第6-2話 世界崩壊の授業 ②記憶から作られた世界


 冷たい冬風が、窓を揺らした。

 けれど、寒くなんてない。

 吐き出す息は白かった。

 まるで霧のように実体が無く、とってつけたような冬が、この教室を包んでいた。

 教室は、サラ、コウ、セイ、そして、涼策の四名だけ。

 サラが、口を開く。


「ここから出る方法はある。その為に、少しの間、俺の授業を聞いてみてよ」


 静寂の教室では、誰かの呼吸音しか聞こえない。

 サラの目は、相変わらず優しさが滲み出ていた。

 セイはがらんどうの教室を眺めた。空席だらけの椅子が、心をざわつかせる。

 諦めたように頷く。



「セイちゃん、“魂”って知ってる?」

「そんなのいい、ここからどうやってでるの?」

「どんなもの?」


 言葉を詰まった。

 そう言われると、難しい。


「えっと……俺の記憶とかの、塊」

「そうだ。魂は実在する」


 ぽかんと、口が開いた。


「せっかくだ。魂を見せてあげよう」


 サラは手を翳す。

 空気が、震えた。

 教室の温度が一気に上がると。


 ──青白い灯火が、ぼわっと現れた。


 肺の奥が熱くなり、息を呑む。

 ちかちかと燃える灯火。火は景色をほのかな青に染め上げ、教室を一瞬にして「神聖な場所」へ塗り替えた。

 光は眩しいのに、心地のよい輝きだった。

 直感で理解する。


 あの炎が“魂”であると。


「魂には実体がある。それを凝縮したものが、《魂鉱(こんこう)》だ」


 炎を見ただけで、サラも『神』であることを本能的に察した。

 魂は実在すると、嫌でも思い知る。


 サラは拳を作ると、しゅぽんと、軽やかな音と共に光が消えた。


「魂には種類があってね、種族によって形が違うんだ」


 サラが、目を輝かせ告げる。


「セイ・カボルト! 君は人間でありながら、悪魔の魂を完全に完璧に扱える、神話史上初の存在!」


 空虚の教室。

 涼策の視線だけが、セイへ突き刺さっていた。



 尻尾がうるさく揺れ、ばたんばたんと当たる音が、俺の怒りを代弁していた。


「それで? 犯人はコウ?」


 立ち上がったコウは、手元のチョークを握り締めた。

 明らかな殺意を持って、それを投げ飛ばす。


「んだとこの生意気なッ!」


 投げられたチョークは肩を霞め、彼は余裕でかわした。

 コウからの挑戦状にセイは椅子から立ち上がると、ランドセルを腹側で背負い、臨戦態勢となる。


「サラが親切丁寧段階を踏んで教えてやってんのによぉ!!」

「チョーク投げるとか昭和の教師か」

「俺は俺だ教師になった覚えはねぇ!」

「コウちゃん、廊下」


 コウは廊下に立ち、爽やかな青空を眺めた。

 サラ先生の授業は続く。


「この学校は、神が作り上げた偽物の世界。セイちゃん、君のを狙ってる。自分がどれだけ珍しいかは、わかった?」


 臨戦態勢は、まだ解除しない。


「そこはわかったよ、だいたいは。だから俺、角も尻尾もあるんだね」

「そう。飲み込み早いね」

「だって、見るからにそうじゃん俺」

 

 直後、声のトーンが一つ落ちる。


「そのおかげで、君は“殺される”。体を奪われるだろう」


 音が、止まる。教室の空気が凍りつく。

 一瞬、息すら止めた。なのに。


 サラは笑っていた。

 瞳は冷たく、微笑みは柔らかかった。


 頭の中が真っ白になるのを感じながら、無意識に、ランドセルを下ろしていた。


 俺が、殺されるって?


 理屈では理解できたが、感情は追い付かない。

 振り向きながら、サラを見た。

 サラは、信じられる。

 俺を守ってくれたことは、わかっている。

 記憶が無いけれど、俺は何か大変なことをして、天国へ連れてってくれた。

 と思ったら、どうやら他の神様に俺は狙われているらしい。

 不安が全身を駆け巡り、恐怖で視界が揺れた。


「俺、死んじゃう?」




毎週水土21時33分投稿

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