第8話 蘇る記憶、駅での惨劇



 セイたちはこの歪な世界を壊すために、各教室からヒントを見つけ出した。


 音楽室、図書室、理科室、保健室、体育館、それぞれ一枚ずつ見つけた、ヒントの紙。

 三人は空き教室の床に、紙を五枚並べる。


『雨』『日付』『名前』『傘』『駅』


 チャドは図書室から借りた漫画を読み終えると、涼策が抱えた漫画の上に最後の一冊を乗せた。


「面白かった!」

「面白かったでしょ!」

「俺コイツ好き」


 腕を伸ばしとあるページを開くと、このキャラクターだと指で見せつけた。

 涼策はパッと笑顔を咲かせ、チャドに肩を寄せると「さすがはチャドさ~ん!」喜びが溢れて仕方がないと体重を預ける。

 セイは二人の会話には入れないと判断し、紙を見る。

 床に並んだ五枚の紙。手書きの文字は不馴れな姿で、まるで『小学一年生が頑張って書いたような』幼さを感じた。


 雨は、まぁ雨でしかない。

 名前は、とくに思い当たることはない。

 日付は、今日はサラに誘拐される三日前ってことは確実だ。

 傘? 駅? そういえば、明日は父さんへ傘を届けに駅へ向かった。


 ───蓋を開くように、記憶が再生された。


 いつもなら父さんを改札前で待ってる。

 でも、その日は駅のホームまで突撃した。

 隣駅のアイオンモールにどうしても行きたくて、涼策誘って、強引にでもゲーセンへ行きたかった。


 涼策は、セイの黒い目をジッと眺める。

 涼策はセイが黒板の日付を見てから、そして、ヒントの紙を探し始めてからの行動を、注意深く観察していた。

 彼は三日後の世界から戻ってきたらしく、この後起こる三日間を思い出そうとしている。


「ねぇ、三日間なにがおこるか思い出せた? 三日後から来た未来人セイよ」


 チャドがぽつりと「映画のタイトルっぽい」と呟くと、思い付いたセイは涼策とふざけだす。


「青春系映画のCMあるある」

「男子高校生数人と、美少女一人!」

「走り出すヒロイン!」

「蝉の音と入道雲のワンカット!」

「この夏、一番の青春物語……」

「さんみら!」

「最高~ッ!」


 セイと涼策は肩を組み、見えないカメラを手にしたチャドへ手を全力で振り返した。

 チャドは暇だし、二人は楽しそうだし、推理でもしようかと文字を見る。

 言葉遊びかと思ったがそれとは関係なさそうだ。頭文字をとっても、聞いたことのない単語になってしまう。

 セイは肩を組むのをやめ、代わりに腕を組む。


「真剣に思いだすわ、まってね」

「俺らのクラスに美少女居た?」

「やめなさいそんなこと言うのは」


 セイはこの三日間なにがあったかをもう一度振り替える。


「今日は、ご覧の通り、大雨。三日前でしょ?」


 ガラスの向こうは、滝のような土砂降りの大雨だった。

 ほんの一時間前は校庭で遊べるほどの快晴だったが、今では空は紺に染まり、ガラスが照明を反射するほど薄暗い。

 ふと。


 ──ざあああ。

 耳の奥で響く音、混乱の騒音。

 名前を叫ぶ、父親の声。


 セイの脳裏で、事件現場の記憶がフラッシュバックする。


 うるさいほどの雨音と悲鳴。

 父親から強引に腕を引っ張られた視界。

 背後で赤に染まっていく、制服。


「ああ、そういえば明日、駅で知り合いの女子高生が殺される日だ」


 まるで明日の天気を告げるように、セイは殺人事件のことをようやく思い出した。

 セイの発言に、涼策は一瞬動きを止め、背筋が飛ぶように伸びる。


「エッなんでそんな大事なこと忘れてたんだよ?!」

「色々あったの! 誘拐されたり天国で天使が居たり! SFな電子画面があったり!」

「えっえっなにそれなにそれ」

「でしょ?! そうなるよね」


 セイは笑って返した。

 しかし、心は笑っていなかった。

 涼策はセイにたくさん聞き出したいことがあったが、今は触れないでおいた。


「それは忘れるわ……なのに事件なんて、思い出したくないよね」


 セイはこの三日間何があったのか、一つでも思い出せば次から次へと鮮明な記憶が溢れてくる。

 心配する涼策に、セイは大丈夫だと朗らかな笑みを見せた。


「大丈夫。明日のこと話すね」


 しかし、記憶が鮮明になればなるほど、この後の悲劇に胸が苦しみを覚える。


「明日、近所の駅で殺される。俺と涼策は一緒に居て、目の前で殺された」


 自分で話しているのに自分が驚いてしまった。

 どうして忘れていたんだ、こんな大事なこと。

 涼策は視線を左右に揺らす。セイを疑うつもりはないが、この数時間あまりに現実離れした現象しか起こっていない。

 まるで夢を見ているようだ。

 チャドはセイへ問う。


「先生は来た?」

「警察の出番」

「ほどほどの騒動って難しいな」


 チャドはゆらゆらと体を揺らし、二人に問う。


「この世界ってさ、監視カメラある?」


 この世界の科学力は把握しきれていないけど、映画の知識があるなら監視カメラの技術もあるハズ。

 セイが答えた。


「あるけど」


 それなりに発展している世界なら、連絡手段に『通信機器』があるのは間違いない。


「じゃあ、物でも盗んで補導されるほうが、手っ取り早いんじゃない? 先生間違いなく来るし、一番リスクが低いし簡単だよ」


 チャドの発言にセイは顔を歪めたが、涼策は真面目に応えた。


「アリだとおもう。先生二人を『役』のまま外へ出すなら、それが早いんじゃないかな」


 セイに、電撃のような衝撃が走る。


「涼策お前だけは俺の味方だと思ってたのに!」

「俺はいつだって安全を選びます」


 チャドは涼策の言葉に「ほら、友達も賛成だってさ」と尻尾を揺らして誘う。

 多数決で負けたセイはぶつぶつと反対意見を並べ、しょげた尻尾がたらりと床に落ちた。


「盗みなんてここがどこだろうとダサいって……もっと大きなことして目立つ方がいいって……」


 ふと。

 考えが、ぱちんと音を立て降りてきた。

 セイはパッと顔をあげ、チャドへ明るい笑顔と真っ白な犬歯を見せつけた。その笑顔はまるで、火遊びを楽しむ危険な笑顔。

 そうじゃん、お前は洗脳ができるんだよね?


「盗みなんかでサラを呼びたくない。“大勢に暴動”起こして来てもらうのが、やっぱり一番だよ。お前の魔術で!」


 チャドの背が後ろへ傾き、耳がイカのように下がった。


「なに言ってんのお前ヤベーな無理だし二人が限界だし」

「二人もいけるなら大丈夫だよ!」

「さっきも言ったけど、俺は女性しか操れないんだよ?」

「大丈夫だよ相手は女性だから」


 決断したセイは誰も止められない。これが最善だと判断すれば、周囲を巻き込み行動するのが彼の強みであり弱みだった。

 セイは紙を集め、立ち上がる。

 気乗りしないチャドと涼策は、顔を合わせた。


「涼策さんよ、セイっていつもあんなん?」

「いつもあんなんです」

「強引すぎない?」

「行動力の塊だからあの人」

「そっか。そっか~」


 なら仕方ない特別だ。今回はセイに乗ってあげよう。

 二人は本を抱え、セイの背中を追った。

 その背は、曲がらない決意でピンと伸びていた。



 セイの記憶の底で。

 雷の音と、炎の暖かさが混ざる。



毎週水土21時33分投稿

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