1 めちゃくちゃなあの子

第1話

 私が思っていた以上に、宇都木はめちゃくちゃな女だった。

 いや、前々からあの作り笑顔には絶対裏があるとは思ってたけど。だってなんか目が笑ってないし、時々みょーに寂しそうな顔するし。何かあったん私に話してみな? みたいなことを何度言おうと思ったことか。


 や、それはいいんだけど。

 キスをされた次の日の放課後。


 私は誰もいなくなった教室で仁王立ちしていた。目の前には宇都木がいるけれど、私よりも結構背が高いから仁王立ちしていても格好がつかないと思う。私はちょっとため息をついて、自分の席に座った。


「で? 昨日のはなんなの?」

「昨日のって?」

「だ、だから! いきなりその……キスしてきたこと!」

「理由はないよ。ただしたかっただけ」


 彼女はにこりと笑う。

 ほんの少し、鼓動が速くなる。やっぱり宇都木は可愛いって思うけど、今は見惚れてる場合じゃなくて!


「したかったにしても順序っていうものがあるじゃん! いきなりはダメでしょ!」

「そうかな?」

「普段常識的なくせに……!」


 一体何があったというのか。私の知る宇都木はもっと真面目で優等生で、常識! って感じで生活していたのに。もしかして涙と一緒に常識も流れていってしまったんだろうか。いやそんなことある??


「いきなりキスしたくなるって何? 私のこと好きなの?」

「うん」

「ふーん……」


 なるほど。

 唐突にキスしたくなったのは、私が好きだったからなのか。だとしたら納得がいく。確かに好きな人とはキスしたくなってもおかしくないよね、うんうん。


 なるほどねー……。

 ……。

 うん!?


「え、宇都木って私のこと好きなの!?」

「そうだけど……」

「そうだけど……じゃないですけど!?」


 私が声真似を披露すると、宇都木はちょっと笑う。よかった、ウケて。

 ……じゃないですけど!?


「てかそんなことある!? 私たちあんま絡みなかったじゃん!」

「絡みがなくても、毎日会うでしょ? 単純接触効果ってやつかな」

「横文字やめて」

「全然横文字ではないよ?」


 いや確かに話せば人を好きになるってわけでもないし、一目惚れっていうものもこの世には存在している。存在している、けど!


 ぜんっぜん納得できない!

 ほとんど話したこともないような相手を宇都木が好きになるとは思えないし! ていうかいきなりキスするのもキャラじゃなさすぎるでしょ! いやいやそっちが本性なのか?


 でも私的にはそんなことするタイプに見えなかったし!

 私、これでも人をみる目には自信があったんだけども。


「清瀬さん」


 彼女が近づいてくる。

 これは壁ドン……というより、窓ドン!?


 いや近い近い。宇都木みたいな可愛い子にそこまで近づかれるとドキドキしちゃうっていうか、昨日のキスを思い出しちゃうっていうか。


「私は、清瀬さんのことが好きだよ」

「ひゃ、ひゃい……」


 本気っぽく言われると、もう駄目だ。顔が熱くなって、鼓動が速くなる。


 私は、世界一可愛い。世界一可愛いからこそ、皆最初から諦めてしまって、告白してこないのだ。こうして真正面から好きと言われるのなんて初めてで、どうすればいいのかわかんなくて。


「じゃ、じゃあ、その。……付き合っちゃう?」

「……え」

「私のこと、好きなんでしょ? なら、お試しってことで」


 まだ宇都木のこと、全然よく知らないけど。

 試しに付き合ってみるというのは、お互いにとって悪くない選択なのでは、と思う。だって私は宇都木のことをもっと知りたいって思っているし、宇都木は私と一緒にいられたら楽しいだろうし。


 実際付き合ってみて合うならそのまま恋人を続ければいいし、合わないなら別れればいいだけだし。

 我ながら名案なのでは?


「……嫌じゃないの?」


 宇都木は言う。


「何が?」

「キス、されたこと」

「びっくりはしたけど、別に嫌ではないよ。宇都木、可愛いし。いや別に可愛ければ誰だっていいってわけでもないんだけど、なんていうか——」


 私の唇を、彼女の唇が塞ぐ。

 嫌ではないとは言った。言ったけど!


 だからってキスするのが好きってわけではないし、許可なく何度もしていいってわけでもないんだけど!?


 文句を言いたいけど、めっちゃ舌吸われてるから言えない。

 優等生って、やっぱりそっちの方も優等生なんだ。

 ……。


 いやいや。何馬鹿なこと考えてるんだ私。別に宇都木にキスされて気持ちよくなってるとか、そういうのもないんだけど。ただちょっと、悪くないかなって思うだけで。ていうかほんと、めちゃくちゃすぎるんだけど。

 唇が離れると、私は深呼吸をした。


「絶対今キスするタイミングじゃなかったでしょ」

「そうかな?」

「たまに常識吹っ飛ぶのやめて」


 そうかな? じゃないんだが??


「言っとくけど私はまだ宇都木のこと好きでも何でもないからね? ただちょっと興味あるっていうか、知りたいなーってだけで」

「まだ、なんだ」

「そりゃ未来のことはわかんないし」

「……あはは。清瀬さんらしいね」


 私らしさを語れるほど、私について詳しいのだろうか。

 ……はっ。


 まさか常日頃から私の一挙手一投足を観察して、私の情報を脳に完全にインプットしているとか!?


 そ、それはちょっと困っちゃうなぁ。

 ごめんね、可愛すぎて。そりゃ世界一可愛い女の子が同じクラスにいたら、毎日めっちゃ眺めちゃうよね。わかるわかる。私も宇都木のこと、常日頃から結構眺めてたり……じゃない!


「でも、意外だな。清瀬さん、こういうの絶対嫌がると思ってたのに。……他の人に、言うかと思ってた」

「宇都木にキスされたーって? 言うわけないじゃん、そんなの」


 いきなりそんなこと言っても、皆困るだろうし。

 いや、私は見ての通り人望があるから、きっとそう言っても信じてもらえると思うけど。


「キスしてきたのには、なんか理由があるって思ったし。それに宇都木、昨日泣いてたじゃん。やけになってしてきたのかなーとか、考えすぎて寝不足になったけど……他の子に言いふらすなんてひどいことしないから」

「私はひどいことしたのに?」

「そう思えるなら、ひどいことはしたかもだけどひどい人ではないよ、宇都木は」


 ファーストキスはなくなっちゃったけど。

 ちょっと私の可愛さが怖くなってきた。


 皆私の魅力にやられて、そのうち牙を剥いてくるのでは!? こ、こうなったら護身術を学ぶしか……!

 ってのはいいとして。


「で? 何があったの?」

「え?」

「私のことが好きだとしても、いきなりキスするような子じゃないでしょ? 昨日泣いてたこととなんか関係あんじゃないの?」

「それは……」


 彼女は口ごもる。

 やっぱ、なんかあったんだろうなぁ。ちょうど近くに可愛すぎる私がいたから、キスという形でストレス発散したくなったのかもしれない。マイクがあったら歌って発散したくなるのと同じだろう。


 私=可愛い。

 私が目の前にいる=キスしたくなる。

 うん、これはもう間違いないね。


「話したくないなら別にいいけどさ。ほんで、結局私と付き合うの? 付き合わないの?」

「えっと、その」

「迷うなら、しばらく考えてもいいよ。私は全然待つし」


 ちょっとずつ余裕を取り戻してくる。不可解なキスだったけど、理由があるならまあしょうがないよねって思う。私の唇は何度キスしたって価値が下がることはない。てかむしろ上がっていくまであるよ。


 ほら、だってアンティークの家具とか、古ければ古いほどエモいというか、価値が増すみたいなところあるし。私の唇もアンティークになったら……いやそれは違うな。私の唇は革製品っていうか……使えば使うほど味が出てくる、的な感じ。

 うーん、それも何か違うような……?


「清瀬さん」

「は、はい」


 彼女はまっすぐ私を見つめてくる。その黒い瞳には、やっぱり私にはまだわからない複雑な感情が浮かんでいた。絡まった感情の一つ一つを解いて、その正体を知ることができれば、私は宇都木という人にもっと近づけるのかもしれない。


 宇都木って、どんな子なんだろ。

 よく知らない相手を目の前にした時、私はどうにもわくわくしてくる。


 この子のことを深く知ったら絶対楽しいとか、私にどんな表情を見せてくれるんだろうとか、色々考えるとそれだけで嬉しくなるのだ。宇都木がもし、これまで見たことない表情を私に見せてくれたら。


 その時私の胸にはきっと、確かな満足感が満ちるだろう。

 ……それだけじゃ終わらないかもだけど。


「お試しで、付き合ってみよっか」

「……! うん! これからよろしくね!」

「よろしく」


 私は彼女の手を両手で握って、ぶんぶんと振った。友達はたくさんいるけれど、恋人ができるのは初めてだ。

 胸に奇妙な高鳴りを感じるけれど、決して嫌な感覚じゃない。

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