん。可愛いし、勉強もできるし、マッサージもうまいし。もしかしたら宇都木は地上に舞い降りた天使なのかもしれない……」

「あはは、何それ」


 彼女は笑いながら、私の肩を揉み込んでいく。

 鶏肉にでもなった気分だ。


 私、唐揚げに下味付けるの結構好きなんだよなぁ。美味しくなれーって調味料を揉み込んで、肉を育てていく感じ。


 私もこれから、美味しく調理されちゃうのかな。

 ……いやいや!


 んなわけないでしょ! 思考がすぐそっちの方向に行ってしまうのは、場所が場所だからなのかもしれない。ほんと私、こういうところ初めてすぎるし!


 私も大学生とかになったらラブホで女子会するようになったりする……のかなぁ。

 ラブホに慣れる未来なんて全然想像できないわけですけども。


「別に、たいしたことじゃないよ。可愛いっていうのは、わかんないけど。多分生まれつきだし、勉強も人より多くやってるだけだし、こういうのも我流だから」

「宇都木的にはまだまだなんだ。いいねー、向上心があって」

「向上心っていうか……清瀬さん、何がなんでも私のこと褒めようとしてる?」

「ってより、事実だし。宇都木的にはまだまだかもだけど、私的にはすごい! 最高! さすが! って感じだから」


 段々眠くなってくる。宇都木の我流でこれだけ心地いいなら、ちゃんとしたお店に行ったらどれだけ良いマッサージをしてもらえるんだろう。

 今度行ってみようかな。


「偉そうに聞こえたらごめんだけど」

「……ううん。清瀬さんに褒められるのは、嫌じゃないよ。私はやっぱり、そんな自分がすごいとは思えないけど」

「ふーん……そっか」


 新たな一面を知った気がする。

 確かに宇都木って誰かに褒められてもそんなことないですよーって言ってるイメージだったけど。あれは謙遜してたってより、本当にそんなことないって思ってただけなんだなぁ。


 褒め言葉を素直に受け取れないというのは、ちょっと大変そうだ。


 せめて自分で自分のことをたくさん褒めてあげればいいのに。

 え? お前は自分をことあるごとに褒めすぎ? いやいやだって、私が可愛くて最高なのは事実なわけですし。


「じゃあさ。私のこと、褒めてみてよ」

「えっ」

「いつか自分のことを褒められるようになるための予行演習ってことで。ほら、こんな可愛い子が目の前にいるんだよ? たくさん褒めちゃって!」


 私は体の向きを変えて、仰向けになった。天井から降り注ぐ光と、困った宇都木の顔。


 こうして見ると、私の前にいる宇都木は宇都木ーって感じだ。

 いや、どういうこと? って思われるかもだけど。

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