第5-3話ニャルラトホテプの罠 ③三日前に戻された教室


 セイは角を手で覆うように隠す。


 角も尻尾もそのままだ、見られたらまずい。

 てか、チャドの方が見た目悪魔じゃね?


 チャドを見た。

 チャドの目の前で少女が過ぎ去る。背中を目線で追ったが、平然とブランコに乗っていた。

 誰もチャドのことを気にしてない。

 なら、別にいいか。

 そっと角から手を退かして、チャドを見る。


「ねぇチャドこれなに」


 チャドは、少年の腕を掴み、首に鼻を押し付けていた。

 チャドは息を吸い込む。

 獣臭くない香り、柔軟剤の香り。

 そして、人間特有の“臭み”。


「なにしてんだお前ッ?!」


 チャドは少年が「なになになに?!」と悲鳴のように叫んでいても、気にせず嗅ぎ続けていた。

 なんだこいつなんだこいつ。


「ちょっ、離してあげて?!」


 チャドは大人しく指を広げ、解放した。

 足が絡まった低学年男子は、ふらりとよろける。

 驚かせてごめんねと掌を合わせて謝り、チャドを睨み付けた。


「いきなり嗅ぐのは驚くからね!?」

「そらそうだよ」

「じゃあやるなよ怖いなお前」


 チャドは揺れ動く四つ目で俺を見た。


「人間の、臭いしかしない、どうして?」


 動揺、しているように見える真意はわからなかった。

 チャドを睨み付けながら答える。


「うん、学校だよ。人間の」


 すると袖を軽く掴まれ、チャドに誘われた。

 反応を確かめるように、オレンジの目が怪しく揺らめく。

 その光は、夜の獣が狩りを始める直前の輝き。


「人間、一緒に食べない?」


 ぽたり。

 山羊の口から溢れた、透明な液体。

 背筋が震え、尻尾の鱗が逆立つ。冷たい風が体を撫でた感覚に足を一歩下げ、負けないと足を戻した。

 これが悪魔。

 悪魔はやはり人間を食べるらしい。

 けど、俺に聞いてくれるってことは、話ができる相手ではある。さっきゲームしててお前のことは大分わかったつもりだよ。

 首を横に振りながら、答える。


「食べちゃダメ。ここ、確かに俺が通ってる学校だけど、俺たちを見て誰も驚かないなんて、変すぎる」


 足を一歩前へ踏み出す。


「放送だって可笑しい。ゲームだとか言うわけがないし」


 自身と、チャドに、指を向ける。


「俺と、お前と、あとサラの名前が呼ばれたんだよ?」


 チャドは納得する。

 言われてみればそうだ。

 俺の名前を知っているなんて不自然すぎる。


「そう……そうだね。変すぎるよね」


 チャドの観察する様子に胸を撫で下ろし、同じように辺りを見渡した。

 記憶通りの景色。

 同じクラスの子。

 ああよかった、先生も居るし友達だって居る。


 いいや! 騙されるなッ!


 チャドの腕を掴むと、校舎へ引き連れる。

 無理矢理歩かされた彼は首をかしげた。


「何?」

「お前、人間食べそうだから付いてきて」

「よく分かったね」


 声からして本心ではないのだろう。だが念のため、近くにいてもらわなくては不安だ。

 チャドは大人しくついてくれるようで、手を離して向かう。



▼▼▼



 じゅるり。

 俺の隣で、チャドが袖で口元を拭っていた。

 やっぱり食べそうじゃんこいつ。

 そろそろ俺の教室に着く。

 恐る恐る、まるで犯罪でもしでかしたように、ゆっくりと、教室の中へ入っていく。

 ある少年から、声をかけられた。


「セイ! どこ行ってたんだよ俺学校二周したのに」


 名前を呼ばれ思わず頬が上がり、教室の中を走り少年へ飛び付く。


「涼策ーッ!」

「なになになになに?!」


 少年は「戸原涼策(とばら りょうさく)」幼馴染みだ。

 俺と変わらない背丈に、似た雰囲気と似た顔つきをした涼策。

 涼策の肩を掴んで、がくんがくんと頭を上下に動かす。


「涼策、好きなゲームは?!」

「え? 急になに」

「いいから!」


 揺さぶるのを止めた。

 もしも答えられなかったら、目の前にいる涼策は偽物だ。


「ゲットモンスター・レッド」

「涼策だー!」


 ハッと、涼策から離れた。


 教室を見渡す。自身の持ち物を確認する。ランドセルの中から、引き出しの中に、給食袋まで細かく確認する。

 一つだけ、明らかな異変があった。


「おかしい、日にちが違う」


 黒板に書かれた日付は、十二月十七日。


「今日は……二十日。終業式だったのに?」


 涼策は首をかしげる。


「もう帰るの? 体調悪い?」

「探し物」

「あとさ、なんでさ、チャドは教室に入ってこないの?」


 涼策が向けた指の先を見る。

 チャドが扉から顔をひょこりと出し、見知らぬ教室をじっくり観察していた。


「なんで知って……?」

「何が?」


 どうして、チャドのことが分かる。

 なぜ、あの姿を見ても驚かないのか。

 セイは開きかけた口を閉ざす。


「……なんでもない」

「いつもピアノ弾いてるのに、珍しい」


 俺よりチャドのことが詳しいのなら、もしかして。


「チャドの席って、どこだっけ?」

「何言ってんの? お前の二つ隣の、ほら、ここ」


 ロッカーを背に、涼策が手を添えた机を見た。

 おかしい。その席は空いていたのに、知らない机と椅子がある。

 ロッカー側の黒板の張り紙を見ると、やっぱり。


「チャドが、今日の給食当番……」


 異なる日付。増えたチャドの席。給食当番の名前。


 そのまま、背後のロッカーを見渡すと、黒いランドセルが一つ増え、上枠にはチャドの名前シールが張られていた。


 こんなの、絶対絶対、おかしい!


 違和感だらけの教室に走り出した。


「ごめん行ってくる!」

「授業はじまるよ?!」


 教室から一歩飛び出した、その時。

 授業開始の呼鈴が鳴る。

 チャドも周囲を見渡しながら「呼鈴? こっちもそういうのあるんだ」と呟いていた。

 ちくしょう! 授業始まるならもう仕方ない。

 チャドを引き連れて共に自席へ向かう。

 ふいに、涼策が振り向いてきた。

 涼策は俺の前の席だから、いつも何かあれば振り向いて話す。


「なんで帽子取ってんの?」

「今日はずっと取ってたよ」

「アレ、無くなった?」


 涼策は両手の指をピンと立て、頭に添える。

 そういうことかと、理解した。


「多分、涼策は俺とチャドの本当の姿が見えてない。アイツ本当は黒山羊なんだよ」


 二つ隣の席にいるチャドを顎で示すと、涼策は首をかしげた。

 どう見ても、チャドは普通の男の子だ。


「黒山羊さん、って?」


 答えようとした。

 その時、授業開始の鐘が響く。

 三人は背筋を伸ばして、黒板へ視線を向ける。



次回11月8日21時33分

来週から水、土投稿となります。


ここまで読んでいただき本当にありがとうございます!

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