第12話 すれ違う世界、交わらぬ痛み



 ここは、偽物の世界の『現場』。

 サラによる誘拐事件が始まる前の、偽物だらけの世界。

 この世界を壊すには、神を教室から出さなくてはならない。

 その為に、少年たちは『殺人事件を阻止する』ことにした。



 十二月十八日

【無差別殺害事件当日】

【サラによる誘拐二日前】



「先生さようなら」

「さようなら~!」


 サラが全力で手を振ると、さようならの合図と共に時間が早送りされる。

 時計の針が狂ったように動き出す。人も、太陽も全て、三人の子供を置いて目で追えぬ速さで動く。

 日付は、十二月十八日午後三時半。

 子供たちの現実が、上書きされた。


 気づけば、三人は傘の中に居る。


 バケツをひっくり返したような雨。

 青の混ざった駅前の街並み。

 三人の子供は歩道で並ぶ。

 涼策は車が通る度に跳ねる、水溜まりを眺めていた。

 いつの間にか外にいる。

 動揺で泳ぐ目で、街を見渡す。


「え。えっ? さっき、帰りの会終わったばかりだよね?」


 チャドが答えた。


「ここ亜空間だからね、時間なんてあるようで無いものだよ」


 チャドの言葉にセイが「気にしたら負け」と涼策の肩を叩き、歩みを進めた。

 セイは既に、驚きの現象を散々目にしてきた。

 サラによる誘拐、天国が実在する現実、自称創造神の男と、崩壊した教室。

 相当なことがなければ、これ以上精神を揺さぶられることはないだろう。


 三人は角を曲がる。

 目前に改装されたばかりの真新しい駅が見えた。

 本日は天気予報が大きく外れた大雨。

 道行く人々は皆、傘を持たずに走る。

 中には、きゃーと叫びながら雨に打たれる、男子高校生の集団も居た。

 セイは涼策を見た。


「涼策にお願いがある。電車がつく時間に合わせて、警察を呼んでほしい」

「わかった」

「俺とチャドは、電車で犯人探すから」

「チャドも?」


 涼策は驚いて問い返し、二人を見た。

 チャドはセイの黒い目を見る。

 目が言っている。

 誤魔化せ、と。

 何が言いたいのか理解し、適切に誤魔化した。


「ココア操って、逃げさせる。ケガさせるわけにはいかないってさ」

「洗脳するんだね! わかった、ココアを止めてね、あの人強いから」

「知ってるよ見てたし」


 それじゃあ後でね。

 涼策は手を振り、真っ直ぐ交番の方角へ向かう。

 その様子に、セイは胸を撫で下ろした。

 これで涼策は安全だ。

 間違いなく、俺達の中で一番か弱いのは、涼策だから。

 ふと、セイは違和感を覚えポケットをまさぐる。


『交通IC』

『五百円玉』


 あれ? なんで?

 いつの間にか入っていた。

 用意した覚えも、家の机から取り出した記憶もない。

 そういえばお金のことをなんも考えていなかった。助かった。

 チャドはセイの手元にある、緑のカードを見る。


「電車のカードじゃん、あるんだねこっちも。あれ俺、お金もなんも持ってない……?」

「いいよ、払う」

「貸し?」

「あげる」

「ゲジー」


 セイはチャドへ五百円玉を渡す。

 二人は入り口に到着し、傘を畳んだ。

 チャドは改札手前の切符売場へ迷いなく向かい、セイから金額と駅名を聞き出すと、難なく購入完了。

 セイはチャドと共に改札を通ると、目的の電車アナウンスが響く。

 ふと、チャドが問う。


「ねぇ、あのヤンキー、どうやって知り合ったの? 明らか子供とか嫌いじゃん、妹しか見てないし」


 セイは答えた。


「知る必要ないよ」


 セイは『答えない』と答えた。

 だが、セイは別の答えをチャドへ告げる。


「でもね、ココアは俺のこと嫌いだよ」


 キラリと、緑の目に覚悟が宿る。

 セイは何か言っていたが、電車が過ぎ去る音で、声が書き消されてしまった。

 もう一度この駅に戻る頃には、ココアが率いる不良集団で溢れた、衝撃的な現場となるだろう。

 二人はいつもの通学のように、開かれた扉へ足を進める。



▼▼▼ side:炎の魔女 【過去】▼▼▼



 これは、ココアの現実世界での過去話だ。



 黒髪の少女『ココア』は、荒んでいた。

 学校では牛乳を投げられ、家では父が酒の缶を投げ、公園のトイレでは名前も知らない男性から金を投げつけられる。

 それでも、こんな日々でも、私を現実に繋ぎ止めてくれる存在が居た。

 一個下の妹は、姉と共に現実に抗い、日々勉強をして知識と成績を蓄えていた。


 妹の、支えになる。


 これがココアが見い出した、未来への希望だった。




 その日も、いつものように公園のトイレから出ると、砂場で緑の稲妻が輝く。

 何事だと見れば、小さな少年の周りで、稲妻が少年を守るように走っていた。

───魔法だ。私と同じだ。

 そう期待してココアは少年に声をかけたが、少年の頭には角があり、人間とはかけはなれた容姿だった。


「こんな時間に、どうしたの?」


 少年は、砂場の上で、膝を抱えながら告げる。


「家に帰りたくない」


 ココアは砂場の囲いに腰かけ、少年の事情を聞いた。


「家に帰ったって、どうせ、俺、電気止められない」


 今は力が出ていないが、意図的に止めている訳ではない。いずれまた暴発するだろう。

 ココアは少年を呼ぶことにした。

 

「……私ね、私の他に魔力を使える子を探してる。きっと、私たちみたいに居場所がないから」


 少年は顔を上げ、涙で腫れた目をココアへ向けた。その目は緑の光をほのかに宿していたが、すっと、消え去っていく。


「今、廃墟を秘密基地にしてて、めんどくさい不良どもばかりだけど、集まってきてる」


 私はこの世界では、不必要な存在だ。

 でも、できるのなら、もっといいものにしたい。

 

「どうかな? 行ってみる?」


 少年は静かに頷いた。



 廃墟についた。

 すかし、少年は突然泣き出した。理由を聞くと「家に帰りたい」だそうで。

 ココアの中で、少年へ抱いていた『仲間意識』がこの時崩壊した。彼女の中で慈しみの心が反転し、猛烈な嫉妬による『怒り』が生まれた。

 ココアは少年の腹を蹴り飛ばす。

 転んだ少年は、涙が溢れる目でココアを見上げ、逃げるように走り去っていく。



 後日。

 ココアは駅前の交番で少年を見つけた。

 なにやら警察官と少年が話をしている。一見ありえる光景だが、少年は親しみに溢れた笑顔を警察官へ向けていた。

 ココアは迷い無く交番へ足を進めると、こんな言葉が耳にはいる。 


「プリン四個がいい! 俺三個ね」


 少年の言葉に警察官は「父さんの分は?」と、どこか悲しそうで、どこか甘い声で聞き返した。


 なんだ、お前、居場所があるんじゃん。

 だったら、二度と来ないで。

 あんたと私は、生きてる世界が違うんだから。




▼▼▼ side:炎の魔女 ▼▼▼ 第二の回想 完。




毎週水土21時33分投稿

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均衡機関バッグラドグラ ~記憶を奪われた悪魔の少年~ みずしろ @midushirooo

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