第4話 俺が聖女になるまで 3

 「誰か! 誰か助けて!」


 「へへ、叫んだって無駄だぜ」


 「なんたってここはモンスターが湧いて出てくる魔境だからな」



 おいおい、そんな物騒なところに転移させられたのか、俺は。



 今、俺の目の前では、十代手前の少女が悪漢二人に襲われていた。


 少女は村娘みたいな格好をしていて、肩の辺りまである茶髪とそばかすが特徴的であった。

 悪漢たちはハゲ頭のデブ男と、アフロ頭のガリガリ男である。どちらも剣を腰に携えていて、凶悪な笑みを浮かべていた。


 うわーお、お約束展開ってやつですか。そうですか。


 俺は茂みに隠れて、しばらく様子を見ることにした。


 少女はガリガリ男に腕を掴まれて逃げられない。にしてもこの子、ここが危ない森だってのに、なんで一人でやってきたんだ。

 そう思って少女を観察していると、その子の持ち物と思しき木製の籠から薬草が地面に落ちたところ発見する。


 ......ああ、そういうこと。この森でしか採れない薬草目的みたいな感じか。



 「やめて! 放して!」


 「ちッ。おい、そのガキの口に布でも突っ込んどけ。あんまりうるせぇとモンスターが寄ってきちまう」


 「わかってる。俺が履いてた靴下を突っ込んでやるぜ」


 「ひぃ!」



 ひぃ!

 なんて酷いことする奴なんだ。日本じゃ一発アウトの豚箱行きだぞ。


 すると、俺の脳内に『ガット』という、この状況じゃ聞こえるはずのない効果音みたいなのが響いた。


 なにこの音。


 よくわからないけど、俺はステータスウィンドウを出して確認した。



――――――――――――――――――


■■■ <代償>スキル ■■■

スキル所持者が善人の状態で悪いことをすると強くなるスキル。



〜 悪いこと一覧表 〜


◯脱ぎたての靴下を対象の口の中に押し込む !Get!

【代償】

 靴下

【対価】

 やや強くなる


――――――――――――――――――

 


 うわぁ、なんか増えてる......。“Get”マークって、なにゲットしてんだよ。


 え、これ、あのガリガリ男がやろうとしている行為じゃん。なに、人の悪い行動を見ると項目として増える仕様の?

 しかも【代償】が靴下って。まんまかよ。


 俺がそんなことを考えていたら、ガリガリ男は靴を脱ぎ、靴下を脱いで、それを騒ぐ少女の口の中へ入れようと丸めていた。

 うわ、最悪だ。見ているこっちにまで臭いが漂ってくる汚れ方してるよ......。

 少女も「おえ、おえ」とえずいており、今にも吐きそうな顔をしていた。


 そんな様子を眺めていたら、今度は『テッテレー』という別の効果音が脳内に響いた。


 俺はもう一度ステータスウィンドウを確認する。



――――――――――――――――――


【名前】 クズミ

【性別】 女

【役職】 なし

【強さ】 弱い → 普通 

【スキル】 <代償>

【魔法】<初級・光属性魔法:ピュアキュア>、<神話級・光属性魔法:ゴッドヒール>、<初級・鑑定魔法:ビギナーアナライズ>

【備考】 未使用、不老不死、一日一善しないとアレされる


――――――――――――――――――



 お? 【強さ】が“弱い”から“普通”になったぞ。なんで?


 あと魔法が増えてるな。


 あ、俺わかったわ。


 このステータスウィンドウじゃわからないから、俺は<代償>の文字列をクリックして、別の画面に表示を切り替えた。



――――――――――――――――――


■■■ <代償>スキル ■■■

スキル所持者が善人の状態で悪いことをすると強くなるスキル。



〜 悪いこと一覧表 〜


◯困っている人を助けない !Clear!

【代償】

 道徳

【対価】

 少しだけ強くなる、<初級・鑑定魔法:ビギナーアナライズ>


――――――――――――――――――



 ほら。

 やっぱ<代償>スキルが関係してたよ。


 この頭おかしいスキルはまだちゃんと考察できてないから謎だらけだけど、絶対関係してると思ったよ。


 えっと、この“Clear”というアイコンが付いているのが関係しているのか。

 【代償】は道徳と書いているが、今のところ俺の身体に異変は無い。まぁ、道徳だから、身体に現れるとは思えないけど。


 で、【対価】は少しだけ強くなったことと......新しい魔法が手に入った感じか。


 <鑑定魔法>......そのまんまの意味かな。


 俺はさっそく悪漢たちに対して、<初級・鑑定魔法:ビギナーアナライズ>を使った。



――――――――――――――――――


【名前】 デボ

【性別】 男

【役職】 盗賊

【強さ】 そこまで強くない

【スキル】 なし

【魔法】 なし

【備考】 使用済み、足が臭い、プリン体


――――――――――――――――――


――――――――――――――――――


【名前】 ガリオ

【性別】 男

【役職】 盗賊

【強さ】 中の下

【スキル】 なし

【魔法】 なし

【備考】 使用済み、体脂肪率8%


――――――――――――――――――



 ほんと、クソだよな。このテキトー感ヤバいって。



 備考の“使用済み”ってのがすごく嫌だわ。意味わかるから、こんなの知ってもなんにもならないって。

 まぁ、でもスキルや魔法を持ってないってわかるのは良いよね。安心できる。


 ついでに女の子の方も鑑定しよう。



――――――――――――――――――


【名前】 ロリッタ

【性別】 女

【役職】 村娘

【強さ】 めっぽう弱い

【スキル】 なし

【魔法】 なし

【備考】 使用済み、恋人は近所のボブ


――――――――――――――――――



 「え?! 使用済み?! はやない?!」



 「「「っ?!」」」



 あ、やべ。声出ちゃった。


 茂みに隠れていた俺の方へを見てきた悪漢たち。ただ俺はすぐに隠れたので、姿は見られていない模様。



 「誰だッ!! 出てこい!」


 「聞こえた感じ、女の声だったな」


 「へへ、ならこのガキと一緒に売っ払ってやる」



 ヤバいヤバい。バレちゃってる。


 俺は口元を両手で押さえているが、今更何したって遅い。


 デブ男の方が俺の方へ身長に近づいてきた。



 「どうしよう、走って逃げるか......」



 いや、無理だ。


 今の俺の身体能力がどれくらいあるかわからないが、成人男性に追いかけられたら捕まるだろう。


 捕まったら......。

 俺はすぐそこで、あの少女が咥えられそうになっていた男の靴下を思い出す。



 黄ばんでろくに洗われもせず、穴があく程使い古された臭そうな靴下を。



 「あ、アレは嫌だ......」



 俺は異世界に来て早々、戦慄を覚えた。鳥肌が立った。


 デブ男はもう目と鼻の先だ。



 「そこに隠れてないで出てこいよ〜」



 ああ、くそ! なんか無いのか!


 魔法は......。



――――――――――――――――――


【魔法】<初級・光属性魔法:ピュアキュア>、<神話級・光属性魔法:ゴッドヒール>、<初級・鑑定魔法:ビギナーアナライズ>


――――――――――――――――――



 駄目だ、見るからに回復系の魔法とさっき取得したばかりの鑑定魔法しかない。


 <代償>スキルでどうにかして強くなるにしても、今すぐには無理だ。先に男の靴下が俺の口の中に押し込まれる。


 そんなことを考えていたら、



 「見つけた!」


 「っ?!」



 デブ男に見つかってしまった。


 俺を見つけたデブ男はこちらへ走ってきた。



 「はははは! こいつは上物じゃねぇか!!」



 ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!!


 ああもう、よくわからないけど、今の俺はこれしかできないってんなら!!


 俺はデブ男に向けて手を差し伸ばす。



 そして唱える。



 「<ゴッドヒール>!!」



 カッ!!

 俺の視界を眩い光が埋め尽くし、デブ男の足元に純白の輝きを放つ魔法陣が出現した。



 「な?! なんだこれは!!」



 その光は瞬く間に強まっていき、デブ男の全身を包み込む。淡い光の粒子が男の周囲を浮遊し、まるで粉雪のように儚く散っていく。


 男の身体も内側から光り始め、真っ白な存在へと豹変していった。


 デブ男が自身の身体を見渡して驚愕する。



 「攻撃魔法か?! にしても痛くねぇ! ははははは!! ビビらせやがって!」



 ああ、くそ。やっぱ回復魔法じゃ駄目だったか......。



 そう、俺が絶望していたときだ。



 次の瞬間、デブ男が体の内側から一気に膨れ上げって、ゴパンッ!という破裂音を響かせながら――爆ぜた。



 「え゛」



 赤黒い血飛沫が飛び散り、肉片や臓物が俺の足元まで飛んでくる。周りを見渡してもデブ男の姿はどこにもない。ただあいつが履いていた靴だけが、血に染まってそこにあった。


 俺は目をパチクリさせる。



 「......え?」



 そんな間の抜けた声しか出なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る