第12話 ツェーラー侯爵




 さて、翌日。


 俺は早速貴族たちが起きてくる前に、使用人たちの仕事を差配していた。


 もうこの時点で200人くらい貴族とそのご家族が来ているが、うちと臨時雇いのメイドだけで大丈夫なのか、と言われると、大丈夫なのだ。

 その貴族たちが連れてきた使用人たちも、俺達の頭数に入るからである。貴族たちのご厚意で、彼らの指揮も俺が執って良いことになっている。


 さて、指示もそこそこ、俺と妹様、そしてメイド長は図書館に集結した。

 ここで寝泊まりしているキュリアさんも起こされ、情報交換が始まった。


「ニーヴァ伯爵とクリル侯爵はシロだと思います」


 俺は三人にそう告げた。


「私も同感です。私の影をヨコタ様に潜ませ、共に子細を聞いていましたわ」


 妹様が何でもないようにそう言った。

 え、なにそれ、聞いていないんだけど。


「妹様、初耳なのですが……」

「ふふふ、護衛も兼ねたちょっとしたイタズラ心ですわ♪」


 貴族の相手をしながら俺の護衛とか、妹様のポテンシャルは天井知らずである。

 何だかお嬢様が亡くなるより前より、明るくなった気さえする。

 吸血鬼の本能、その恐ろしさの一部を垣間見るような気分だ。


「……今更指摘するのもあれだが、犯人が決して公爵家に悪意を持っているとは限らないのでは?」


 眠たげな顔を濡れタオルで拭いたキュリアさんが言った。

 ことごとくハズレを引いた後にこれを言うのはズルいだろう。


「ですが、他に候補に心当たりはありません」


 少しだけ食い下がるように、メイド長が言った。


「だが、残りはツェーラー侯爵だろう?」


 キュリアさんが、最後の候補者の名前が挙げる。

 ツェーラー侯爵。月の氏族のご意見番にして、長老のような立ち位置。

 その影響力は、ニーヴァ伯爵やクリル侯爵を上回る。


「……私は、叔父上が犯人だとは思いたくはありません」


 妹様は視線を逸らし、気まずげにそう言った。


「こうして神職に身を置きましたが、私は別段叔父上との婚約に不満はありませんでした。

 かの御方の穏やかな性格は知れ渡っていましたし、彼に神官の道を反対されれば、恐らく今頃結婚していたでしょう」


 なるほど、その上で人格者、と。

 俺もこうしてメインホールで仕事していて、貴族の方々からは悪い評判は聞かない。


 偉いからと言って偉ぶったり、横柄な態度を示さない老紳士。俺は度々目に映る彼から、そんな印象を受けた。


「では、もう一度前提条件を見直そう。偏見で己の眼を曇らせてはいけない」


 キュリアさんが論議を仕切り直す。


「我々の氏族の中に、リーリスを死に追いやった犯人は居るのか?」


 彼女が、自らを含めた四人に問いかける。


「俺は、居ると思います」


 俺は懐から、お守りのように持っている復讐神の神器を取り出した。


「触れてみてください、神器の短剣が熱を持っている」


 ずっと懐に入れていた俺の体温では、こんなに熱くはならない。


「確かに、これは顕著な兆候だ。

 復讐の女神が、この近くに復讐対象が居ると告げているかのようだ」

「ええ、その認識は正しいでしょう」


 キュリアさんも、妹様も、黒塗りの神器の短剣に触れて確信を持ったように頷いた。

 日本人が見れば、こんなスピリチュアルな理由で決めつけるのは滑稽見えるだろうが、そんな俺でさえこれに触れれば戦慄を隠せない。

 預言者が神託を受けるような、奇跡じみた神秘を目の当たりにしているからだ。


「では、いったい誰が……」


 俺達と共に短剣に触れたメイド長が、悩みながらそう言った。


「機を見て、俺がツェーラー侯爵と話してみます」

「……分かりました。これ以上現場を空けられません、そちらはお願いします」


 こうして、早朝の俺らの会議は終了した。




 §§§



 ツェーラー侯爵との接触の機会は、意外なほど早く訪れた。


「そこの君、少し良いかね」


 カイゼル髭の老紳士。御年800歳以上の老吸血鬼。

 不老不死と謳われる吸血鬼も、この年齢くらいからガタが来るらしいが彼の立ち姿はとてもそうは見えない。


「は、ツェーラー侯爵様。何なりと」


 俺は腰を折って、要望を聞く構えに移行する。


「君が新しい公爵家の家令だね? 噂になっているよ、少し付き合ってくれたまえ」

「かしこまりました」


 俺はツェーラー侯爵に促され、テーブル席に着いた。

 彼はテーブルに、トランプを置く。


「さあ好きなゲームをいいなさい。もう誰も付き合ってくれなくてね」

「では僭越ながら、お相手を務めさせて頂きます」


 どうやらカードゲームの相手をしてほしいらしい。

 俺はポーカーを選んだ。


 トランプをシャッフルし、俺が親となってカードを配る。


 俺の手札は、♠7 ♦Q ♥3 ♣ 10 ♦5。

 7,3,5のカードを捨て、三枚引く。


 ♠K ♥8 ♣2のカードを引いた。うーん、ノンペアだ。


「ノンペアです」

「ふふふ、スリーカード」


 ツェーラー侯爵はエースのスリーカードを示した。

 俺の負けである。


「いやはや、お強いですね。参りました」


 その後も、何度か勝負をするが、まあ全敗だった。

 俺の運が悪いのあるが……この人、強運系の異能の持ち主じゃないよな?


「なぜ相手が居ないか、分かるだろう?」

「御見それしました」


 俺は観念したように頭を下げる。


「君は、──人間だね?」


 俺の頭上に、そんな言葉が投げかけられる。


「人間? 何のことでしょうか」

「惚けなくても構わないよ。言いふらすつもりも無い。

 私は以前、本物の人間を見たことが有ると言うだけの話だよ」

「なるほど」


 ハッキリ言って、これだけの貴族と接して、誰も俺を人間とは気づかれなかった。

 俺が人間だと気づいたのは、お嬢様と、ツェーラー侯爵だけだった。


「老人の昔話に、付き合ってくれるかね」

「この私で良ければ」

「君に話したいのだよ」


 彼は俺を通して、どこか遠くを見ていた。


「私が産まれた頃は、この世界は暗黒期を抜け出してすぐだった。

 知っているかね? 多くの貴族が若くして、人間のように早死にしていた時代だ」

「少しだけ、耳に挟むことがある程度には」

「我が氏族だけではない、他の五氏族も、示し合わせたように命を投げ出していた。

 そんな時代を生きた両親を持った私だったが、今もその名残は残っている」

「……」


 キュリアさんの両親、お嬢様の両親、クリル侯爵の両親。

 俺は彼女らの生みの親の末路を、聞かされていた。


「私の息子も、孫の顔を見てすぐに霊廟に入った。

 とんだ親不孝者だったよ。そうは思わないかね?」

「いやはや、私も人のことは言えないものでして」

「そうか。まあこんな世界に居るようなものだから、そうなのだろうな」


 彼は俺の事情を詮索するつもりは無いようだった。


「実のところ、私も孫の結婚相手が見つかったらそうしようかと思っていた」

「えッ」

「だがそうはならなかったよ。

 およそ二百年前だったか、一人の人間の女性が、スカーレットガーデンを訪れた」


 俺は、どくんと心臓が脈打ったような気がした。

 かつてこの世界に、人間が訪れていただって?


「彼女は学院で、異種族の文化を研究していた。

 論文を書くためと言って、非常に面倒らしい手続きと審査を経て、この世界に取材に来たのだ。

 彼女の滞在の世話をしたのが、我がヤーシャ家だった」


 俺は思った。とんでもないバイタリティーだと。

 だって、この世界は吸血鬼の巣窟だぞ。俺だったら正気を疑う。


「彼女はとても聡明で、外の世界についてよく話してくれた。

 私も好奇心が疼いてね。瞬くも濃厚な時間を過ごしたよ。

 そしていつしか、年甲斐もなく私は彼女に──恋をしていた」


 俺は何かを言おうとして、やっぱり何も言えなかった。


「妻との仲は悪くはなかったが、政略結婚でね。彼女は別邸で過ごしていた。

 だから気兼ねはしなかったよ」

「……恋をするのに年齢は関係無いと存じます」


 俺はようやく、絞り出すようにそう言った。

 それは本心だったが、正直信じられない話でも合った。


「ああ、そうだね。私も、若返るようだった。初めて、生きる実感を得た気分だった。

 それで思い出した。吸血鬼とは愛に生きる生き物だと。その歴史は、愛憎に彩られている」


 ツェーラー侯爵の言葉は、事実だった。

 あの伝記でも、嫉妬や憎しみの殆どは愛情から来ていた。


「……だから妻が彼女に嫉妬していると知った時は、背筋が凍ったよ」


 俺は目を見開く。


「ふふふ、そんな顔をしないでおくれ。

 私は何とか彼女を、ポータルで送り返すことに成功した。かろうじて、悲劇は起きなかった」


 ツェーラー侯爵は笑い話のように語るが、かろうじて、それが全てを物語っていた。


「その後も文通などで近況を報告し合ったりしていた。

 彼女が結婚する際、彼女の息子が結婚する際、惜しみない祝福と祝いの品を送った。そして彼の息子から彼女の訃報の手紙を貰って一週間後、私の妻は霊廟に入った」


 嫉妬。俺はその恐ろしさを、彼の語り口から垣間見た気がした。


「先代リーリスからご当主の妹君を、と言われた時は正直気が進まなかったが、これも貴族の務めだと一度は婚約を受けたのだ。

 だが、彼女が神官になりたいと聞いて、ホッとしたよ。棺桶に入っても、妻は恐ろしい!!」


 彼は軽妙な語り口でそんなことをいうのだが、俺はつられて苦笑いをするしかなかった。


「だからこそ、ご当主の訃報は予想外だった」

「……ええ、私にとってもそうでした」

「どうか、彼女を家令として支えてあげてくれたまえ。

 当家もなるべく後ろ盾として、次代の当主が擁立するまで周囲の口うるさい連中に睨みを利かせておいてあげよう」

「格別のご配慮、痛み入る思いであります」


 俺は心の底から、彼の配慮に頭を下げた。


「ははは、気にしないでくれたまえ。

 五千年もの間、我が家と公爵家はそうして持ちつ持たれつでやってきたのだ。

 次の五千年も、またそうなるのだろう」


 なんとも、吸血鬼らしい気の長い話だった。


「君に話が出来て、私も胸のつっかえが取れたような気分だよ」

「いえ、貴重なお話を、ありがとうございました」

「妹君の叔父として、君には期待しているからね」


 ぽんぽん、と俺の肩を叩いてから、彼は席を立った。


 ……どうしよう、と俺は思った。


 ニーヴァ伯爵、クリル侯爵、ツェーラー侯爵。

 この中の誰かが犯人だとしても、すごく嫌なんだが……。




 §§§



 また四人で集まったが、結論は出なかった。

 そうしているうちに、明日の通夜の準備が忙しく、有益な論議は出来なかった。


 俺は結局、また月が沈むまで仕事に没頭するしかなかった。


「おい、リーリスの家令!!」

「はッ、お湯は準備しております」


 風呂の時間、俺はクリル侯爵に呼ばれるなりそう答えた。

 うむ、とちっこい侯爵は当然だと言わんばかりに頷いた。


 今日もクリルの湯あみを手伝うことになった。

 こう言った配慮が使用人の務めなのだ。


 昨日と同じように着替えを手伝い、布で身体を洗う。


「……クリル様は、お嬢様のことをどう思っていたのですか?」


 俺は、昼間のツェーラー侯爵の話を思い出して、クリルに問うた。


「どう思うって? そんなの、ただの婚約者ってだけだよ」


 クリルは当たり前のようにそう言った。

 とても自分たちの事実上の王様に婿入りしようとしていたとは思えない態度だった。


「リーリスにとっても同じだよ。家の都合なんだから。

 お前だってそうだ。お前も女に産まれてたらメイドをしていた。それと同じだよ」


 そう、それが貴族、いや吸血鬼たちにとって当たり前。

 庶民だって先代の仕事を脈々と受け継いでいる。自由なんて無い。


「クリル様は昨日、やることが無いと仰っていましたが……せっかくですから旅行など行ってみてはいかがでしょう?」

「旅行って……各地を放浪して旅行記でも書けって?」

「それはそれで素晴らしいことじゃないですか。

 各地の生の光景を記したとして、名前を残せるのですから」

「庶民の考え方だね」


 フッと、クリルは鼻で笑った。


「……自分もラノベ、いえ作家になりたかったのです」

「作家ねぇ。仕事の合間に書くぐらいは出来たんじゃないの?」


 クリルの何気ない言葉は、何よりも俺の本質を穿っていた。


「いいえ、今はならなくて正解だと思っています。

 作家の世界とは、作家同士のなれ合いと出版社の都合で、実力の世界ではないと知ってしまいましたから」

「はは、それって何もしない言い訳じゃないの?」


 そうだ、クリルの言う通りだった。

 本当に愛しているのなら、自分が周囲を変える努力をするべきだった。


 俺は、何もしなかった。

 俺は俺が愛しているものを穢されたと思って、遠ざけていただけだった。


 俺は、愛されたかったのだ。俺が愛したモノを愛し、それが認められ愛されたかった。ただそれだけだった。

 あの女神は本当に俺のことをよくわかっていた。俺の愚かさ、浅ましさ、醜さを。


「でも、それは僕も同じか……」

「クリル様はまだお若いじゃありませんか。

 旅行でも何でもして、他の氏族と関りを持ったりして、自分の世界の見聞を広げる時間は幾らでもあるはずですよ」


 本来なら、それは長すぎる寿命を持つ吸血鬼たちの誰もが持っている筈だった。

 だが、誰もが家に縛られていた。それに疑問を持たなかった。


 本当は絶望しているだけだった。俺と同じように。

 ……ああ、そうか。だからこんなに同情しているのか。俺はこんなにも、彼らを。

 吸血鬼なんて、人類の敵を。


「でもやっぱり、リーリス以外は考えられないよ。

 僕には責任があるんだ。適当に親戚からクリルの名前を押し付けられる相手を探さないと」

「まさか、霊廟に入るつもりですか!?」


 俺は思わず声を荒げてしまった。


「違うよ。僕は貴族の責務を果たせないまま、当主のままにいるなんて無責任ってことだよ」

「クリル様……」

「ああでも、そしたらどうしようかな。隠居なんてガラでもないし。

 そうだ、お前を供回りに雇ってやるよ。お前も新しい当主が決まればお役御免だろ?」

「あははは、それもよろしいかもしれませんね」


 確かに、お嬢様の居ないお城に居ても、意味など無いのかもしれない。

 クリル様に雇われて、スカーレットガーデンを見て回るのも悪くはない。


「その時はよろしくお願いします」

「言ったな? 貴族相手に口約束でしたは通用しないぞ」

「クリル様のお世話が、他のモノに務まるのですか?」


 クリルはどうやら、従者を連れずに来たっぽいのだ。

 恐らく馬車を乗り継いで来たのだろう。とても貴族の行動とは思えない。


「ふん、僕の世話係は沢山いるさ。

 ただ、今回はヴリコラ家の当主としてじゃなくて、個人として参列したかったんだ」

「クリル様……」


 本当に、あの初代の血を受け継いでいるんだろうか、この方は。

 いや、あの初代も嫌な奴な癖に割と本質を突く奴だった。


「おい、湯あみもそろそろ終わりにするよ」

「かしこまりました」


 俺はクリルの身体を拭いて、着替えを手伝った。


「なあ、お前は男と女、どっちがいい?」


 ふと、そんなことをクリルが聞いてきた。


「いやぁ、どちらにでも成れるクリル様が羨ましいですなぁ。

 自分も来世が有るなら女性になりたかったですかな。生まれ変わったら一度は異性になってみたいと思うものでしょう?」


 だと言うのに、あの女神め!!

 アンケートにちゃんと女性って書いたのに!!


「ふーん、参考になったよ」


 クリル侯爵はそう言って、頷いて見せた。




 §§§



 そして、翌日。お嬢様の通夜の日。


 いつもの四人が、図書館へと集合した。

 今日は忙しいので、恐らく最後の会議だろう。


「私は、叔父上を疑いたくはありませんわ」


 妹様がそう言った。

 俺も同じだった。


「困りましたね。今から別の者を洗い直す時間はありません」


 メイド長が眉を顰めてそう言った。


「やはり、今回は見送って、改めて調査をするべきか」

「しかしそれでは、また領民が犠牲になりますわ」


 キュリアさんは現実的な意見を述べたが、妹様は領民を案じていた。

 リーチに殺される者も、リーチにされる者も、両方をだ。


 しかして、議論は煮詰まった。

 昨日のように、答えがでないまま終わろうとしたその時だった。


 図書館の扉が開いた。


 外から、あの時の女性が入ってきた。

 そう、参加予定に無かった、葬儀の参列者だった。


「えーと、リネン様でしたか?

 なにか本でも御所望でしょうか」


 俺はお客様として対応をしようとしたのだが。


「ヨコタ様、この方は」

「よい、自分の名くらい名乗れる」


 妹様の言葉を、彼女は遮った。

 貴族の、特に上位の貴族の言葉を遮るなんてありえない無礼の筈だった。


「私の名は、リネン・サンセット。

 私はいつもこう名乗っているのだが、今ではこちらの名の方が定着してしまった」


 彼女は、改めてこう名乗った。


「────リェーサセッタ、とな」


 それは、非常に鈍った言い方だった。


 俺と、メイド長と、キュリアさんが目を見開く。

 それは表向き妹様が奉じている、邪悪と復讐の女神の名だった。


「か、神様……」

「お前達はそう思っているようだな。生憎、私は自分を神だなどと思ったことなどないが」


 目の前の御方がどう思っていようが、俺達にとって神の如き存在であることには違いなかった。


「お前達の疑った三人の中に、お前たちのお嬢様を死に追いやった者がいるぞ」


 全ての悪を知る者は、俺達にそんな現実を突き付けた。

 そうして困惑する俺達を見て、楽しむように。


「だから私は神器を授けた。使用するのもしないのも、お前たちの自由だ。

 だが、使ったら命を奪う。その代わり確実な復讐の達成を保証しよう」


 彼女は、俺達にそう告げる。

 罪を暴く瞳が、俺達を見据える。


「なぜ、そんな、復讐に手を貸すような、ことを……」

「それはお前たちが望むからだ。

 お前達にとって、私は神なのだろう?」


 彼女は端的にこう答えた。


「ならば私にとって、──―神とは諦めの形だからだ」


 川が氾濫し、村が押し流された。川に住む竜神が暴れたからだ。

 空が曇り雷が降り注ぐ。天井に住まう神々がお怒りだからだ。


 ヒトは、自分達が理解の及ばぬどうしようもないことを、神の所為にして諦めてきた。


 神がその復讐を正しいと言った、なら諦めるしかない。結果的に、復讐の連鎖は止まる。

 彼女は、そう言う神なのだ。


「私はお前たちの選択を見届けよう」

「恐れながら、リェーサセッタ様。なぜこのような場に御出でになられたのですか?」


 神官たる妹様が、己の神に問うた。


「可笑しなことを言う。私は人心の邪悪の概念そのもの、空気になぜここにあるのか、そう問うようなものだ。

 私はお前たちの在るところ、何処にでもいる」


 ある意味で、神様は悪いことをする子を見ている、と言うのは本当らしい。或いは、だからこそそんな言葉が産まれたのか。


「それに最初に言ったはずだ。

 お前達の祖先、ルナティアにはかつて世話になったからな」


 ルナティア。お嬢様の祖先に当たる、月の女神の名前だった。

 かつてって、そこまで遡るのかよ!! 神話の時代じゃないか!!


「そして、お前に会いに来た。ヨコタ」

「……え?」

「そちらの用件は、後にしよう。今は通夜が先だ」


 女神は意味深な微笑みを湛えたまま、踵を返した。別に俺達に協力しに来たと言うわけではないらしい。

 だが、俺は彼女の予想外の言葉に、固まるしかなかった。


「今日が山場であるぞ。お前達の踊るさまを、楽しみにさせて貰おう」


 女神は、そんな預言的な言葉を残した。



「……こうなっては、我々も行動に移すしかありません」


 固まっていた俺達だったが、一足先にメイド長が我に返ってそう言った。


「ニーヴァ伯爵、クリル侯爵、ツェーラー侯爵の中から、犯人を決め打ちするしかありません」


 三択のうち、正解は一人。

 彼らのうち誰かが卑劣な裏切り者なのだ。


「恐らくだが、彼らの動機は我々が推察できるものではないのだろうな」


 キュリアさんがそう言った。

 多分それは正しい。

 犯人は俺たちには理解できない動機で動いている。その上で、リーチ化の犯行手段も判明していない。


「もし、犯人が今日行動を起こすのなら、狙いはアレのはずです」


 妹様の言葉に、俺達はハッとなった。


「あれを囮にしましょう」

「しかし、それは!!」

「良いのです。お姉様も、そう言うはずです」


 メイド長が声を荒げるが、妹様の決意は固い。

 キュリアさんは妹様に賛成のようだった。


 俺は、どちらかと言うとメイド長側の立場だが、これ以上犠牲は増やせない。


「わかりました、妹様に従います。メイド長」

「……ええ、私如きが余計な口出しを。申し訳ございません」


 俺が目配せをすると、メイド長は観念して頭を下げた。


「いいえ、良いのです。それだけお姉様を思ってくださっているのですから」


 妹様はメイド長の忠を労うように、抱きしめた。


「我々で、仇を討ちましょう」


 俺達は、彼女の言葉に頷いた。


 復讐の葬儀が、始まろうとしていた。





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