第10話 魔女を本当の嘘で騙そう
リーダーと呼ばれた彼女の名前は、伊豆心愛(イズ ココア)。
セイがかつて夜の公園で出会った少女は、まるで別人のように成長した。
チャドは「ヒトの名前を笑うのは一番失礼だよね」と普段考えていたが、この時ばかりは体が震え、笑いを堪えるので精一杯だった。
セイが汗を滲ませ叫ぶ。
「ねぇヤンキーモードやめて! 俺三日先の未来から来たの!」
「全部避けきったら聞いてやるよッ!!」
廃墟の床が黒焦げになり、炎弾が飛ぶ。
炎の玉が一つ、涼策に迫る。
チャドは掌をかざし、水の壁で受け止めた。
蒸気が立ちこめ、視界が白く濁る。
涼策がチャドへ小さな拍手を送る合間も、セイは迫真迫る表情で、軽やかに逃げていた。
チャドが言った。
「てかアイツ避けるの上手いな」
「ココアに鍛えられてるから」
ふいに、ココアは動きを止める。
翳した掌の上で炎が火花を散らし、パチパチと、か弱い光しか出せなくなってしまった。
ガス
ココアは舌打ちをしながら、荒々しく両手をポケットにしまう。
「はぁ……で? なに?」
ようやく、話を聞いてくれるらしい。
ココアはベッドにどかりと腰掛け、セイは床に正座をし手を揃えた。
その光景は、まさに親分と子分。
チャドと涼策は変わらず、廊下から二人を観察していた。セイは二人をちらと見てこちらへ来る勇気は無いのかと、残念な気持ちで肩を落とす。
セイから話を聞いたココアは、胡座をかいた足を入れ替えた。
「明日、私の妹が死ぬから、仲間全員駅で待機して、暴動起こせ、って?」
「ハイ! そうです!」
ココアは目を細め、髪の毛先を指でいじる。
「必要ないわ、家にいろって言えばいいんだから。それに電車止めるとか前科つくかもだし」
ココアの至極当然な反応に、涼策とチャドはセイの背中を見て思う。
『ほらこうなった!』
『ほら暴動なんて無謀すぎる』
正論で返されたセイは、じっと、ココアの目を見続けた。
わかってる。ココアが俺の言うとおりに動いてくれないことなんて。
セイの予想に反し、ココアは次を促す。
「他は?」
「え」
ココアは眉を寄せながら、セイから視線をそらさず続けた。
「他に何かある気がした」
信頼の言葉だ。
セイ自身驚き、床に垂れた尻尾が天井を向く。
ココアが俺を信じてくれたなんて、どうしたんだろう! いつもは『来るんじゃねぇよ』って突き放してきたり、『お前火傷すぐ治るよな? 練習付き合え』ってサンドバッグにしてくるのに!
でも、よかった。ココアに少しでも信頼されているって、今わかったから。
チャドは思う。
ヤンキーって、友達認定したヤツの言葉は聞くし、格下でも仲間認定したヤツが困ってたら、無条件に助けるよね。
今回、セイの場合は後者だ。ココアは格下の子供であろうと、仲間と認定すれば手を差し伸べる、姉御肌の少女だった。
セイは事実を伝える。
「先生が、俺のとこまで叱りに来ることをしないといけない」
「は?」
ココアは首をかしげた。
叱られたくない、ならわかる。しかし、自ら叱られにいこうとしているなんて、変だ。
セイは、思いきって全部伝えることにした。
ただし、ほんの少しの嘘を混ぜて。
「今ね、俺たちの先生が教室に幽閉されてる。先生が外に出るには、俺らが外で危険なことしないといけない」
ココアは手でセイを制した。
「まってどういうこと? 幽閉? ただの事件じゃんか」
「確かに」
「警察呼べよ」
「あー……えっと……」
セイは頭を抱えた。さてどこまでを話し、どう伝えたらいいんだろう?
チャドはセイが説明に悩んでいることなどわかりきっていたが、あえて放置した。セイがどれだけ上手く説明できるかで、知能を把握したい。
だって俺、バカなやつの言うこと聞きたくないもん。
セイは言葉を固めた。
まずは、ココアへ聞かなくてはならない。
「相手は魔法使いだった。俺の角と尻尾、魔法で隠すぐらい、強い」
ココアの胸が一つ大きく弾け、一筋の光で照らされた。
「私たちの仲間?!」
「敵だよ。俺もココアの妹も狙われてるんだから」
「そっか、なんだ」
「“先生”が、俺達の仲間だった。でも、すんごく強い魔法を使えるから、逆に封印されちゃって」
セイは嘘の中に真実を混ぜて伝える。
本当は、コウは自称神で、サラも多分神様。けれど仲間かどうかの証拠も無く、この偽物の世界で『先生役』を強引に与えられた。
先生だから、授業中は教室から出られない。
先生だから、神としての力を制限されている。
そして俺は、通っていた学校を真似た“三日前の偽物の世界”に居る。
「俺だけ飛ばされたんだ、過去に」
ココアは腕を組み、セイの言葉を思い出す。
『三日先の未来から来たの!』
なるほど、そういうことか。
「だから、ココア、助けてほしい」
ココアはベッドを軋ませ立ち上がると、セイの隣で、どかりと胡座をかく。
二人は初めて、対等に並び意識を一つに固めた。
「わかった」
ココアは正直、話の全部を理解できていない。けれども妹を助けられるのなら、説明なんてどうでもいい。
たった一言に籠められた、セイへの圧倒的な信頼の意思。
セイは尻尾がゆらりと揺れ、嬉しさで全身の緊張がほぐれる。
「アイツ平気で」
「チャド、しッ」
アイツ平気で嘘つきまくった!
話の流れが破綻していない嘘。あれだけの言葉をすぐに出せるヤツは、嘘に慣れてるか、頭が回るかのどちらかだ。
どちらにせよ、セイはバカではない。
あんな嘘だらけの薬を信じて飲ませるなんて、いいね、面白かったよ今の。
ココアはセイへ、作戦を聞き出した。
「んでどうすればいいの、わたしは」
待っていましたと、セイは悪戯心満載な悪い笑顔を見せた。
間違いない、これで完璧だ。
あとは、俺が最後に“犯人の元へ行けばいい”。
「駅のホームで、リーダーは待機してて欲しい。犯人が動いたらリーダーが捕まえて、仲間と全員で犯人を抑えて。リーダーならいけると思う」
ココアは顎を押さえるように口に手を添え、考え込む。
彼女の目は、もう完全に“戦う人のそれ”だった。
「犯人の獲物は?」
「ナイフみたいなもの」
「じゃあ、正当防衛だな」
にやにやと、ココアは場面を想像し楽しそうに頬を上げる。
その様子に涼策は目線をそらし、内心『やっぱりここ嫌』と、今すぐ帰りたい気持ちで溢れる。
ココアは疑問が浮かび、セイに問う。
「お前、事件のこと詳しく覚えてんの?」
「なんか嫌に覚えちゃって……」
「あーね」
ココアは雑に流した。
多分セイにとっては、こびりついて離れない記憶になってしまったんだ。
深掘りしないで頷いておこう。
ココアが聞いた。
「んでどの駅だよ」
チャドは二人が作戦を組み立てようとしていることに気づき、間にはいるため動き出す。
「ねぇセイ、現場は駅のホーム?」
「うん」
「駅は大きい? 近くに交番はある? 一個先の駅って過疎地?」
チャドはセイの隣にならんで胡座をかくと、セイは質問に一つ一つ答えた。
「駅は、うん、近くにビルあるから大きいと思う。交番もあるよ。一個先は……田んぼと森しか無いとこだったような」
なるほど。それだけあれば行動が読める。
「じゃあ、その電車の一個前から乗って探さないとね。犯人の動き知らないけど、俺なら乗り換え時間狙って、乗る直前に目的刺して、車掌脅してでも逃げるよ。犯人もそうやって逃亡したんじゃない?」
「確かそうですね」
チャドの推理に、ココアはセイを見ながら、チャドを指差す。
「こいつなに? やべぇよ犯人の思考読めるのは本来の意味でやべぇ……」
ココアはチャドの推測通り、セイよりも知能が劣る。その分勘が鋭く、本当の危機を感じとれば、すぐさま回避することができた。
ココアの勘は当たっている。指を指している少年の正体は、黒山羊の悪魔だ。
怯えるココアに対し、セイは過去の行動を伝える。
「チャドはね、ルール知らないゲームに呼んで、初心者潰しする外道だよ」
「ねぇひどい! 事実だけど」
ココアはセイのために伝えた。
「セイ、こいつと関わらない方がいい、私よりヤバイ」
「本人いますけど」
「知ってる、今は役に立つから一緒にいるだけ」
「本人ここにいますけど」
ココアもセイも、チャドに対してはあえて冷たく接した。
ココアはセイを見た。相変わらず小さな子供だ、こんなちんちくりんなのに、気づけば私の炎も攻撃も、全て避けられてしまった。
もし、私と同い年であれば、誰よりも頼りになる男になっていただろう。
「……そっか。お前、本気か。わかった、明日な、準備しとく」
「やめて何も持たないで。凶器持ってたら同罪になっちゃうから」
「そっか」
チャドは今までの話を、ココアへ向けてまとめた。
「ココアさんとセイは、現場の一つ前の駅で合流、ここで犯人を見つけ出す。お仲間は現場で待機」
セイは目を見開く。
すごい! 簡単にまとめてくれてる!
「現場駅のホームで扉が開いたら、ココアさんが犯人を拘束。仲間はココアさんが捕まえたヒトを共に動きを封じればいい」
セイはチャドへ拍手を送る。
「以上。ご清聴ありがとうございました」
ココアは、居心地の悪い恥ずかしさを抱いた。
三人はココアの部屋から離れ、この日は解散することになった。
セイは響く廊下で、最後の用件を伝える。
「じゃあ俺後でメールするね! 駅で待ってるからね!」
「おー」
ベッドから片腕が上がり、了承を得た。
立ち去る瞬間、冬の夜風が三人の背中を押す。
毎週水土21時33分投稿
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