第19話
春の光が校庭の土を温め始める頃、学園には成果と疲労が入り混じった空気が漂っていた。外部との共同プロジェクトは幾つかの実績を生み、地域からの信頼も少しずつ蓄積されている。だがその一方で、日常を支えてきた人々の疲弊は明白だった。教員の負担は細く長く、学生の時間は学びと運営の間で薄く引き裂かれる。
エレノアは朝の討議で静かに報告を受ける。ルカが端的に現況を整理した。「参加は増えているが、運営のコアが疲弊しています。離脱の兆候も散見されます」
ミラは続ける。「子どもたちや保護者は喜んでくれているけど、私たちを支える側の余力が心配です」
彼らの言葉は誠実で重かった。エレノアはノートを閉じ、決断を下す。規模や露出の話題よりも先に、持続可能性の回復が最優先だ。翌日、学園は「回復週間」を導入した。運営スタッフと積極的に関わる学生には必須の休養日を設定し、ローテーションで作業時間を短くする。外部には一時的に公開活動のスケールダウンを説明し、期待値の調整を願い出た。
回復週間は形だけの休息では終わらなかった。学園は小さな儀式を用意した。日々の労をねぎらう「感謝の会」、参加者が互いの学びを共有する「リフレクションサークル」、現場で見つけた成功と失敗を持ち寄る「オープンログ」。それらは制度的休止と感情的回復を同時に生む装置となり、疲労の可視化が始まると同時に、助け合いの動きが生まれた。
だが回復は一朝一夕ではない。若いメンバーの中には、負担を感じながらも辞められない者がいた。彼らは「自分が抜けたら場が回らない」という責任感と、「でも続けるのが辛い」という率直な疲労の間で揺れている。エレノアは個々に向き合い、負担の再配分を行うとともに「関わりの階層化」案を急ぎ具体化した。A層は短時間で気軽に参加できる枠、B層は継続的な関与を選ぶ枠、C層は運営コア。各層に期待値と報酬、休息ルールを明示すると、離脱率は徐々に下がった。
同時に、学園は成熟優先の方針を公に打ち出した。外部拡張よりも現場の質と当事者の継続性を優先するという決定は一部の外部パートナーには地味に映ったが、学内外の長期的信頼を育てるために必要な選択だった。外部は一時的に拡張要求を緩め、学園は自らのリズムを取り戻す時間を確保する。
その期間、エレノアは何度も屋上に上がり、夜風に当たりながら思考を整理した。彼女のノートには短い問いが繰り返される。「拡張とは誰のためにあるのか」「価値は規模で測れるのか」問いは論理だけでなく、倫理を問うものになった。彼女は設計者としての誇りと、守る者としての責任を同時に抱え続けた。
回復の成果は、急にではなく細やかに現れる。小さな笑い声が増え、運営会議での表情に落ち着きが戻る。地域の教師が学園に短い感謝の手紙を持ってきた日のことは、全員の心に残った。ミラがそっと言った。「私たちのやっていることは、人の暮らしに届いているんだね」エレノアは静かに頷き、ページの余白に一行を書き足す。
「成熟は忍耐と配慮で紡がれる」
章の終わりに、学園は新たな制度を恒常化する準備を始める。アーカイブの運用チームは体制を強化し、回復週間は定例化された。外部パートナーとの交渉も、学園のより長期的なビジョンに合わせて再編される。次に来る波がまた厳しくても、学園は少しだけ強くなっている。エレノアは深呼吸をして、新しい日々に向かう足を一歩踏み出した。
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