話すことと自己理解


 誰かに話すことが問題解決のきっかけになるのは、話すという行為そのものが 「自分を理解しようとする運動」 になっているからなのかもしれない。

 

 誰かに何かを伝えようとするとき、僕は、

・何から話すか

・何を感じたか

・出来事の意味は何だったのか

 といった情報を自分の内側から拾おうとする。

 

 この「拾う動作」は独りでやると、思考がぐるぐると循環してしまいがちだ。でも、伝えたい相手がいると、自分の気持ちを整理したり、出来事を解釈する方向へ思考が向かう。それによって循環を解消できることがある。

 

 心の中で曖昧だったものは、言葉にして外に出した瞬間、その輪郭を現す。輪郭に沿って思考を進めると、

・本当の気持ち

・実は重要ではなかった部分

・気づいていなかった前提

 といったことが見えてくることもある。

 

 このとき、何かを伝えたいと思う気持ちは、“自分を理解しようとする自分”を引き出す装置となっている。言語化そのものが思考を再編集するきっかけとなり、問題の構造がはっきりすることによって、気づきや変容が自然に起こっているように感じる。


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