第10話 ニーヴァ伯爵
お嬢様が亡くなられて一か月。
その通夜の三日前から、参加者が集まり始めた。
移動手段が中世レベル、つまり馬車なので参加者の到着にバラツキがある為だ。
葬儀に参加を表明した貴族の名簿を見ながら、この中にお嬢様を追い詰めた下手人が居るのか、と思った。
一足先に弔問に訪れた貴族たちの為に、部屋を宛がったり、お料理を用意してメインホールでメイド達が歓待を行っている。
皆、先にお嬢様のご遺体の入った棺桶に献花や祈りを捧げている。
昔からお嬢様を知っている貴族の方々も多く、涙を流す者が大半だった。
お嬢様が治める町や村からも、多くの品物が手向けに送られてきた。
領民はお嬢様の顔を知らない者も多いが、それでも喪に服し、悲しみ惜しんでくれている。
それにしても、と俺は貴族の名簿を見下ろした。
参加する貴族たちの階級は、以下の通りだ。
侯爵、二名。
伯爵、八名。
子爵、二十名。
男爵、三十三名。
護衛の騎士などは省く。
俺は思った。少なすぎる。
伝記の十巻の最終決戦では、侯爵以外の貴族階級がこの三倍以上は居た。
それだけ、没落した家が多いと言うことだろう。
彼らは影響力のある三家を中心に、三つのグループに分かれた。事前に聞かされていた、最も怪しい者達だった。
俺は、先日の会議を思い返した。
§§§
俺と妹様、メイド長とキュリアさん。俺ら四人は資料を中心に置いて顔を突き合わせる。
「現状、怪しいのはこの三家。
我々月の氏族でも、影響力のある貴族の当主です」
「選考基準は、公爵家に恨みがありそう、で良いのかな?」
「ええ、その上で実行力がある家でありますので」
メイド長はこれでも、お嬢様とは遠縁の親戚。伯爵家の三女だと言う。
だからこうして公爵家に奉公に出ている。
そんなわけで、貴族の事情にも理解があるそうだ。
「まず、ヴリコラ侯爵家。
お嬢様の元婚約者のクリル様です」
「いきなり大物じゃないか」
俺はそう呟いた。
初代クリル侯爵は、それはもうヤバい奴だった。
「この家に伝わる異能の名は、『
自らや他者に触れ、肉体に変異を齎す異能です」
「自由自在に変身できる力と言えばわかりやすいねぇ」
「初代はそんな使い方してなかったけどな」
例えば、捕まえた敵の婚約者を人間もとい、吸血鬼爆弾にして送り返したりとかしていた。
主人公の味方勢力でなければ、許されない所業である。
「そしてご当主様はお嬢様からの婚約を破棄されてから、社交界から孤立気味らしいです。
お嬢様を恨まれていてもおかしくはないかと」
「そして、簡単にリーチを作ることもできる、と」
メイド長の言葉を引き継ぎ、妹様がそう呟く。
ああ、お嬢様の元婚約者か。
「ですが、今の時代、六公爵ぐらいにしか、異能は使えないのでしょう?」
俺は根本的な問題を提起した。
だからこんなに吸血鬼達は苦労しているのである。
「それは、正確な情報では無いね。
上級貴族、伯爵位階以上はほんの僅かな、実用性の無いレベルで異能を扱うことができる、場合があると聞いているね」
「場合がある、ですか」
俺はキュリアさんのふわっとした物言いに苦笑した。
でも、言われてみれば、自分がどんな異能かは使えなければ分からない。
それでは、血を濃くするのもままならないだろう。
「しかし、私は当代のクリル様が異能を発揮した結果を見たところを見たことが有ります」
「では、下手人の第一候補、と言うわけだ」
当代クリルは、異能を使える、と。
俺は脳内のメモにその情報を書き加える。
「次の候補は、ヤーシャ侯爵家、現当主のツェーラー様です」
「叔父上……」
メイド長の次の候補に、妹様が複雑そうな表情になった。
「ああ、妹君の元婚約者か」
「あッ」
キュリアさんの言葉に、俺もハッとなった。
あの、すごく年上だという。
「ええ、御年800歳を超える、月の氏族でも長老的立ち位置です」
「そのくらい昔に産まれたのなら、侯爵家なら異能はまだ多少問題なく使えたはずだね」
「そして、かの家に伝わる異能は、『
かの御方は魔法にも造詣が深く、リーチ化も容易いことかと」
俺は、通りでそんな爺さんと妹様が婚約させられる訳だと思った。
侯爵家としては同じ異能を発現した妹様の血で、自分達の血をより濃くできるはずなのだから。
俺的には初代リーリスの姉の嫁ぎ先、と言う印象しかない。
「妹様との婚約破棄で、多くの不利益を被ったはずです。
ですので、第二候補に挙げさせて貰いました」
「異議は無いね」
キュリアさんも、その理由に納得を示した。
「最後は、ニーヴァ伯爵ですね」
「伯爵!? 子爵ではなくて!?」
「え、ええ、三千年ほど前に武功を挙げて、伯爵に格上げされたそうです」
俺はその名前にテンションが上がった!!
ニーヴァ伯爵。家名を持たぬ子爵、として伝記に異名が記されている。
下僕階級の奴隷出身で、その身一つで子爵位階にまで成り上がった傑物として、初代リーリスを支えた仲間の一人。
そして、俺の推しである。
吸血鬼にとって、階級の差は絶対的だ。
それを覆し、彼は子爵級の敵を倒した。
吸血鬼が階級を上げる方法のひとつに、格上の吸血鬼の血を吸血して吸いつくすことが挙げられる。
それを彼らは“魂を奪う”と表現する。
そうして彼は、奴隷から貴族へと成りあがった。
しかし、そんな伯爵がなぜ、当家に恨みを?
「彼は代々、家名を持たぬ卑しい一族として冷遇されてきました。
その冷遇政策の筆頭が我が公爵家です」
「あー、そりゃあ恨まれるわな」
卑しい一族なのに伯爵なんて矛盾しているように聞こえるが、吸血鬼にとって階級は実力が全てだ。
格上殺しの異能を持つ伯爵は、そりゃあ怖いだろうし。
きっと嫁探しにも苦労しているんだろうな。
「領地も他の伯爵家と比べて半分以下……お嬢様、当家を恨んでいてもおかしくはありません」
「だろうねぇ」
うんうん、キュリアさんも頷いた。
俺も同感だ。貴族たちの政治は面倒すぎる。
「……わかりました。とりあえず、この三人に一先ず注視すると言うことで」
妹様は、己の感情を噛み締めるようにそう言った。
「仮に誰が犯人か分からなくて、神器の短剣で“御覚悟を~~!!”ってやるのは無し。
それで妹様を失うくらいなら、犯人を逃した方がマシ。その認識で皆は良いですね?」
俺は三人に念を押すように言った。
メイド長とキュリアさんは頷き、妹様も少し遅れて頷いた。
「でもまあ、私だったらこの機会は氏族を一網打尽にするチャンスだと思うけどね」
そして、キュリアさんはそんな縁起でもないことを言うのだった。
§§§
そんなことを思い返していると、スーロから声を掛けられた。
「ヨコタさん、次のお客様の列が来ましたっす」
「わかりました、対応します」
貴族のお嬢様の対応は、喪主として妹様がしている。
俺はメイド長を呼び、葬儀の参加者の受付に向かった。
外には数台の馬車がやってきていた。
野外テントの受付台の前に立ち、来客に対応する。
「ナーム男爵です」
「ようこそいらっしゃいました、ナーム男爵様」
貴族の名前は、知っていて当然だ。名前を言えないのは失礼にあたる。
なので俺の隣でメイド長が相手方の名前を教えてくれる。
参加者名簿に署名を頂き、順番に処理する。
ご家族で参加するケースも多いので、その人数分も頭に入れて明日の分のメニューや部屋を用意しなければならない。
そうして、今回の最後の参加者が前に出た時、メイド長は口ごもった。
「どなたですか」
「わかりません、初めてお見受けする方です」
小声で尋ねると、メイド長は困惑している。
俺はそれでも笑顔でこう言った。
「えーと、失礼ですが、こちらからのお送りしたお手紙はございますか?」
「……ああ、手紙が必要なのか。
生憎とそう言うのはないが、葬儀に参加させてもらえないだろうか? お嬢様の祖先には大変世話になったのだ」
参加の手紙が無い?
俺は改めて、目の前の女性を見た。
貴族ではない、とは言えない雰囲気の、異様な気配の女性だった。
俺は数瞬悩んだが、参加者リストを差し出した。
「お嬢様の死を悼んで下さるのです、無下には出来ません。どうぞ参加してください」
「ここに名前を書けばいいのだな」
彼女は羽根ペンで名前を書いた。
リネン・サンセット。家名も、名前も、事前に叩き込んだどれとも一致しない。
怪しい、怪しいが、なぜか拒めない。
「私のことは当主の妹君がよく知っている。聞いてみるといい」
「かしこまりました」
どうやら妹様の知り合いらしい。
俺は恭しく貴族に対する礼を取った。
彼女は御香典を置いて、城内に歩いて行った。
受付作業が終わったので、俺は頃合いを見て妹様を呼んだ。
「妹様、少しよろしいですか」
「はい。申し訳ございません、少し席を外します」
妹様はお話をされていた貴族の方々に断わって、こちらに歩み寄ってきた。
「何か問題ですか?」
「葬儀の参加者に、事前に連絡の無い方が居たんです」
俺は参加者名簿の最後の名前を示した。
それを見た瞬間、妹様は目を見開き、身体が震えた。
「……問題ありません。他の貴族の方々と同様に扱ってください」
「妹様がそうおっしゃるのなら」
どうやら、追い返すと言う失礼をせずに済んだようで俺はホッとしていた。
「一応聞きますが、怪しい人物じゃ」
「それだけはあり得ません!!」
俺が尋ねると、妹様は声を荒げた。
周囲の貴族やメイド達が、何事かとこちらを見てくる。
「……わかりました。そのように対応いたします」
俺は頭を下げて、妹様に非礼を詫びた。
「いえ、いきなり大声を出してすみません。
ですが、この方は今回の件とは無関係です」
「妹様がそこまで仰るのなら」
俺は主人の妹君として、その言葉を受け入れる。
俺がそうしていると、なんだ使用人の粗相か、と周囲の興味も失せていく。
「ええ、仕事に戻って下さい」
妹様も、俺の雇い主の家の者として対応した。
主人が疑問を持つな、と言ったら持ってはいけない。
俺は下級吸血鬼を指示待ち人間と言ったが、正確には違う。
こう言う表現をしたくなかったが、貴族にとって下級吸血鬼達は――奴隷なのだ。
主人の機嫌を損ねてはいけないし、指示には絶対。その行いが何だとしても、口を挟んだり疑問を抱いてはいけない。
そうしてスーロ達はずっと生きてきた。その祖先の代からずっと。
だから本当に、お嬢様は良い上司だったのだ。
俺はこの恩に報いなければならない。
さて、俺は家令として、使用人たちの監督と指揮をしながら、情報を集める。
パーティ、と言うのはあれだが、こう言う席は貴族たちの政治の場でもあるからだ。
すると、こんな声が聞こえた。
「なんだ貴様!! 私を誰と知ってこのような無礼を働くのだ!!」
「申し訳ございません!!」
「このような安物を持ってきて、これで歓待のつもりか!!」
臨時雇いのメイドが、怒鳴られている。
かなり理不尽な内容だが、俺は笑顔で割って入る。
「失礼しました、お飲み物はお取替えしますので、どうか平にご容赦を。――ニーヴァ伯爵」
俺は視線で、メイドのおばさんに下がれと指示した。
彼女は、失礼いたしました、と言って高いワインを取りに行った。
「貴様は? 以前来た時には見なかった顔だな」
「……これは失礼を。私は妹様より当主の代行を命じられた、家令のヨコタと申します」
「ふん、庶民か」
貴族が代官を雇うのは珍しいことではない、というか普通だ。
彼は俺の存在に違和感を持たなかった。
しかし、先ほどまでグループを形成していたニーヴァ伯爵の周囲には、誰も居なかった。その上で機嫌が悪そうだった。
ニーヴァ伯爵。恐らく年齢は500歳以上、人間で換算するならおおよそ三十代半ばくらいの、ちょっと強面のチョイ悪オヤジと言った見た目である。
「はい、アーリィヤ公爵家からお目を掛けて頂いております」
「そうか。その幸運を大事にすることだなッ」
尊大な態度だが、貴族とはこういうモノだ。
なので、俺は御機嫌取りによいしょを始めることにした。
「伯爵、失礼を承知でお願いなのですが」
「なんだね、言ってみろ」
なんだ金でもねだるつもりか所詮は庶民だな、みたいな視線を送って来る彼に、俺は懐から鉛筆とあのラノベを取り出した。
「伯爵の初代様の、熱烈なファンでして、サインを頂きく存じます」
「……よかろう」
彼は俺の凄まじいヨイショに面を喰らったようだが、ラノベの表紙にサインを施してくれた。
「ありがとうございます!! 家宝に致します!!」
「うむ、我が家の祖霊も喜んでいるだろう」
「失礼を重ねるようですが、この伝記で活躍された祖先様のこのッ、このページです!! 伯爵さまは子孫としてどのように伝わっているのでしょうか!!」
「ああ、レッドウォールの戦いか!!
私も両親から祖先の活躍は寝物語に聞いたものだ!!」
「六公爵の中でも最強と謳われる竜の氏族、そのしんがりを務めて敵の侯爵に向けて言ったこの台詞、痺れました!!」
「そうか!! 君もこのシーンは素晴らしい活躍だと思うか!!」
「はいッ、初代リーリス様の下で戦うどの臣下たちよりも素晴らしいご活躍だと思います!!」
「君は庶民にしてはよくわかっているではないか!!」
そして、俺と伯爵は意気投合した。
ふ、チョロいぜ。祖先を褒められて嬉しくない名家は居ない。日本でも同じだった。
近くでワインを嗜んでいたキュリアさんが、なんだこいつ、みたいな目で見てるが、きっと俺の手腕に驚いているのだろう。
それから、俺は伯爵の愚痴を聞かされることになった。
「どいつもこいつも、我が過去の武勲を僻み、次にリーチが出た時は我が家に対処してほしいなどと言ってきよる」
ああ、だから先ほどグループを形成していたのか。
「あいつは所詮、我が家が落ちぶれていくのを見るのが楽しいのだ。
自分達も同じだと言うのにな」
「落ちぶれていく、ですか。伯爵ほどの名家が?」
「ああ、特に26年前のブドウ園の虫害は致命的だった」
俺はその事件に心当たりがあった。
帳簿に、領内のブドウ農家に補填があったと記録があったはずだ。
あれはどうやら、他の領地にも及んでいたらしい。
「飲みたまえ」
伯爵は、ビュッフェ形式で料理が並べられているテーブルから、ワインボトルを手に取り、グラスに中身を注いで俺に差し出してきた。
「では、恐れながら」
貴族が飲め、と言った物を拒むことは出来ない。
別に毒が入っているわけでも無し、俺はそれを口にした。
俺は特に酒に詳しいわけではないが、芳醇な香りとフルーティーなブドウの味が口内に広がった。
素直に美味しいワインだった。
「これは、素晴らしいワインですね」
「当然だ。我が領内で生産されたものだからな」
伯爵はドヤ顔でそう言った。吸血鬼だからイケてるのがズルい。
「我が領内の主産業がそれだった。
今ではもう二度と味わえぬかもしれぬ。
スカーレットガーデンの外にも輸出し、高いレートで取引される名産だった」
「それは、もったいないではありませんか!!」
「所詮名ばかりの伯爵など、そんなものよ。
領地のやりくりばかりで精いっぱいなのだ」
伯爵は、どこか遠くを見るように目を細めた。
「先代の公爵様に資金提供をお願いしたこともある。
頭を下げてだッ!! だが我が家は古来より恐れられていた。いつ周囲に牙を剥くのか、とな。
初代様以降、領地を配分されてからずっとそのような扱いだ」
吸血鬼の価値観と言うのは、ずっと変わらない。
一度定着してしまえば、伯爵家がどう思っていようと周囲はそう扱うだろう。
「伯爵様ッ、ブドウ農園を再建いたしましょう!!」
「ふ、庶民には分からないだろうが、無からカネは産まれぬのだよ」
「いいえ、私は公爵家の家令として、財産の管理や運用を任されています!!
ぜひ、伯爵様の領地に資金提供と投資をさせてください!!」
俺は失礼なことに、いや本当に失礼なのだが、伯爵の手を取って熱弁した。
「……君は、それほどまでに公爵家から信任を得ているのか?」
伯爵様が目を見開く。
そして、俺への視線の質が変わった。
それは、貴族でも油断できない庶民、商人や金貸しを見る目に変わったことを意味していた。
「ふむ、詳しい話は証文を交えてしようか」
「ええッ、是非!!」
俺はメイド長にこの場を任せて、伯爵様と具体的な話をする為に個室に移った。
そして、色々と手続きを終えて、メインホールに戻ってきた俺はキュリアさんにこう言った。
「ニーヴァ伯爵様はシロだ」
「ああ、そうかい」
俺の渾身の交渉術のキレを目の当たりにして、キュリアさんはどうでも良さそうな呆れた返事をした。
「もし、そこの君」
「は、なんでしょうか」
すると、数名の貴族の方々が、俺を手招きしていた。
「我が家の事業などに興味はないかね?」
「我々も君に話があるのだよ」
どうやら、俺と伯爵様の話が聞こえていたらしい。
どうせ腐らせていた資産だ、これも公務の代行として、俺は彼らの話を聞くことにした。
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