第14話 罪と罰




 お嬢様が、復活した。

 俺達はそれを唖然と見ていた。


「バーメイ、服を」

「……はッ」


 メイド長はお嬢様の声でハッとなり、遺体が着ていた服をクリル侯爵からぶんどって、彼女に着せ始めた。


「……伝説だと思っていた、真祖の再誕の秘儀リンカーネイション

 月の女神の御業……我らの始祖たる御方の奇跡」


 キュリアさんだって信じられない様子で、お嬢様を自分と同じ生物なのかと言わんばかりの表情で見ていた。


 俺だってそうだ。血の一滴から復活する、そんな初代リーリスのふざけた不死性が証明された瞬間だった。

 垢を集めて人間を作った、みたいな御伽噺が本当だったレベルの所業だ。

 そりゃあ初代リーリスの仲間が、こいつは死なんわ、って態度になるわ!!


「お帰りなさいませ、お姉様」

「あなたも良くやってくれたわ、トゥーリ」

「ええ、お待ちしておりました」


 なんと、妹様は驚いていなかった。

 同じ真祖の吸血鬼だから、知っていたのかもしれない。だってこれ、妹様も同じことできるってことじゃん……。


「知っておられたんですか、妹様」

「ええ、ヨコタ様。貴方の血を飲んだ時に、お姉様の意思が伝わって来たのです」


『わかりました、お姉様』


 あの時か!!

 あの時からずっと、妹様は知っていたのか!!

 道理で、実の姉の死骸を囮に出来ると思ったわけだよ!!

 だって死んでないんだもん!!


「つまり、お、俺の血の中に、潜んでいたってことですか!?」

「ええ。あの時、私の血を貴方に打ち込んだの。

 その時既に私の精神と魂の主体は、そちらに移動していたわ」


 キュリアさんが言っていた。人体は、肉体、精神、魂で構成されると。

 魂と精神、血液と言う肉体だけで、お嬢様は生きていた。化け物やん。


「全ては、此度の騒動の不埒者を炙り出す為」


 着替えを終えたお嬢様は、己の策謀を明かした。

 きっとあのままでは埒が明かないと思ったのだろう。


「人間の聖者は七日で蘇ったそうだけど、私はひと月も掛かってしまった。おかげで、産まれた時よりも調子が良いわ」


 だからだろうか、普段口数の少ないお嬢様が上機嫌だった。


 ……いや、これは、もしかして。


「お嬢様、まさか吸血鬼の力に……」

「そうかもしれないわね。試してみるわ」


 そうしてください、目の前ではゼラチンの化け物が大暴れを始めてるんですから!!


「アーリィヤ公。やはり、御無事でしたか」


 ニーヴァ伯爵は横を通り過ぎるお嬢様を見て、フッと笑った。


 彼は言った、伝記の三巻の四章、と。

 それは、初代リーリスが最初に死ぬ死ぬ詐欺もとい、華麗な復活劇を遂げた場面だ。

 彼は初めから、お嬢様の無事を信じていたのだ。


「後は任せなさい」

「はッ」


 知性の無い化け物を前に、お嬢様が立つ。

 それで相手の感知範囲に入ったのか、血の触手が無数にお嬢様を取り込もうと迫る!!


 お嬢様は、手を伸ばしただけだった。

 赤黒い触手の群れが、お嬢様に殺到した。


 普通なら、ヤバい、みたいなリアクションをすべきなのだろうが……。


 触手の群れが、弾ける。

 再び姿を現したお嬢様は、その汚らわしい血の塊に、指一本だけ触れていた。

 その場所から、徐々に触手を伝って本体へとお嬢様の異能の影響力が及ぶ。


 ウーズがのたうち回るように震える。

 急速に生命力を奪われているのだ。


 ──血統能力ブラッドレコード、“流血公ブラッドルーラー”。


 血を精製し、操る能力。

 それは、自分の血だけを意味しない。


 お嬢様が相手の血に触れた時点で、詰みだ。

 例えそれが飛び散った血飛沫だろうと、触れた時点で相手の血液の主導権を得る。


 あの伝記で吸血鬼を完全に殺しうる数少ない異能。

 応用性が高く、俺ですら全貌を把握できない、チート能力だった。



 血の怪物が、呆気なく爆散する。

 何もできずに、どす黒いタールのような液体に成り果てた。


 ぺち、ぺち、とそんな化け物の残骸を踏み越え、お嬢様は今回の下手人の元へと歩み寄る。


 胸部を抉り取られ、大量の血を流しているツェーラー侯爵。

 その周囲は血だまりであり、お嬢様は素足でその端に触れている。

 もう、彼が助かる術はない。


「叔父上、最期に言い残す言葉は?」


 お嬢様が問う。彼の動機に興味は無いようだった。


「ふ、ふふふッ」

「何が可笑しいのですか?」

「いいや、君はきっと、私と同じことをするよ、リーリス」


 彼は息も絶え絶えなのに、憐れむようにお嬢様を見ていた。


「私はただ、人間の世界を見たかった……憧れてしまったのだ」

「だから、ポータルの検問を突破する戦力を集めていた、と」

「そうだとも。

 ……彼女に会いたかった、死んでいると分かっていた、墓前だけでもよかった……。こんな狭くて、昏い世界に閉じ込められたまま死ぬなんて、耐えられなかった」


 俺は、彼を責める言葉を持たなかった。

 世界一の幸福度を誇った国も、携帯やインターネットの普及でその幸福度が下がったと言う。


 知ることとは、比較すると言うこと。

 情報とは、猛毒と紙一重なのだ。


 彼はきっと、太陽の温かさに焦がれてしまったのだろう。

 決して触れることできない、その輝きに。


「言い訳などしない。我が首級をあげたまえ」

「ええ、さようなら。叔父上」

「……ああそうだ、孫たちは関係ない。全て私の独断だ」

「わかっています」

「精々、スカーレットガーデンに散らばるウーズの対処に苦慮することだ」


 お嬢様が腕を振るう。

 血の刃が生成され、ツェーラー侯爵の首を切り落とした。


 ……彼は最期まで、俺の知る傲慢で残虐な、吸血鬼そのものだった。

 あの伝記に登場する吸血鬼達のように、愛に生きて、無残に死んでいった。


 血塗れの足で、処断を終えたお嬢様が戻って来る。

 そして、聖堂の入り口で様子を見ている貴族達に宣言した。


「見ての通り、裏切り者は処断した!!

 公爵家の力は健在である!! もはや葬儀の必要はない、喪は終わり、祝賀を始めるぞ!!」


 それは、女傑だった初代リーリスを彷彿とさせる言い回しだった。

 貴族達は一斉に歓喜の声を挙げた。


 華麗なる復活を遂げた彼女を、初代リーリスの生まれ変わりと称えた。

 お斎は、盛大なパーティに変わった。


 その際に、お嬢様は此度の戦功に応じて褒賞を授与した。


「まずニーヴァ伯爵」

「はッ」


 跪いた彼に、お嬢様は告げる。


「ヤーシャ侯爵領の三分の一を割譲し、貴公に与える」

「ありがたき幸せ」


 その沙汰を周囲で見ていた貴族たちは、騒めく。

 それはヤーシャ侯爵家への処遇と同じだからだ。ツェーラー侯爵の反逆は、お家のお取り潰しレベルのやらかしである。

 お嬢様はかの家に温情を掛けた形だ。


「しかしそうなると、伯爵階級の持つ規模の領地とは言えなくなるわね。

 ニーヴァ伯爵、これからは侯爵の位階を名乗りなさい」

「ッ、恐れながらお嬢様、それは──」


 ニーヴァ伯爵が慌てて声を挙げる。

 そう簡単に侯爵家を増やしては、その価値が下がるからだ。

 お嬢様は5000年ずっと、変わらないことを変えるつもりだった。


「勿論、地位とはその働きに見合うもの。

 貴方と貴方の騎士団には、あのウーズの対処を命じます」

「……はッ、お任せください」

「そして、これまで不遇を強いた我が先代たちの不義理を詫びましょう。その活動に対し、公爵家は惜しみない支援を行いましょう」

「……もったいなき、お言葉です」


 ニーヴァ伯爵は男泣きをしていた。

 そりゃあ、嬉しくて俺も涙が出てくる。


 そこでふと、お嬢様は今思いついたかのようにこう言った。


「では、新しい侯爵家の誕生に際し、新しい家名を与えましょう」

「恐縮ですが、お嬢様」


 ニーヴァ伯爵、いや侯爵はドヤ顔でこう言った。


「我が家名は、公爵家に仇成す敵が断末魔の悲鳴として存分に叫ぶことでしょう」


 や、やっぱり、かっこいい!! 推しのファンサがヤバい!!



「次にクリル侯爵」

「はッ」

「貴方には申し訳ないことをしたわ。私が間違っていた」

「リーリス、様?」


 跪くクリル侯爵が顔を上げる。


「我々吸血鬼は、もう先が長くないと思っていた。

 だけど、そうではないと、今回のことで思い直したわ。

 貴方が私の身体を守ってくれなければ、復活は更に時間を要したことでしょう」


 そうだったのか……。

 クリル侯爵の勇気は、俺達を救っていたのか。


「私の婚約者は、貴方以外考えられない」

「リーリス……」

「ずっと彼の中から貴方を見ていたわ。

 正式に婚約関係を復縁します。共に各家の血筋を、この世に遺していきましょう」

「うん、うんッ」


 クリル侯爵は何度も頷いて、涙を流した。

 俺は彼が救われて、心の底から良かったと思った。

 それにしても、婚約破棄から復縁するなんてパターン、存在するんだなぁ。婚約破棄なんて、くだらないざまぁ展開の玩具だと思ってたのに。


「そして、我が友キュリア子爵」

「はッ」

「裏切者への討伐に多大な貢献をした貴女に、領地を──」

「恐れながら、辞退いたします。もし私に領地を与えると言うのならば、ニーヴァ侯爵にお与えください」


 殊勝な態度に見えるが、キュリアさんは多分領地経営とか面倒なだけだろう。


「……では、これからは伯爵の地位を名乗りなさい。それにふさわしい活躍を貴女はしました」

「……うーん、わかりました」


 キュリアさんも、貴族として何も与えない訳にはいかないと分かっているので、渋々伯爵位を受け取った。

 ほんと、こいつ……。


「そして最後に、我が妹トゥーリ」

「はッ」

「此度の戦功に祝して、我が領地の一部を与える」

「ありがたき幸せ」


 妹様は姉の言葉に、深く頭を下げる。


「……我が氏族は、愚かな憎しみや妬みによって、負の連鎖を続けてきた歴史がある。

 此度は女神リェーサセッタ様の威光によって、解決できたものだと思っています」

「お姉様、それは」

「領地内での布教を認めます。以上です」


 それは、姉からの妹への精一杯の思いやりなのだろう。


「これにて、褒賞会を終えます」


 周囲の貴族たちは、彼らに惜しみない拍手を送った。




 §§§



 先ほどの褒賞会は、所謂貴族向けである。

 お嬢様は使用人達を無視したわけではない。


 スーロとサキュート卿は俸禄が増えたし、メイド長も宝物庫からなんかすごく歴史の在りそうな髪飾りを授かった。

 ちなみに、俺はなぜか据え置きである。解せぬ。


「火傷はもう大丈夫ですか?」

「ええ、なんとか」


 パーティも終わり始めた頃。

 貴族の方々もぼちぼち帰路につき始めている。


 俺はキュリアさんの禁術を背にして彼女を守ったおかげで、背中が鉄板で焼かれたように大火傷をした。

 戦闘中はアドレナリンが出て気にならなかったが、我に返った時は痛みでのたうち回った。


 人間は吸血鬼と違って、肉体に比重が大きい生き物なのだからしかたない。

 俺を憐れに思った妹様が、魔力回復薬的な飲み物を飲んで、頑張って治療して頂いた。情けないにも程がある。


 でもあの大火傷が一時間くらいで治ってしまうのだから、魔法とはスゴイ。


「ふーむ、私も治癒魔法を覚えた方が良いだろうか」


 キュリアさんがそんなことを言った。

 当たり前のように俺の腕を抱きしめている。


「ふふ、キュリアさんは努力家ですね。

 ですが私の得意分野を取らないで欲しいですわ」

「君こそ、割譲された領地を見に行かなくてはいいのかい?」


 二人の視線が交錯し、バチバチと言っているような気がした。

 素直に居心地が悪いから止めて欲しい。


 そう思っていると。



「ふむ、ようやく話が出来そうだな」


 不吉な笑みを浮かべる女が、俺の前に現れた。

 リェーサセッタ様。邪悪と、復讐の女神。


「此度の演目は中々に楽しめた。

 個人的には、もっと悪役には見苦しく喚いて絶望しながら死んでほしかったところだが」


 くつくつ、と女神は嗤う。


「……リェーサセッタ様。俺に会いに来たとは、いったいどのような?」

「ああ、お前の自覚なき罪、それを思い出させようとな」


 俺の、罪?


「お前は死後、私の元には来なかった。我が盟友メアリースはお前に罪有りとはしなかったようだが、私はそうは思わなかった。

 私達は人の望むままに地獄を作った。私は復讐の幇助以外に、そこに罪人を叩き込む業務をしている」


 改めて、彼女は自分の権能を説明した。

 まるで閻魔大王だった。


「私は、お前を憎み恨む者から復讐を望まれた。

 それを伝えに来たのだ。まあ直接お前を見たかったというのもあるし、この目で確認したかったこともある」

「お、俺が、なにをしたと……」


 俺は息を呑む。本当に、心当たりがない。


「それを自覚し、苦しみぬき、その事実を抱えて己の人生を全うせよ。私は、それ以上の報復は不要だと判断した」


 それは、断罪の言葉。


「お前を恨んだ者には、お前は地獄のような場所で苦しんでいると伝えておこう。その者もこれで心置きなく地獄へ行けるだろう」

「地獄行き……俺を恨んで、なぜ!?」

「自殺だよ。メアリースは自殺者を例外なく地獄送りにするからな。

 さて、心当たりはあるな?」


 ……無い。俺が誰かに恨まれるような、そんな人生を歩んだ覚えはなかった。


「無い、と。まあ、それもよかろう。

 これを伝えることに意味がある」


 苦しむこと。それが俺への罰だと、彼女は言った。

 分からない。どういうことなんだ?


 俺は、いったい何をしたんだ!?


「お前の死後、我が裁きの席にて再び相まみえることの無いように願っているよ」


 そう言って、女神は初めからそこに居なかったかのように、フッと姿を消した。


「……俺が、自殺をするほど、誰かを追い詰めたって?」


 俺の、自覚無き罪。


 俺が怯えるのが伝わっているのか、キュリアさんは心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。

 妹様も俺の手を握って、勇気づけてくれようとしていた。


 だが、俺はそれが気にならないほど打ちのめされていた。

 絶対的な女神から告げられた、俺の罪と罰。


 俺はしばらくの間、仕事も手に付かなかった。






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