第12話
文化祭から一ヶ月が過ぎ、学園は落ち着きを取り戻していた。だが外部の関心は完全には消えていない。いくつかの媒体が学園での「参加を促す取り組み」について肯定的に報じ、逆に刺々しい論評をする者もいた。エレノアは控室で今日の予定表をめくりながら、ユーディの差し出した封筒を受け取った。封筒の差出人は、地方の公共放送局の文化部――学園の取り組みを特集したいという打診だった。
「取材の申し入れです」
ユーディは穏やかに告げる。「先方は公平な報道を望んでいるようです。出演依頼とパネル討論の招待が含まれています」
エレノアは一瞬だけ考え、控えめな笑みを浮かべる。公共放送ならば、説明の機会として効果は大きい。だが同時に、カメラの前で語ることは自らの言葉を切り取られる危険もはらんでいる。
「受けましょう。ただし条件を付ける」
彼女は静かに言った。「事前に議題と参加者を確認すること。ボランティア代表も一緒に出る。私一人の見せ物にならないようにするわ」
ユーディは即座に了承し、細かい日程調整を進めた。セシルも反対はしなかった。彼はむしろ、外で学園の声がまともに伝わるなら、それは防御になると考えている様子だった。
収録当日、放送局のスタジオは予想より落ち着いて見えた。カメラや照明の位置、司会者の進行表。エレノアはミラ、ワークショップから代表で来たルカ、ユーディとともに出演席に座る。周囲の緊張は伝わるが、彼女は落ち着いている。
「今回の特集では、学園で起きたことを当事者の視点から掘り下げます。エレノアさん、まずは一言お願いします」
司会者に促され、エレノアは深呼吸して話し始めた。
「私たちの目的は、誰かの選択を奪うことではなく、選ぶ機会を作ることでした。結果として誤解が生じ、傷ついた人がいたならお詫びします。ですが同時に、多くの人が自ら動くことで得たつながりが生まれたのも事実です」
画面の向こうで誰かがメモを取る音が聞こえ、司会者は質問を続けた。議論は穏やかに進み、ミラやルカの声が加わることで現場の実感が視聴者に伝わった。放送は好意的な反響を呼び、学園には翌日から問い合わせや視察の申し込みが増えた。
だがその直後、想定外の招待状が届く。首都圏の有力メディアから、特集の続編として「学園モデルを商業化してはどうか」という趣旨のオファーが来たのだ。企業と共同でプログラム化し、他校や地域に展開する提案だった。報酬と広報効果は魅力的で、学園の運営資金にもなる。
ユーディは資料をめくりながら眉を寄せる。「企業案件です。条件次第では学園の信頼につながる一方、商業化は誤解を生むリスクもあります」
「私としては慎重に考えたい」
エレノアは答える。だが胸の内では二つの思いがせめぎ合っていた。ひとつは、学園の取り組みをより多くの人に届け、子どもたちや学校コミュニティの居場所を増やせるかもしれないという希望。もうひとつは、外部資本が介入することで「きっかけ」が市場原理に飲み込まれ、本来の意義が失われる恐れだ。
夜、エレノアは一人で学園の屋上に上がり、街の灯を見下ろしながら考えた。ミラがそっと隣に来て、無言で肩に寄り添う。
「どうするの?」
ミラの声は小さい。エレノアはしばらく沈黙してから、ゆっくりと答えた。
「可能性は大きい。でも学校と関わる人たちの選択が中心であってほしい。外部の資本や利害が介入するなら、それは学園の枠で管理できる形でなければならない」
ミラはきっぱりと頷く。「子どもたちが主役のままでいてほしい」
次の日、エレノアは教員会議に出席し、提案書を示した。学園は外部案件を検討するワーキングチームを設置し、利害関係の透明化、収益の学園還元、現場の自主性確保を必須条件にすることを決めた。企業側も条件を一部受け入れ、交渉は始まった。
だが交渉の過程で、企業側の担当者が「プログラムを速やかに拡大するには、成功事例の露出が重要だ」と圧力をかけてきた。彼らは短期的な成果指標を求め、参加者数やメディア指標を用いた評価を前面に出した。エレノアはその要求に冷ややかさを感じる。
「場を作るとは数字だけではない」
彼女は交渉の席で静かに主張した。「参加者の当事者性と現場の自律性を壊すような評価軸は受け入れられません」
企業は一度は引き下がったように見えたが、別の形で動き出す。非公式に学園のOBや有力者を通じて影響力工作を行い、プロジェクトの早期導入を働きかけたのだ。学内には短期間で資金が流入する魅力的な話が広まり、教員や一部の保護者の間で賛成意見が増えた。
エレノアは焦りを覚えた。賛成派の多くは「資金で教育環境が改善される」ことを善意で受け止めており、彼らを否定することは難しい。だが同時に、無条件の拡大は学園の価値を損なう危険を孕んでいる。
その夜、エレノアは仲間を集めた。ユーディ、セシル、ミラ、そしてルカ。彼女は率直に状況を説明し、問うた。
「私たちは何を守りたい? 学園の声? 子どもたちの選択? それとも影響力と資金?」
ルカが先に口を開く。「資金は必要だけど、学園が売り物になってしまうのは違う。自分たちでルールを作って、それを外に示すべきだ」
セシルは短く述べる。「守るべきは秩序と当事者の安全だ。外部に振り回されるな」
ミラは静かに言った。「子どもたちが主役。私たちは彼らのために動くべき」
仲間たちの言葉に、エレノアは決意を固める。翌朝、彼女は企業側に連絡を入れた。提案を受け入れる条件を明文化し、学園の主導権と参加者の自主性を保証する条項を示す。もし合意できないならば、学園は協力を見送ると伝える。
企業は一瞬だけ驚いた表情を見せたが、最終的には交渉が長引くことを嫌い、条件の一部を呑む方向で応じた。学園側は慎重な試験導入と外部監査、収益の教育投資への還元を約束させることに成功した。外部資本の介入は完全に排除できなかったが、学園の主導性は確保された。
数週間後、プロジェクトは限定的に始動した。外部による支援は学園側のルールに縛られ、現場の自律性を尊重する設計が優先された。エレノアは結果をモニタリングし、必要に応じて運用の微調整を続ける日々に戻る。
夜、ミラがふと呟いた。「外の世界は怖いところもあるけど、味方もいるんだってわかったよ」
エレノアは微笑んで答えた。「外の世界は道具にもなる。大切なのは、誰が握るかを見定めること」
屋上の風が二人の髪をそっと揺らす。エレノアはノートの新しいページに小さく記した。
「守るべきは人と選択。拡張は条件付きでこそ意味を持つ」
外部との協働は必然の流れかもしれない。しかしその果実をどう実らせるかは、彼女たち自身の手に委ねられている。
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