第13話 裏切り者




 お嬢様の通夜が始まる。


 吸血鬼の葬儀は、どちらかと言うと日本よりも西洋に近い。

 つまり宗教的儀式の側面が強い。


 聖堂の方にお嬢様の眠る棺が運ばれ、貴族の方々はそちらに移動し長椅子に並んで座る。


 街から牧師が呼ばれ、彼の音頭で月の女神に祈りを捧げる。

 ヨーロッパならここで聖書を朗読するところだが、吸血鬼にはそんなものは無い。


 なので、牧師様は月の女神の神話を語る。


「まだ生命が神々の世界に芽吹き始めた黎明の時代。

 神々の世界には、多くの概念を司る神々が現れました」


 俺は初めてちゃんと聞くので、興味深く話を聞いていた。


「人間だけでなく獣の姿をした神々が現れ、世界を形作る。

 されど同時に災厄の神々も現れました。

 嵐、津波、噴火に地震。強大な自然の神に、生命は脅かされることになったのです」


 まさに荒れ狂う神話の時代の話だった。


「しかし、同時に自然神にして唯一生命側に味方した神がおられました。

 それこそ、最古の人間出身の女神、我らのルナティア様なのです」


 人間出身の神、か。

 そんな彼女を吸血鬼は崇めているのか。


「月とは尊き不可侵の象徴。その威光により、災厄の神々からルナティア様は全ての生命を守護したと伝わっています」


 視界の端に映る、リェーサセッタ様が懐かしそうにその話を聞いていた。


「生命の神々は、厄災に対抗すべく話し合い、そして人間や獣、魔族の中から英雄を選び、死後に武神として召し上げることで災厄の神々に対抗することにしました。

 そして、ルナティア様が選んだ英雄こそ、我らの始祖たるかの御方でした」


 なるほど、そりゃあその二人の子供なら、六公爵はアホみたいに強くて当然か。


「災厄の神々と生命の神々の戦いの時代が終わると、神々の世界は今の生き物たちの時代が訪れたのです。

 ルナティア様に見初められた始祖様は、延々と転生を繰り返し、永劫の時を生きながら、ある時ヴァンパイアとして産まれました。

 そして、六人の真祖をルナティア様と儲け、氏族を作り、数多の眷属を率い、人間の神メアリースに挑んだのです」


 ……興味深い話だった。

 お嬢様たち吸血鬼の始祖は、どちらも元々は人間だった。

 まあ吸血鬼は人間がなるみたいな伝承があるから、違和感はなかった。


「あとは我々も知る通り。

 戦いの最中、始祖様は去り、人間に敗北した我々の祖先はこの世界に追いやられました」


 ん? 始祖が去った? 死んだとかではなく?

 さっき永劫に転生をしながら生きているとか言ってなかったか?

 なんで、戦いにまた戻ってこなかったんだ?


「リーリス様もまた始祖に近しい血筋の御方。

 きっとルナティア様の御許で、新しい生命としてまた生まれ変わることでしょう」


 牧師様はそのように締めくくった。

 次に妹様が弔辞の言葉を述べて、出棺が始まる。

 そのまま棺桶は、月の氏族の祖先が眠る霊廟に運ばれるのだ。


 俺は疑問を隅に追いやり、自分の役割を果たすことにした。


「では、お別れの前に手向けの花をお願いします」


 俺はお嬢様の棺の横に立ち、貴族の方々にそう言った。


「こちらの方々から順番にお願いします」


 俺は誘導を開始した。

 俺は、いや俺達は意図的に、あの三人の貴族を三列に一人ずつ座って貰うように配置した。


 最初はニーヴァ伯爵のいる列が、順番に夜バラと言う品種の黒いバラを受け取り、お嬢様の眠る棺桶に沿えていく。


 次第に美しく彩られる、棺桶。

 まるでお嬢様は花畑に眠っているかのようだった。


「……」


 ニーヴァ伯爵が花を手向ける。

 そして、次の貴族へと場所を譲るように棺桶の前から退く。


 俺はホッとした。

 ニーヴァ伯爵は犯人ではなかった。


 次の列が、花を手向け始めた。

 クリル侯爵のいる列だ。


「……リーリス」


 花を手向けたクリル侯爵は、沈痛な表情でお嬢様の顔を見てから、名残惜しそうに棺桶の前を去った。


 俺は顔を上げ、隣にいる妹様、花を手向ける為に並んでいるキュリアさん、壁際に控えているメイド長に目配せをした。

 彼女らは、無言で頷き返した。


「……まさか、このような形で再会することになるとは」


 最後の列が、花を手向け始めた。

 ツェーラー侯爵が花を手向ける。


 彼はお嬢様との別れを惜しむように、膝を突いて花を手向け、人形のように眠るお嬢様の御顔に手を伸ばし──。


 俺は彼の手に、────黒塗りの短剣を振り下ろした。


「ぐ!? なにを!!」


 彼の手の平を、復讐の神の神器が貫いた。


「お前か」


 俺は神器を引き抜き、ツェーラー侯爵を見据えた。


「お前が、お嬢様を殺したのか!!」


 俺が復讐神の神器を振り上げた。

 神器には、尾を噛む蛇を貫く短剣のレリーフが刻まれている。

 貴族たちはそれを目撃した。


「リェーサセッタ様!! 俺に正当な復讐の権利を!!」

「よかろう」


 神は、俺の復讐心を肯定した。

 妹様から、神器の使用権が俺に移った!!


 妹様が、目を見開く。

 ……そうだ。俺は初めから、そのつもりだった。彼女からこの神器を奪った、あの時から。


 ツェーラー侯爵が金縛りにあったように硬直する。

 強大な吸血鬼である彼が、欠伸が出るような俺の攻撃の前に何もできない筈は無い。


 確実な復讐の成就。

 俺みたいな人間が、彼のような吸血鬼を討ち取る。大金星だろう。


「お嬢様の仇!!」


 世界がゆっくりと、まるで時間が引き延ばされるかのようだった。

 俺は全身全霊で、彼の胸に神器の短剣を振り下ろした。



 だから俺が失敗したのは、に問題があったからだ。


 ──全身に、痛みが走る。

 短剣を取り落とす。


 からん、と神器が地面に転がった。



「……まったく、驚かせてくれる」


 ツェーラー侯爵がイヤミったらしく己の血の付いた手袋を取った。

 そして、ハンカチを取り出し、血を拭う。

 もう、傷口は塞がっていた。


「やはり人間は予想がつかない。今のは本当に冷や汗が出たよ」

「なぜですか、叔父上!! なぜお姉様を!!」


 妹様が、悲痛な声で彼に問うた。

 俺達の復讐劇を目の当たりにした貴族たちは、後退って距離を取っている。


 教養のある彼らは知っているのだ。復讐神のレリーフの短剣、それがここにある意味を。

 女神リェーサセッタが自分を騙るモノを決して赦さないことも。

 これが──本物の神器で、正当な復讐であるとも。


「妹君よ。君の姉が亡くなったのは私の意図したことではないよ。

 君の姉が、いや我々吸血鬼が、想像以上に衰弱していた。ただそれだけのことだ」


 その語り口からツェーラー侯爵に、公爵家への悪意は無かった。


 俺は足元の神器を手に取ろうとするが、妹様がそれを踏んで阻止した。おい、自分の神の神器だろ!!


「では、教えてください。ツェーラー侯爵」


 貴族の中から、芝居がかった口調でキュリアさんが出てきた。


「なぜ各領内の領民を、リーチにするような真似をしたのですか?」


 彼女の言葉に、貴族達のざわめきが大きくなる。


「そうです、なぜ領民を苦しめるような真似を!!」


 妹様も、彼を糾弾する。


「なぜ、なぜ、か。それは言語化が難しいな……」


 老吸血鬼は、特に感慨を見せずにこう言った。


「だが敢えて言うのならば、────他にすることが無かったから、だろうな」


 俺達は絶句した。

 そんな、そんな理由で、お嬢様は!!


「さて、労せずして上位貴族の遺骸が手に入ると思ったが、そう上手くは行かぬか」


 やはり、この男はお嬢様の遺体をリーチにしようとしたのだ!!

 妹様が実の姉を囮にしようと言った時、俺達は正気を疑った物だった。

 キュリアさんはこれまでのリーチの遺骸から、魔法的処置の痕跡を見つけていた。

 それは、相手に直接触れなければできないことだと。


 そして、お嬢様の遺体に触れようとしたのは彼だけだった。

 犯人の目的、動機、犯行手段は分からないが、結果だけは分かっていた。


「では、代わりにこいつらを使うか」


 ツェーラー侯爵は、周りの貴族を見やる。

 彼の影が、周囲に伸びる。


「マズい、カーテンを閉めろ!!」


 俺は使用人たちに咄嗟に指示した。

 メイド長が咄嗟に動いて、偶然すぐそこに在った窓のカーテンを閉めた。

 しかし、聖堂は広い。まだ窓は二つある。


 “血統能力ブラッドレコード”──『影踏みの覇道デイウォーカー』。


 その異能を一言で説明するのは難しい。

 影を操る能力であり、その影を実体化させたり、逆に潜航できるように入り込むことが出来る。

 とにかく出来ることが多く、弱点らしい弱点が無い。


 しかし、影が出来る環境でなければ能力が使えない。

 だから窓を閉めるように指示した。

 だがこれでは、間に合わない!!!


 その時、妹様の影が、ツェーラー侯爵の影を遮った。


「皆さん、逃げてください!!」


 彼女が叫んだ。

 貴族達が我先へと聖堂の入口へと殺到する。


 その隙に、メイド長が全ての窓のカーテンを閉め切った。

 完全な暗闇が、聖堂を覆う。


「ほう、流石は公爵家。まだ異能を維持していたか」

「叔父上、あなたの地位と権限を剥奪します!!」

「好きにしたまえ、私にはもう関係のないことだ」


 彼が手を突き出す、魔法の兆候だ。

 その狙いは、俺だ!!


「ヨコタ様!!」


 妹様が俺を庇う。

 空気の塊に、俺達二人は押し出された。


「二十年ほど前だったかな。我が領内で未知の魔物が発見された」


 ツェーラー侯爵は懐からマッチを取り出した。

 シュッと火が灯り、それで生じた影から、それは現れた。


 血の塊が、スライムのようになった、生物……なのか?


「これに私は“ウーズ”と名付けた。

 これは人体に寄生し、血液に擬態して宿主から生命力を奪い、成長する。その結果として、宿主はリーチと化す」

「なるほど、最近のリーチの多発は、そいつの餌やりってわけか」


 逃げずに侯爵を睨んでいたキュリアさんがそう言った。


「ああ、お陰で大分数が増えた。そしてこいつの面白い性質に、死体に寄生すると生前の擬態を始めることにある。

 さあ、ご当主の遺骸を喰らえ、ウーズ!!」


 血の怪物が、まるで捕食するかのように広がり、お嬢様を覆う。


「僕の婚約者に触れるな、下等生物が」


 しかし、その寸前でクリル侯爵が割って入った。


「クリル様!!」


 俺と妹様が態勢を立て直した時、それが目に入ってしまった。


「愚かな、まあ遅いか早いかの──」


 ウーズに覆われるクリル侯爵を見やり、ツェーラー侯爵がせせら笑う、が。


 血の化け物はまるで沸騰したかのように泡立ち、どす黒く変色してただの液体へと成り果てた。


「クリルッ、貴様、その異能は!!」

「僕も気づいたら使えるようになっていたんだ。

 まさか、よりによってその僕に寄生しようとするなんて、憐れな生き物だね」


 クリル侯爵はお嬢様の遺骸を抱え、その場から飛び退いた。

 やっぱりあの異能はヤバいと証明されてしまった……。


「まったく、ままならないものだ」


 火の点いたマッチが落ちる。

 その影から、数体のリーチが這い出てきた。


「好きなだけ喰らい、力を増せ」

「こんなことをして何を企んでいるんですか、叔父上!!」

「お前達は疑問に思わないのかね?」


 ツェーラー侯爵が頭上に魔法の照明弾を打ち上げる。

 影が、周囲に広がる。


「メイド長、何事ですか!!」

「一体なにが起こっているのです!?」


 聖堂の入り口から、スーロとサキュート卿が突入してきた。


「二人共ッ、あいつが、リーリスの仇だ!!」


 キュリアさんがそう叫んだ。

 二人は、リーチに守られているツェーラー侯爵を見て、驚愕し、同時に確信を得た。


「お、お嬢様の、仇!!」


 スーロの全身が、獣の毛皮で覆われ始める。


「止めろ、スーロ!! お前の敵う相手じゃない!!」


 だが、俺は大声でそれを止めた。

 俺の言葉は、スーロ自身がそれを証明した。


 理性を失い、狂暴化したスーロに俺の言葉は届かず、本能のままに飛び掛かる。

 が、無数の影が槍となり、彼女の全身が串刺しになった。


 そして、ボロ雑巾のように聖堂の入口へと叩き返された。

 即ち、サキュート卿の目の前に。


「す、スーロッ、いやぁぁぁああ!!」


 彼女は悲鳴をあげながら、血まみれのスーロを搔き抱いた。

 スーロは動かない。人間なら致命傷だが、吸血鬼はそう簡単に死なない。

 だが、友人を無残な姿にされたサキュート卿は、そうは思わなかった。


「 ── コ ロ ス !!── 」


 サキュート卿の両眼が淡く光る。


「魔眼かッ」


 ツェーラー侯爵の対処は完璧だった。

 自らを影で覆い、視線を遮った。


「ウォーターウィップ!!」


 キュリアさんの詠唱が完了する。

 水で出来た魔法の鞭が、彼の頭上の照明弾を撃ち落とした。


「ちッ」


 彼を覆っていた影が消える。

 しかし、必殺の魔眼は壁となったリーチたちの知性を焼くに留まった。


「召喚、ヘルズチェーン!!」


 妹様の召喚魔法が完成した。

 地面から無数の鎖が現れ、意志を持ったかのように襲い掛かる。


「まったく、私は紳士として、女性に手を挙げるのは控えたかったが……」


 が、腕の一閃だけで彼は魔法の鎖を振り払った。

 これが、吸血鬼。俺が創作の中でしか見なかった、本物の怪物。


「スーロは女性じゃないって言いたいのか!!」

「人間よ、下僕とはそう言うものだ」


 俺は激高したが、彼はどうでも良さそうに答えた。

 俺の頭は沸騰していたが、冷静に状況を見ていた。


 そこで、俺は気づいた。


「魔法の使い方を教授しよう。

 ──ブレイズフレア」


 無詠唱、炎の竜巻!!

 何の詠唱も無く、こんな規模の魔法を!!


 俺はそれに焼かれる寸前で、妹様が咄嗟に俺を庇い、一緒に影の中へと沈んだ。

 ……危なかった。今のが火炎魔法で、影が出来なければ妹様と一緒に焼かれていた。


「妹様、聞いてください」

「ヨコタ様?」


 影の領域、現実感のないその場所で、俺は妹様に耳打ちをした。

 彼女は、それに頷いて見せた。


 俺達が影から浮上する。

 聖堂は鉄火場だった。


「どうした、キュリア子爵。その程度の腕前では祖先が泣くぞ」

「くうッ」


 ツェーラー侯爵の魔法の腕前は、キュリアさんより二枚は上手だ。

 彼女は被害を逸らすだけで精いっぱいだった。


「二人共、奴を殺すのに、禁術を詠唱する!!」


 キュリアさんのすぐ傍に転移していた俺達は、その言葉を聞いた。


「トゥーリ、時間稼ぎを頼む」

「……承りました」


 妹様は神妙に頷いた。


「禁術だと? 愚かな、なぜ禁術と呼ばれるのか分からないのかね?」


 ツェーラー侯爵の嘲笑は、すぐに焦りに代わる。

 キュリアさんは本気だったからだ。


 キュリアさんは両手に前を突き出し、全ての魔力を集中させ始めた。

 その先に、温かい炎が灯る。


「止めろ!!」


 それを背にしている妹様が影を操り、ツェーラー侯爵の魔法から身を守る防壁とした。


「その輝きは、──太陽の光か!!」


 吸血鬼にとっての禁術。

 その意味を俺は理解した。


 超極小の太陽が、彼女の目の前に生成され始める。


「あああああああああぁぁぁぁ!!」


 そして何より、その光はキュリアさんの肌を焼き始める。

 その激痛で、キュリアさんは絶叫を挙げる。


 奇しくも、太陽の輝きは、本物の影を作り出した。

 魔法の灯りや月明りの影とは比べ物にならないほど強力になった妹様の影の異能が、ツェーラー侯爵の魔法を防ぐ。

 その光は妹様の背を焼いているが、キュリアさんと違って目の前にあるわけではない。痛みに耐えている。


「キュリアさん!!」


 俺は危険と分かりつつも、キュリアさんと彼女の生成している太陽光の間に入った。

 人間である俺には、太陽光なんてただの灯りにすぎない。


「はあ、はあ、人間君……ッ」

「これで多少マシにはなるでしょう?」

「ああ……おかげで確信したよ。この胸の高鳴りの正体を、ね」

「今はそんなこと言っている場合じゃないでしょう!!」


 俺の背中もジュウジュウ言ってるんだぞ!! やっぱりキュリアさんはキュリアさんだった。


「くたばれ、外道!! ──禁術・コロナクリエイト!!」


 超極小の太陽が打ち出される。

 一瞬で寿命を終えるそれは、聖堂を照らし尽くす!!


「召喚、デーモンウォール!!」


 当然、それは味方も焼く光だ。

 妹様が寸前で、不気味な壁を召喚した。


「ぐわあああああああぁぁぁぁぁ!!!!」


 ツェーラー侯爵の絶叫が、聖堂に響き渡る。


「……倒したのか?」


 沈黙を破るように、聖堂の外に退避していたクリル侯爵がそう言った。

 おい、それは禁句だぞ!!


 召喚魔法の壁が、沈むように消える。

 ツェーラー侯爵の居た所には、小さな土壁が生成されていた。

 どうやらそれで最低限、身を守ったらしい。


「お、おのれ、小娘の分際でしてくれよるわ……」


 それでも、ツェーラー侯爵の顔は焼け爛れていた。

 あれを無傷でやり過ごすのは不可能だったのだろう。


「だが、これで手札も尽きたようだな」


 奴の言う通り、妹様も異能に目覚めて日が浅い。もう疲弊している。

 キュリアさんも全ての魔力を使い果たし、スーロは負傷、サキュート卿は一時的に視力を喪失している。

 その上俺は役立たずと来た。


 そして禁術をやり過ごしてなお、奴には余力がまだあった。

 でも俺は、勝利を確信していた。


「いいえ、違いますよ。ツェーラー侯爵」

「なに?」

「これが俺の、ロイヤルストレートフラッシュです」


 俺は、信じていた。


「ツェーラー侯」


 聖堂の窓が開き、カーテンが開く。


「──我が家名ひめいを、聞かせてもらおうか」


 外から、ニーヴァ伯爵が弾丸のように、外道に強襲を仕掛けた。


 彼の異能は、元々名前が無かったとされる。

 初代ニーヴァは家名を受け取らなかったが、その異能の名は初代リーリスが名付けたとされる。


 “血統能力ブラッドレコード”──『万役の鬼札クリティカル・ジョーカー』。


 初代リーリスが必要とした時に、必ず来てくれる最強の手札。

 彼女がいったいどれだけの信頼を、彼に預けていたか、それだけで理解できる名前だった。


 ニーヴァ伯爵の指先の一閃が、ツェーラー侯爵の心臓がある位置を薙いだ。

 その指先に集約されていた、あらゆる防御を無視する虚構の力が、彼の胸部を根こそぎ抉り取った。


 まさに、格上殺しジャイアントキリング


 ツェーラー侯爵の、絶望に満ちた断末魔の声が響いた。


 やはり、と俺は思った。

 初代ニーヴァ伯爵の忠誠は、現代のリーリスにも引き継がれていたことに。

 公爵家の危機に、最高のタイミングで最高の仕事をしてくれる、と。



 心臓を失った吸血鬼は、極端に異能の性能が落ちる。

 魔法を使う能力も同様だ。


「遅れて申し訳ありません、妹様。これを使うのに、数分の集中が必要でしてな」


 もはや伯爵は、討ち取った相手を見てすらいない。

 振り返って、妹様に優雅に一礼をする余裕すら見せる。かっこいい!!


 元々彼の異能は、初代の時点で使い勝手が良いとは言えなかった。

 数秒の溜めが必要、効果範囲は腕の可動域内、破壊力こそ絶大だが汎用性は皆無のロマン特化の性能。


 異能が強いと言うより、使う本人が強くなければ活躍できないタイプなのだ。そこが渋くて良いのだ!!


 初代リーリスが戦っても、あーはいはい今回はこんなパターンで勝つのね、と安心して見ていられるが、初代ニーヴァは違う。

 常に失敗と隣り合わせの綱渡りでの、作戦遂行。それを彼は全て成功させてきたんだ!!


「いいえ、彼は貴方を信じていました。必ず最高のタイミングで来てくれる、と」


 妹様のその言葉に、ニーヴァ伯爵はハッとなって俺を見た。


「公爵家は、貴方の忠誠を永遠に覚えているでしょう」

「もったいなきお言葉です」


 伯爵は妹様の前に跪いて、頭を下げた。


「お、おの、れ……」


 そんなメッチャいい光景なんだから、潔く死んでおけよ、と俺は思った。

 ツェーラー侯爵がうめき声をあげたのである。


「ウーズ!! 全て、全てを破壊しろ!!」


 彼は最後の力を振り絞り、窓から差し込む月明りの影からウーズを呼び出した。

 血の塊の化け物は、キュリアさんの魔法で焼かれたリーチの残骸に寄生する。


 数体のリーチが溶ける。

 怪物たちが、血のゼラチンとしか言えない巨大な塊となって合体したのだ。


 マズい、もうあれとまともに戦えるものは居ないぞ!!


「参りましたな、我が異能はあれで打ち止めです」


 だが、ニーヴァ伯爵はそれでも戦意は失わなかった。

 妹様は俺を庇うように、抱き着いてきた。


 万事休すとはこの事だった。




『よくやったわ、ヨコタ』


 その声が、俺に聞こえるまでは。



 俺の背中、キュリアさんの魔法で焼けた火傷跡から、血が流れ落ちる。


 それはぶくぶくと泡立ち、質量を増していく。


「あッ」


 すると、クリル侯爵が抱えていたお嬢様の遺骸が、一瞬で溶解し、大量の血となった。


 それらは床を蠢き合流し、最終的に人型を形成した。


 その姿は、────全裸のリーリスお嬢様だった。


 それは、お嬢様の完全復活だった。


 俺は思った。やっぱり死ぬ死ぬ詐欺じゃねえかよ!! と。





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