第18話

学園の春は、予想より早く訪れた。雪解けの水が校庭の土を潤し、学生たちの足取りは軽い。エレノアは朝から連続でミーティングをこなし、夜には現地での試験運用報告に目を通す。一方で、学生主導の共有アーカイブは着実に稼働し、外部発信のクオリティと速度を両立させる成果を出し始めていた。だが「成果」は必ずしも平穏を伴わない。拡張の過程で露呈した課題が、新しい局面として立ち現れる。


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現場の声とリアルな摩擦


地域協働の現地で、予期せぬ摩擦が生まれた。小学校側の運営時間と学園生のスケジュールが微妙にずれ、ワークショップの開始時刻に参加者が不足する日が続いた。ルカと現地教員が調整を試みるが、慣習や家庭の事情が絡んで一筋縄ではいかない。エレノアは現地へ飛び、当事者同士の対話を入念に設計することで一つずつ溝を埋めていく。


- 対応策:開始時間のフレキシブル化;保護者向けの短時間説明会;地域スケジュールに合わせた分割セッションの導入。

- 狙い:現場の事情に合わせた「小さな回復力」を育てること。


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内部の緊張と若い力


学園内では、外部連携推進派と慎重派の間に再び緊張が生まれた。教員の一部が運用負荷の増大を訴え、学生の一部は「主導権を本当に握れているのか」と問い始める。だが新たに台頭した学生アーカイブチームは、具体的な改善案と運用ツールを示して反論した。エレノアは仲介役として両者の意見を束ねるのではなく、対話の場で「実験と評価」を小刻みに回す方法を提示する。


- 実験ルール:二週間単位のスプリント;KPIは「当事者の満足度」と「運用負荷」を並列で計測。

- 期待:数値で語れる改善を積み重ねることで感情的対立を和らげる。


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外部の再交渉と条件の強化


同時期、外部パートナーからの追加提案が届く。広域展開の提案だが、これを受け入れるには学園側の憲章と手続きのさらなる明確化が必要だと判断される。エレノアは一歩引いて、諮問委員会と学生評議会に再確認を求め、契約条項に「地域適応プロセス」と「現場アドボケイトの強制参加」を盛り込むことを条件に交渉を進める。外部は条件を受け入れ、試験的に二地域での共同運用が開始される。


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小さな成功と学びの蓄積


試験運用の第一波が一巡すると、小さな成功例が複数生まれる。参加した子どもたちが自主的に続けるクラブを作り、地域のボランティアが新たな担い手となるケースが増えた。学園側はその都度「現場の物語」をアーカイブに追加し、外部発信は当事者の声を中心に据える運用を徹底することで、外からの解釈を抑えていく。データはやや荒いが、定性的な変化が確かに蓄積されている。


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夜、屋上でエレノアはノートを開き、改めて一行を書き足す。


「拡張は終点ではなく、対話の継続だ」


ページを閉じると、遠くから学生の笑い声が聞こえた。確かなものはまだ少ないが、設計と守りと拡張が同時に進む学園は、これまでよりも少しだけ強く、少しだけ柔らかくなっていた。翌朝にはまた新しい課題が来るだろう。だが彼女たちは、もう一人で抱え込む必要はなかった。

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