クラスの優等生に突然キスされて、流れで付き合うことになったのですが

犬甘あんず(ぽめぞーん)

プロローグ

 私は可愛いものが好きだ。

 可愛い服、可愛いペット、可愛いお菓子……。


 可愛いものは見ているだけでテンションが上がるし、幸せな気分になる。だから私は日々可愛いものを求めて生きているのだけど。私は生まれてこの方十六年、可愛いものを愛でられなかった日は一度たりともない。


 なぜかって?

 それは——


「はぁ……どうして私ってこんなに可愛いんだろ」


 この世で一番可愛いものが、私だから!

 そう。可愛いものが見つからなくたって鏡を見れば世界で一番可愛い私の顔が映っているのだ! だから毎日ハッピー! 自分を愛でれば自己肯定感も上がるし可愛いもの欲も満たされるし、いいことしかない!


 内向きに巻いた艶々の髪! ぱっちりと大きな目! 芸術的な眉! 長い睫毛! 整いすぎた鼻筋! 可憐な唇! ほんのりピンクの頬!


 え〜〜なんで私ってこんなに可愛いの〜〜??

 もはや鏡に聞く必要もないくらい、私が世界で一番可愛いのは自明の理。


 可愛いすぎてため息が出てくるのがちょっと難点ですかね、へへ。なんてことを思いながら、お手洗いを後にする。


 ……ふぅ。

 今日も存分に可愛いものを愛でることができて幸せだ。今日はどうしても放課後に自分を愛でまくる時間を取りたかったから、友達の誘いも断った。いやぁ、有意義な時間でした。


 教室にバッグを取りに戻ろうとして、私はぴたりと止まった。

 まだ誰か、教室に残っている。


 私は開いた扉からひょこりと顔を覗かせた。そこにいたのは、宇都木初華うつぎ ういかだった。


 宇都木は同じクラスの女子で、率直に言ってめちゃくちゃ可愛い。私が世界で一番なのは揺るぎない事実だけど、多分彼女は世界で二番目に可愛い子だって思う。

 そういえば私、宇都木と話したことってほとんどないな。


「宇都木」


 私が教室に入ると、彼女はびくりと体を跳ねさせた。

 ……あれ?

 外から覗いていた時は光の加減で気づかなかったけれど——。


「泣いてるの?」


 宇都木は、泣いていた。

 いつもにこにこしていて、真面目の国のお姫様と誰かに揶揄されているのも聞いたことがある、優等生の宇都木初華が。


 ちなみに私は可愛いの国の王女様だから、と張り合って、宇都木を揶揄していた子をビビらせておいたけれど。あれ以来あの子に避けられてるんだよね、私。可愛すぎて直視できないのかな?

 ってのは、どうでもいいんだけど。


清瀬きよせさん。まだ帰ってなかったんだ」


 いつも通りを装おうとしているみたいだけど、声が震えている。

 無理しなくてもいいのに。

 私は彼女の顔を覗き込んだ。


「うん、まーね。ちょっと自分の可愛さを再確認してたっていうか。宇都木も窓ガラスに映る自分に見惚れてたの?」

「そんな変なことしないよ」

「え……私いつも授業中ずっと自分の顔に見惚れてるんだけど……」


 ちなみに私の席は窓際の一番後ろ。ちらちらと窓ガラスに目を向ければ、自分と目が合う最高の席である。


 ちょうど、今宇都木が座っているのも私の席だ。

 ……うん?

 宇都木の席って、廊下側の一番前だったよね。


 え、なんで知ってるのかって? いやいやキミ、私の可愛いものセンサーを甘く見ちゃいけないよ。可愛い子の席はぜーんぶ把握してますとも!


「何それ。清瀬さんって、ちょっと変わってるよね」


 彼女は笑みの形に表情を変えようとしているけれど、うまくいっていない。

 私はそれを見て、くすりと笑った。


「宇都木ってさぁ。可愛いよね」

「かわっ……!?」

「いつもの作り笑顔も可愛いけど、作れてない笑顔も可愛い。……泣いてる顔もね」

「……清瀬さん」


 私はそっと、彼女の涙を指で拭った。

 あの宇都木がどうして泣いているのかはわかんないけど、涙は夕日を反射させて彼女の顔を彩っていた。何もかもが絵になるからすごいよなぁ、と思う。さすが私の認めた世界二位。


「それ、慰めてる?」

「うん? 慰め……てはいないかな? だって、泣きたい理由がなんかあるんだよね? そんな時に無理に慰めても、涙は止まんないでしょ。気が済むまで存分に泣いちゃいなよ」

「やっぱり清瀬さんって、変わってる」

「よく言われる。私って普通じゃないって思われがちなんだよねー。世界で一番可愛いんだし、普通じゃないに決まってるんだけど」


 けらけら笑っていると、宇都木は立ち上がった。

 その瞳にはまだ涙が残っているけれど、どこか決意の色が満ちている気がする。


 どうしたんだろう、と思っていると、彼女は私にゆっくりと近づいてきた。


 放課後の空気が、遠く感じられる。うっすらと聞こえる声は、どこの部活のものだろう。一瞬疑問に思ったけれど、その声はすぐに聞こえなくなってしまった。粘着質な水音にかき消されて。


「……ふ、ぅ」


 吐息が聞こえる。

 ……今、私、どうなっているんだ?


 目を見開くと、宇都木の髪が見える。黒くて綺麗で、私とは違うなぁって感じる髪の色。


 ああ、そっか。

 宇都木にキスされてるんだ、私。

 うんうん、なるほどなるほど。


 ……。

 えっ!?


「ちょっ……なっ、へ!? う、つぎ! 何してんの!?」


 私はしゅばばと宇都木から離れた。唇に……というか舌にまで宇都木の感触が!


 宇都木って色々柔らかいんだなぁ……。

 じゃ、ないですが!?


「キス」

「それはわかってるけどね!? いきなりキスするのはおかしいっていうかそんな流れだったっけ? っていうか! てか私初めてだったんだけど!」

「そうなんだ」

「そうなんだじゃないけど!?」

「清瀬さん」


 宇都木は、可愛い。

 可愛いからこそ、こうしてまっすぐ見つめられて名前を呼ばれると、ちょっとどきっとしてしまう。うぅ、私が可愛いもの好きじゃなければもっと毅然とした態度でいられたかもしれないのに……!


 何これ。

 ほんと何これ!?


 え、夢? 夢なの? キキインドリームランドなの?

 いやいや何考えてんの私!


「もっと怒ってもいいよ。……許さないでも、いい」


 彼女は私の方に一歩近づいてくる。私も一歩後ずさるけれど、宇都木は止まらない。結局私は廊下の壁まで追い詰められて、いよいよ逃げ場がなくなった。宇都木はそのまま、私の顎に手を当ててくる。


 さっきまで泣いていた子のすることじゃなくない!?

 いや、泣いていようといまいとって話だけど!


 宇都木の顔が徐々に近づいてくる。長い睫毛。薄い唇。あっと思った時には、私はまたキスをされていた。……しかも深い方。


 現実に、感覚が追いついていなかった。

 いつも笑顔の宇都木が教室で泣いているところを目撃して、ちょっと話して、いきなりキスされて。一つ一つのエピソードが繋がらなすぎて、混乱している。だけど宇都木の方は全く迷いなく、私の舌を貪るようにキスをしていた。


 めちゃくちゃだ。

 ほんとに、ほんっとーに!


 私の知る宇都木初華はどこにいってしまったんだろう。

 ていうかキス、長いな。そろそろ酸欠で死ぬんですが??


「……ぷはっ。清瀬さん、すごい顔してる」


 彼女はそう言って、くすくす笑う。

 その顔はいつもの作り笑顔と違って、心の底から楽しそうな感じだったけれど。その笑顔を可愛いと思う余裕は、なかった。

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