第2話

 友達は何人いてもいい。だけど恋人は、基本一人だけだ。たった一人の恋人という関係に、私はわくわくしていた。


「じゃあ早速初デートしよっか! 私、もっと宇都木のこと知りたいし!」

「あ、それならデート場所は私が選んでもいい?」

「いいよ、宇都木の好きな場所で!」


 宇都木の好きな場所かぁ。やっぱり静かなところが好きそうだよね。本屋さんとか、ブックカフェとか、図書館とか。そういう場所で恋人と二人、静かに過ごす……。


 それもまたエモ! 絶対楽しい!

 そしたら今度は私の好きなところに連れて行って、宇都木にもそれを知ってもらって、お互い知ることを増やしていって……。それで最終的にお試しじゃない本当の恋人になったらそれはもう最高じゃない?


 だって私は世界で一番可愛くて、宇都木は二番目に可愛いわけだし!


 私たち、もしかしたら最強のカップルになってしまうかもしれない……!


 なんてのはちょっと浮かれすぎかもだけど。とにかく、私は宇都木のことをもっと知りたいのだ。彼女のことを知ることができるのなら、どこへだって行くとも。うんうん。

 ……なんて、思っていたんだけど。


「清瀬さん。バッグはこっちに置いとくから」

「ひゃ、ひゃい」

「どうする? シャワー、浴びる?」

「汗かいてないし、いいかな……。あはは……」


 宇都木が選んだのは、確かに静かな場所だった。

 私たち以外には誰もいないし、しんと静まり返っていて。


 ベッドもあって、お風呂もあって、ついでに何かこう、ちょーっと怪しい雰囲気もあって……。

 うん。


 ……。

 …………。

 ラブホじゃん!!


 ラブホだよ、完全に! いやもうフロントの時点でわかってたけどね!? あれ、この感じは普通の施設じゃないな? って! いやラブホも別に普通の施設か? 普通ってなんですか??


 やばい。ほんっとーにやばい!

 頭が全然働かないっていうかラブホってやっぱりフロントから部屋まで誰にも合わないんだって感心してるっていうか普通のホテルっぽいのになんかえっちな雰囲気漂ってるっていうか!

 何これ!!


「あの、宇都木? こういうとこって高校生が来たらやばいんじゃ……」

「うん。バレたら退学かも」

「だよね!?」


 そもそも十八歳未満は利用しちゃダメなんじゃなかったっけ!?

 さすがの私でも高校退学になるのは困るんだけど!


 なんで宇都木はこんなに楽しそうなんだろう。普段より五割増くらいでにこやかな笑みを浮かべているし。え、もしかして宇都木って、こういうの慣れてるタイプ? 実は密かに色んな相手を手玉に取ってきた、とか。


 いやいや、んなことないでしょ。

 でも……。


「大丈夫だよ。ここ、うちの学校の人も結構使ってるみたいだけど、十年以上誰も見つかってないって言われてるから」

「そ、そうなんだ」


 なんでそんな情報知ってるんだろ。色んな子の話を聞くのが大好きな私でも、ラブホのことなんて聞いたことは一度もない。


「宇都木って……そういう友達がいたりするの?」

「そういうって?」

「えっちなことする、友達」

「……ふふ。どうだろうね?」


 彼女はくすりと笑う。

 その笑顔は反則じゃない……!?


 私は鼓動がひどく速くなるのを感じた。色んな想像が頭の中で膨らんで、いてもたってもいられなくなりそうだった。


 初めての恋人との初デートが、ラブホ。

 めっちゃ爛れてない!?


 初デートはもっとピュアな感じっていうか、普通ちょっとしたお出かけとかになるんじゃないの!?


 だめだ、頭の中がぐるぐるしてきた。

 ちらと宇都木の方を見ると、どうしてかいつもより色っぽく見えてしまう。長い黒髪とか、唇とか、呼吸と一緒に動く胸、とか。……いやいや。いやいやいや。胸て。人の胸を見て喜ぶ趣味なんて私にはない。


 ない、と思うんだけど……。

 場所が場所だからなのか、どうしても意識してしまう。落ち着け私、宇都木だってそんなつもりでここに来たわけじゃ……。

 ……あれ?


「そういや宇都木。なんで急にラブホ来たの?」

「ん? それは……清瀬さんの驚く顔が、見たかったから」


 わあ、とんでもないサプライズ! 嬉しい! ……わけあるかぁ!


 こういう心臓に悪いサプライズじゃなくて、もっと可愛いのにしてほしい。いきなり花束をプレゼント! とか。いや、それが可愛いかどうかはわからないんだけど。


「そのためだけに退学のリスク負わないでよ」

「清瀬さんのためなら退学してもいいよ」

「それ、ラブホで言われても嬉しくないから」


 彼女はくすくす笑う。

 私はちょっと呆れたけれど、その笑顔が想像以上に可愛かったから、よしとすることにした。これまで全然知らなかったけれど、宇都木という人は思ったよりも真面目じゃないらしい。悪戯好きというか、なんというか。


 優等生って感じの宇都木も嫌いじゃなかったけど、こういう宇都木もいいかもしれない。いや、別に変なことをされたいわけじゃないんだけど!


「でも、そうだね。せっかくラブホに入ったんだから、してみる?」


 ラブホ。

 その言葉が宇都木の口から出てきたことに、私は少し驚いた。なんというか、綺麗な声でラブホって言われると、変な感じがするというか。


 ……胸がざわめくっていうか。

 今日の私は、ちょっとおかしいかもしれない。

 っていうか!


「し、しないから! しないでしょ! いきなりそんなこと!」

「そんなことって?」

「ラブホですることなんて一つじゃん!」

「一つではないと思うよ? カラオケ付きの部屋とかもあるし、女子会プランとかあったりもするし」

「女子会……」


 ラブホで??

 どうしてわざわざこういうところで女子会するんだろう。大人の世界はよくわからない。


「そういうことじゃないなら、一体何するつもりなの?」

「んー……清瀬さん、この前の中間あんまりいい点じゃなかったんだよね?」

「うっ……」


 こんなところで成績の話しなくても。

 ……。


 いや、別にえっちな話がしたいわけでもないんだけどね!? よく知らない相手とそんな話しても盛り上がらないっていうか、盛り上がっても困るっていうか! だってラブホでえっちな話で盛り上がるってことはつまり、もうそういうことじゃん!!


 やばい。

 完全に平静を保てなくなっている。このままだと本当にどうにかなってしまいそうだった。


「よかったら、私が勉強教えてあげるよ」

「……ここで?」

「ここなら誰にも邪魔されないし」

「確かに。宇都木、もしかしてこういうとこでいつも勉強してるの?」

「さすがにいつもは図書館とかでしてるよ」

「そっかー……。宇都木って成績いつもいいから、何か秘密があるのかと」

「ないよ。普段からコツコツ勉強することが、一番の近道だよ?」

「うぇー……」


 死ぬほど勉強嫌い、ってわけでもないんだけど、世の中には色々と楽しいことがあるから勉強に回す時間がないっていうか。それでも一夜漬けしてどうにか赤点は回避してるんだけど。

 こういうやり方だから知識が身につかないんだろうなぁ。


「確か……清瀬さんが一番苦手なのは、英語だっけ」

「まあ、うん。よく知ってるね」

「いつも見てるから」


 彼女はさらっと言う。

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