コート

ナカメグミ

コート

 「うそだろー」。心のなかで叫びました。「そんなことある?」

 裁判所の法廷にいます。刑事裁判の判決の言い渡し中。録音、録画は禁止です。裁判担当の記者はノートにメモを取りまくります。この裁判は有罪、無罪、どちらに転んでもおかしくない。注目度は高く、傍聴席は抽選となりました。休憩をはさんで5時間ほどの言い渡しです。

 裁判長の声が響く中、異音が記者席から聞こえ始めました。いびきです。ある記者が居眠りをしています。次第に大きくなります。隣りの先輩記者が肩をこずきます。後ろの記者がペンでつつきます。学校の授業風景のようです。結局、キレた先輩記者が、彼の耳をつまんでひっぱり、法廷の外に連れて行きました。

 「ここで寝る?。耳つまんでひっぱってく?」

コントよりもはるかに面白い。メモをとりながら笑いをこらえるのに必死でした(この記者の名誉のために。当日、風邪薬を飲んで出勤したためでした)。


 裁判は公開です。危険物を持ち込まず、ルールを守れば、原則はだれでも傍聴できます。裁判担当の記者は毎日足を運ぶので、たまに非日常の光景が見られます。

 傍聴席の被告人側の前方に、体格がよくて独特な服装の男性や女性、子どもがまとまって座っている時は、距離を置いて座ります。おつとめにいく方を見送る団体の関係者や家族です。法廷を去る時、家族の方、兄貴や弟分と思われる方が、声をかけたり肩をたたいてしばしの別れを惜しみます。

 女性の被告人のときは、女性刑務官が両隣りに座ります。制服姿に真紅の口紅をさして、明らかに裁判は上の空の刑務官。被告人質問の最中にスイッチが入り、明らかなウソ泣きを始めてしまう被告人。いろいろな方がいました。


 あれから4年。仕事をやめて子どもを産みました。仕事より難しかったのは、子どもと私の睡眠時間の確保でした。子どもが寝た合間に最低限の家事をする。自分が少し寝ようと思った矢先、子どもが起きる。これが無限ループで続くと、睡眠不足で頭がぼうっとしてきました。

 ある日。ようやく子どもが寝た午前9時ごろ(乳児は腹が満ちたら寝ます)。耳ざわりな音が隣りの家から聞こえてきました。大型車両が止まる音。金属的なガチャガチャという音。複数の男性の大きな話し声。忘れていました。今日から隣りの家で、1ヶ月の外装工事をするという知らせが郵便受けに入っていました。

 高級住宅街が静かだと思ったら大間違いです。経済的に余裕がある人は、自宅を自分好みにカスタムメイドすることが大好き。工事の音がすることも度々でした。

 私は迷わずに立ち上がりました。


 中学3年生の1年間。故郷から転校して、地域屈指のヤンキー中学校に通っていました。授業中の喫煙、ナイフ類の所持、いじめ、授業の中断、各種ケンカは当たり前。放課後になるとタクシーが校門前にとまり、複数名でそのままススキノ方面に行く方。夜に原付きバイクを盗む方。しばし少年鑑別所に入る女性の方。刺激的な環境でした。転校生だった私は、ヤンキーの方々の宿題、カンニングのお手伝いをすることで生き延びることができました。サバイバル本能を研ぎ澄ませた1年間で、私の中にもヤンキー気質がちゃんと刻まれていました。


 夫が庭木を切るときに使う、手のひらに滑り止めがついた作業手袋を身につけました。愛読した暴走族の漫画では、総頭は敵陣に行くとき、ガムテープでそれと手をとめていましたが、時間がかかるので手袋にしました。

 玄関を開けて隣りの家に向かいました。足場を組んでいます。地面に置いてある、

そのうちの1本を手に取りました。鉄パイプ。私でも持てる短めのものです。中学時代のヤンキーの方々も、これでケンカをして頭にしばらく包帯を巻いていました。

 隣りの夫婦は高尚な職業の共働き。打ち合わせを終えたのか、もういません。申し訳ありませんが、作業員の方に怒りをぶつけました。鉄パイプで5人ほどの作業員の方を、順に殴っていきます。頭はヘルメットをかぶっているので、ボディーと手足を狙いました。


 私は今、送検される警察車両の中です。後部座席の中央に座っています。両隣りを警察官に挟まれています。女性警察官もいます。頭からコートをかぶるか尋ねられましたが、かぶるとマスコミの方が送検時の写真や映像を撮影しにくいので、断りました。車がゆっくりと進みます。左右を挟まれているので、視界はフロントガラスが頼りです。前を見ます。フラッシュがたかれたのか、目が一瞬見えなくなりました。

カメラらしきもの。人らしきもの。一瞬でした。なるほど。

これまで傍聴席の柵の向こう側にいた人たちは、この光景を見てきたのか。


 本当のこと、言おうかな。本当っぽいこと、言おうかな。

 それともウソ泣きしようかな。お芝居しようかな。

 裁判担当の記者の方が記事を書きやすいように、「かぎかっこ」に入れやすくて

 見出しにも取りやすいフレーズを供述に入れておこう。

 判決は「極めて身勝手な動機に基づく、短絡的な犯行」といった感じでしょうか。


そんなことを考えていたら、不謹慎にも笑みがこぼれました。カメラに撮られなくてよかった。本当に私はどうしようもない。

(了)

 



 




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コート ナカメグミ @megu1113

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