第11話 刺されるための舞台装置
すっかり、日が暮れてしまった。
三人は学校へ戻る最中、涼策が「ごめんトイレ」と近くのコンビニへ寄る。
セイとチャドはコンビニ前で並び、ガラスの反射越しに自分達を見た。
チャドは肉まんを購入した男性を羨ましそうに眺め「お腹すいたなぁ……」と尻尾を揺らす。
セイは涼策がトイレの奥へ消えたことを確認すると、今しかないと、チャドにお願いをした。
「チャド、明日、ココアを操って」
「操る必要なくない?」
「ある。ココアが犯人と揉めるようにして」
エッ?
「妹さんを守る上で、犯人が俺を刺すように、ココアを動かして」
「エッ……?」
セイは淡々と言葉を並べた。
チャドはセイの意図が読めなかったが、セイが先に答えを示す。
しかしその表情は、言葉とは裏腹に、楽しそうに歪んでいた。
「俺が刺されたら、サラ先生なら絶対、病院に来てくれるよね?」
その言葉は信頼そのものだが、セイの顔は“悦”を孕んでいた。
これは単なる自己犠牲ではない。自分の判断で場を掻き乱して遊ぶ悪戯心の最上位“愉悦”だ。
しかし、チャドはセイの愉悦が何一つ理解できなかった。
一体なにがそんなにも楽しいのだろう。咄嗟の判断で刺されに行く正義のヒーローごっこならまだしも、自ら刺される準備をするなんて、頭がおかしいとしか言えない。
おまけにこの様子を見るに「暴動を起こす」と言った時点で、最初から計画されていたことだ。
「まさか、最初からそのつもりで、ココアのとこ行ったの?」
「それがなに」
当然のように答えたセイに、チャドは呆れたように肩を揺らす。
「お前俺より危険だな。いいよ、上手くやれる自信しかないから」
でも、安心した。
お前はただの真面目な正義くんではない、どちらかというとダークな偽善者の部類だ。
いいね。
いいね、お前。
やるって決めたらやるんだね。
周りを巻き込もうと、自分がどうなろうと、関係ない。
ただ純粋に欲を求めて動けるなんて最高だよ。
チャドのオレンジの目はキラキラとした光に混ざり、黒く淀んだ“欲”で揺らめいていた。
▼▼▼ side:神の監視室 【亜空間】▼▼▼
ここでは、偽物の亜空間で、二人の先生役が亜空間を観測していた。
五年二組の、子供が居ない殺風景な教室。
サラは緑茶をすすり、電子画面を眺めていた。
コウは電子キーボードを叩き、亜空間の情報を操作し続ける。
コウが告げる。
「亜空間リセットする時、できるだけガキたちの近くに居ろよ」
「わかった。ラスボスのハスターちゃんはどう? 見つかった?」
「痕跡はある、もう少し時間くれ」
「うん。明日には終わらせたいな、このゲーム」
「同感」
コウが電子キーボードを叩く度、画面の情報が上書きされていく。
やがて『完了』の文字が浮かぶ。
セイの鍵が、機能を一つ解放した。
神の指先一つで、少しずつ、この亜空間の全貌が明らかになっていく。
「サラ、小物ならセイに渡せるぞ」
サラは画面の奥にいるコウを覗いた。
「俺の鍵は?」
「あー、悪いはしょりすぎた。“セイがあると認識できる物”しかこの世界で作れない」
サラはコウの言葉を理解し、自分の解釈を伝える。
「セイちゃんの『お小遣い』は渡せて、『親の年収』は渡せない?」
「そう」
「じゃあ、天国にある道具は全部ダメだね」
なるほど、セイちゃんが知っている概念や認識をもとに、この世界は作られていると。
「悪い。今“アイツ”とバトってんだわ」
コウの指先は止まることを知らない。
ミス一つで亜空間が大きく歪み、相手に有利な世界が構築される。もはやこれは、チェスの盤面に駒を自由に乗せて動かす、無法地帯の情報戦。
その証拠に。窓の外で、ここにはあるハズもない「東京タワー」と「自由の塔」が面白がるように姿を現し、ノイズと共に消える。
この世界のルールを強引に変えようとした結果だ。
サラは緑茶を啜る。
「コウちゃん楽しそうだね」
「おう、終わったらアイツ牢屋ぶちこめ」
「そのつもり」
冷たく微笑むサラは背もたれに寄りかかり、温くなった緑茶を両手で包んだ。
サラもコウもこの空間に来た瞬間鍵を奪われ、残るはセイが持つ鍵だけ。
また一つ、完了画面が表示され、機能が解放された。
「よし! 音声繋ぐ! 何企んでるか聞こうじゃねぇの」
音声波形が表示された。
次の瞬間、波形が揺らめき、セイの声が流れ出る。
【今から信じられないけど信じてほしいことを言います】
【言ってみろよ、信じるから】
【明日、アンタの妹が死ぬ】
会話の前後がわからず、サラは首をかしげた。
その様子に、コウは眉を下げ「ごめん、巻き戻しはできないわ」と肩をすくめる。
会話を追ううちに、セイの狙いが見えた。
駅のホームで自ら刺され、サラ先生が病院へ駆けつける土台───“舞台装置”を整えようとしていた。
サラは仕方ないなと、短いため息を吐き出す。
次はサラがコウへ、指示を出した。
「電車に乗りたいんだね。コウちゃん、セイちゃんに必要なもの全部与えて欲しい」
サラはセイの決断を肯定する。
もしもここに通話機能があったとしても、サラはセイのやりたいことを優先した。
子供だからこそ、自分の決断により世界が変化する景色を、体験する必要があると考えているためだ。
そんなサラに、コウは頷く。
「任せろ」
コウはセイの言葉を聞きながら、思う。
このガキ、相手が誰であろうと、利用できるモノ全て利用する、利己主義だ。
二人の背後では、掃除用具ロッカーから一人、また一人と、衣服の異なるサラが現れ続けていた。
▼▼▼ side:神の監視室 完 ▼▼▼
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