第6-3話 世界崩壊の授業 ③信じることを選ぶ理由
視界が揺れる。なんでこうなったんだろう。
もしかして。俺が、誰かを殺したから?
その不安を、サラは宥める。
「大丈夫、セイちゃんはどうやっても死ねない。俺と結んだ“一週間天国にいる約束”が切れなきゃ、体は奪えないからね」
「でも、サラがここにいるってことは、その神のほうが強いんじゃないの?」
サラは喉奥を鳴らした。
「ふふ。あの子が、“ニャルちゃん”が俺に勝てるわけ無いよ。強かったら、こんな回りくどいことしない」
知り合い、なのかな。
サラは誰にでも「ちゃん」をつけるからどこまでの知り合いか分からないけれど。
サラからは、圧倒的な“余裕の笑顔”を感じた。
「なら、大丈夫?」
「大丈夫」
サラは続ける。
「けれど、何がおこるかは俺ですら分からないから、気をつけておいて」
思考する。
サラとコウによれば、俺は魂が悪魔で、体は人間。
そんな俺は、神様がほしがるほど珍しい存在。
ねぇ。サラが天国へ連れてきた理由って、これ?
話題を変えるように、教室の前扉がガラコロゆっくりと開かれた。
コウがひょこりと、顔を覗かせる。
何で来たんだよ来るなよ。
だが、コウは優しい目線を俺に向けていた。
「殺される前に出る、これだけ考えろ。お前の存在が、この世界の原因と言ってもいいんだからな」
そんな最中、セイの目前にいた涼策はうつ向き、思考を巡らせていた。
昨日の記憶をなにも思い出せない。自分の記憶も曖昧で、感情すら薄い。
だが、これだけはハッキリとわかってる。
『セイは親友だ』
やがて涼策はセイと目を合わせた。
「セイ、俺、お前の親友だからね」
「……うん」
「なにがあっても、お前が悪魔だろうと、親友だから」
「うん、当たり前じゃん」
目の前にいる涼策も、偽物だった。
けれど涼策は涼策だ。今もこうして涼策と話せている。
窓の外では、爽やかな晴れた日差しが差し込む。
吐き出す息は白いが、机を照らす光は暖かい。
きっとこれすら偽物だ。
けれど、感情は本物だ。
「涼策、俺ね、今日、木を全部燃やしたんだ学校の」
セイは本物の涼策と話すように、軽やかな笑顔で日常を送ろうとした。
現実逃避だった。これ以上は、壊れる気がした。
そんなセイに涼策は勘づき、あえてふざけ、空気を変える。
「やば! 火事じゃん! それ大丈夫? 放火って罪重いらしいよ」
「うわやっべほんとそれまじ? まぁまぁまぁ、俺にはね、最強の法、警視監のじいちゃんが居るから」
「証拠隠滅してくれそう?」
「んー、無理!」
セイは顔を伏せ、頭を抱えた。
そうじゃん、俺捕まるかもしれない。あのじいちゃんが権力を使って隠蔽なんて、絶対してくれない。
「おれのじんせいおわったかもしれない」
静まり返った教室で、サラはセイの隣に並び背中を押した。
「終わらせないよ、俺たちが」
サラの力強い覚悟の言葉に、涼策はセイの顔を覗き込みながら犬歯を見せ笑う。
「法律と神様なら、神様の方が強くない?」
「そ……そうかも」
セイが顔をあげると、サラはしゃがみ、二人と目線を合わせた。
コウは教壇の後ろで椅子を手に取ると、三人の元へ向かい「わかってくれてなにより」と腰かける。
セイはコウから目をそらし、隣のサラを見た。
「セイちゃん、ここから出るために協力してほしいな」
サラが言う。
「涼策ちゃん、そこの窓で隠れてるチャドちゃんにも、お願いがある」
サラは窓からこちらをうかがう悪魔に視線を向け、手で招いた。
上の階から眺めていたチャドは、一瞬目をそらしたが、意を決して窓枠から飛び込む。
三人の子供が並んだところで、サラが口を動かした。
「神が作ったこの世界を、一緒に壊して欲しい」
サラの言葉に、セイは深く頷いた。
まだ内容なんて知らないけど、任せてよ。
サラからのお願いだったら、俺、ある程度は聞くよ。ある程度だからね?
十二月十七日・午前
【サラによる誘拐三日前】
十二月十七日は、俺があの火事を起こす三日前。
ここは俺の記憶から作られた世界で、全部偽物だった。
五人しかいない教室。
ストーブの音が冬の教室を満たすも、吐き出す息は白く、空気が暖まる気配など一切無い。
コウはストーブに手を翳しながら、椅子の背もたれを腹で抱え座り、子供たちへ向けた説明を述べた。
「ここは『ロールプレイングゲーム』だ。俺たちは教師役、神としての力も制限されてる」
コウが指を鳴らした。
しかし、何も起きなかった。
サラがコウの説明を補う。
「生徒の君達は自由に動ける。これが世界を壊す“鍵”なのは、間違いないだろう」
「セイ、チャド、お前らは魔力も魔術も使えるだろ?」
チャドが試しに掌を開くと、水がぷかりと現れた。
光を反射し、シャボン玉のように浮かぶ。
パチン。
弾けた水は氷の粒となり、机の上にぱらぱらと散らばった。
現実離れした現象を当たり前のようにこなすチャドに、涼策とセイは目を輝かせる。
「それ魔法?!」
「いいな、いいなぁ」
チャドは、呆れ混じりに息を吐き出した。
「誰だってできるよ」
セイも涼策もそんなことすら知らないのか。
涼策は人間だからいいとして、悪魔であろうセイすら知らないなんて。
そんな彼は、コウとサラによる授業を聞いていなかった。
サラは席に戻ると、チャドへ聞く。
「チャドちゃん、可能な限りできることを教えて、大雑把でいいよ」
「俺の能力は“水”、特技は“洗脳魔術”です」
チャドの言葉に、空気がぴんと張る。
セイは『洗脳』という言葉が、やけに脳を刺激した。
どこかで聞いたことのある単語ではあるが、詳しい意味まではわからない。
でも。
「怪しい」
洗脳という言葉が、危険な意味であることだけは分かっている。
ふふんと、チャドは誇らしそうに胸を張った。
「まぁ、“洗脳”は悪魔の中でもそう使えないからね」
「お前俺に使った?」
「俺のは女の子限定なの。相手の好意を増大させる魔術だからね、いいなと思った子にしかガンガン使わない!」
「使ったんだ?」
「それが?」
チャドはあっけらかんと答えていた。
「最低だコイツ刺されろコイツ」
サラは「ありがとう」と切り上げ、腕を組みながら机上の虚空を見つめる。
何か考え事をしているらしい。
コウは思考するサラの代わりに続ける。
「ここはルールに則って作られた空間だ。神の頭が処理落ちするようなバグを発生させて、その隙に逃げるのが一番早い」
「君達にはまず、“先生が学校の外へ出るほど”の大問題を起こしてほしい」
二人の先生役から託された使命。
セイは首をかしげ、「はい」と軽く手を上げた。
コウがどうぞ、と手先を向ける。
「ここって、本物の三日間じゃなくて、“再生”された三日前?」
「そうだ。セイの記憶から作り上げた、台本のある世界」
コウはもう少し説明した方がいいと判断し、セイへ問いかける。
「お前の担任、授業中に学校の外で飯食うか?」
「食べない」
「俺らも自由に外には行けないんだ」
サラは立ち上がると、勢いよく教室の扉へ走り出す。
開かれた空間を、肘でどついた。
ドン!
「授業中はこうなるの。コウちゃん!」
呼ばれたコウは、サラへ指示を出す。
「サラ、プリントでも持ってこい」
サラは平然と教室から飛び出し、部屋の外から手を振った。
授業中に先生は外へ出られない。
だが、“理由があれば”外へ出られる。
「だから、先生が来れるほどの大問題起こせ、ね。わかった俺」
セイは考えた。
なるほど。先生が学校の外に出るなんて、ただの騒ぎじゃ足りないね。
でも、俺の知り合いならできるのでは?
セイは何食わぬ顔で口を動かした。
「暴動起こす?」
セイはほんの少し笑っていた。楽しいことでも思いついたかのか、尻尾まで上機嫌に揺らして。
セイの言葉に、チャドは顔をひきつらせ、耳を後ろへ下げる。
「……なにを言ってるのでしょうこの子は」
涼策が答えた。
「チャド、これがセイだよ」
「なるほど」
「納得するな」
小さな会話が生まれたところで、サラはコウを見た。
コウはこれ以上説明する気はないらしい。
その時。
鐘がなる。休み時間だ。
「俺もコウちゃんも教室にいるから、好きに動いてね」
「わかった。好きに動く」
好きに動け、ね。
行き先は決まってる。こんな変な世界だ、まずは身近なところを確認したい。
セイが立ち上がると、涼策とチャドも腰をあげる。
「とりあえず学校一周しよ、記憶と違うところが無いか見てみたい」
セイの目前でコウが「アリだ。よろしく」と手を振った。
コウは傲慢ではあるが、誰であろうと良い案であれば肯定し、意見があれば、一度は耳を傾ける。
三人は教室の前扉へ足を進め、先生たちへ各々挨拶を行った。
「じゃあねサラ」
「じゃあね先生たち」
「失礼します、サラ様、コウ様「」
廊下に出た直後。
涼策はじぃ、とチャドの“黒い目”を隣で眺めた。自分と背丈の変わらない普通の人間の少年。衣服は私立に通っていそうなシャツとズボンだが、同じ学校の同級生だ。
「チャドが礼儀正しいの、なんか似合わない」
「どうも。俺こう見えて優等生だから」
涼策、セイの順でチャドを茶化した。
「どこが~?」
「ぜったい自称~」
「ここが地獄だったらお前ら潰してやるよ」
毎週水土21時33分投稿
ここまで読んでいただきありがとうございます!
もし質問あればコメントでなんなりと!
「この設定の詳細聞きたい」があればコウさんかサラ様がお答えします!
「このシーンの〇〇何考えてた?」があればキャラ本人がお答えします!
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