第2話 勝手にコンティニューさせられたおっさん

 気が付いた時、俺は透明な世界で仰向けになっていた。

 壁も天井も、見渡す限り何もない。

 よろよろと視線を巡らせながら、「これがあの世か?」なんてことを考えたとき、


「おはよう」


 視界の右側から、黒いローブをまとった初老の男性が現れた。

 微笑みながら見下ろしてくるそいつに、どなたですかと尋ねる必要はなかった。


「久しぶり、

「んふっ」


 重厚な笑い声が降ってきた。


 実に十二年ぶりの再会だが、感慨に浸るほどの間柄でもない。

 挨拶もそこそこに、俺は顔だけを起こして自分の体を見下ろした。


 左腕と、胸から下が消えている。


 目に映るのは痩せた胸部と右腕だけ。しかし痛みはない。

 むしろ、温かい湯に浸っているような心地よさがあった。


「いまは、再構築コンテニューの途中だよ」

「?」

「ああ、対価なら気にしなくていい。この復活能力は、本来キミに与えられるはずだった【ギフト】だからね。……それにしても、よくもまあ僕たちの用意したギフトを無視してくれたものだ」


 そう言ってクツクツと笑い始めたが、なんのことだかさっぱりである。

 俺は発言の意味を問いかけようとして、やめた。


 その前に、聞かなければならないことがある。


「あのさ」

「—―なにかな」

「魔王軍って、どうなった」

「壊滅したよ」


 その一言を聞いた時、胸の奥に溜まっていたものが、すっと抜けた。

 安堵が波のように広がり、深い吐息が喉の奥からあふれた。


「キミが来てくれなければ不可能だった。本当に、感謝の言葉しか言えない」


 そう言って、アリンコが深々と頭を下げてくる。


「よせやい」と返そうとしたが、力が抜けて声にならない。

 再びまどろみの底に沈んでいく俺に、アリンコは言葉を続けた。


「……すまないが、次に目覚めたとき、記憶以外のすべてがしているだろう」


「少々、も発生したが、キミならなんとかなるはずだ。だから――」



「どうか、今度は」



幸多さちおおき、人生を」



 ***



 頬を、風が撫でた。

 ぼんやりと開いた瞳に、崩落した天井と青空が映る。


 ……なんか、見覚えあるな。


 デジャブを感じながらも眠気には勝てず、俺はまぶたを閉じて寝返りを打った。

 その直後、全身が地面に向かって急降下する。


「ぐえっ」


 衝撃が背中を走り、意識が急速に覚醒した。

 ヒリヒリとしびれる手足から、ひんやりとした冷気が伝わってくる。


 慌てて自分を見下ろすと、そこにはがあった。

 手足は左右そろっていて、魔王に斬られた跡はおろか、これまで負った古傷すら見当たらない。


 なにより目を引いたのが、懐かしの一張羅ビジネススーツである。


「うおぉぉッ!」


 陽光を受けて黒光りするスーツをまといつつ、驚愕とともに立ち上がる。


 その身軽さから、自らがことを悟った俺は、その場で飛んだり跳ねたりを繰り返したのち、へなへなと地面に座り込んだ。

 ぼやけた視線の先、石畳の上にブリーフケースが転がっている。


「どういうことなの……?」


 こぼれ落ちた戸惑いの声が、岩の床と壁に吸われていった。



 ***



 大きく深呼吸してからベッド、もとい祭壇に腰を下ろした俺は、右手の甲をじっと見つめた。


 かつてそこに浮かんでいた≪魔術師ウィザード≫の紋章は見当たらず、代わりに小さながポツンとあった。

 その点の意味することを、俺は小声でつぶやく。


「≪無職ノービス≫のレベル1……」


 どうして、レベルとクラスが初期化してんの??



 しばし呆然としてから、周囲をぐるりと見渡す。

 よくよく見ればこの場所は、あれだ。

 に目覚めた、あの神殿ではないか。

 しかし、


「あんな扉、あったっけ?」


 左右と背後にそびえる三つの扉にいぶかし気な視線を送りつつ、俺はブリーフケースから筆記用具を取り出した。


「……ひとまず、現状を整理しよう」


 書類ケースから取り出したA4用紙の懐かしい手触りに感動しつつ、ボールペンを走らせる。



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〇現状メモ


1.俺は魔王との戦いで命を落とした


2.死後、アリンコに再構築された

            ↑初期化?


3.目覚めた場所がめっちゃ風化してる

    ↑時間は巻き戻っていないかも


4.この後はどうなる?  ←わからん


━━━━━━━━━━━━━━━━━━



 ふぅ、と息をつき、ボールペンを胸ポケットにしまう。

 視線を神殿の出口に向けると、外にはうっそうとした森が広がっていた。


 しわと傷のない右手を正面にかざし、そこに刻まれた黒い点を眺める。


「もう一度、いちからやり直す……か」


 そう口に出した瞬間、胸の奥にかすかな熱が灯った。

 魔王復活の前日、ダンジョンで宝箱を見つけた時の高揚が蘇ってくる。


 状況はまだ理解できない。

 しかし、今の俺は魔王軍との戦いに明け暮れる必要もなく――


として、生きていけるのか」


 思わず、口元がゆるんだ。


 足元のブリーフケースを拾い上げ、祭壇から腰を上げる。

 心臓が、まだ見ぬ冒険に高鳴り始めた瞬間—―


 ガラガラと音を立てて、左右と背後、が同時に開いた。



「「「え?」」」



 サラウンドな戸惑いの声が、鼓膜を揺らす。

 奇妙なほどになじみのあるその声に、背筋がぞくりと粟立あわだった。


 何とも言えない違和感を抱きながら、ゆっくりと顔を右に向けていく。


 右の扉に、

 背後の扉にも、

 左の扉にも、当然のように


 俺を含めた四人の俺が、一斉に喉を震わせた。



「「「「どういうこっちゃ」」」」

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