第3話 俺が聖女になるまで 2

 「はッ!!」


 目を覚ますと、俺は見知らぬ森の中に居た。


 視界に広がるのは澄み渡る青い空。木々の葉の隙間から陽の光がチラついて眩しい。


 俺は身を起こした。



 「ここは......どこだ?」



 と、女性の......それも比較的若い女性の声が聞こえてくる。


 ん? あれ? 今喋ったのって、誰?


 俺は周りを見渡すが、誰も居ないことを知る。



 「え、怖......」



 怖ッ!!


 え、誰?! この声誰?! いや、俺ぇえ?!!


 俺は自分の首を擦る。


 気づいたのは、自分の首が細かったのと、すべすべで張りがあったのと、真っ白な手であったことだ。


 お、おおおおかしいぞ!! 俺の手がこんな女の子みたいな手をしているわけ......。



 「な?!!」



 そこで俺は驚愕する。


 今気づいたのだが、俺は真っ白なワンピースを纏っていた。


 そこはいい。問題は別の所にある。


 下を向いたら、俺にむ、む、むむ胸がッ!! 両手で掴めるほどの程よいサイズ感の美乳が生えてる!!


 え、ちょ、どういうこと?!


 俺は慌てて股間を触る。


 息子は――行方不明だった。


 三十数年間、苦楽と共にしてきた愚息が居ない。



 「......。」



 おいおい、これって......。



 「“性転換TS”ってやつですかぁ......」



 俺は白目を剥くしかなかった。


 しばらく我を失って呆然としていた俺は、なんとか気を取り直して、ここから動くことにした。



 「あの女神......ルシファーさんが言ってた、◯◯行為できない身体にするってこういうことだったのかよ......」



 たしかに男の◯◯行為には息子は必要で、今の俺にはそれが無いから無理だ。


 まぁ、今はそのことは置いておこう。問題は転生してやってきたこの異世界のどこに、今の俺が置かれているかを知らないことだ。


 あと早く鏡で自分の容姿を見たい。


 声とか長い銀髪からわかるけど、絶対に美少女だろ。



 「さて、この人気の無さ......何からすればいいのかわからないな」



 まぁでも、異世界転生したらお約束ってあるよね。


 俺はそう思いつつ、若干の期待を抱きながら口にする。



 「ステータスウィンドウ、オープン!!」



 異世界転生といったらこれでしょ。


 俺がそう唱えると、俺の目の前にノートパソコンのモニタ画面くらいの大きさの何かが浮かび上がった。

 少しだけ透き通って見えるそれは、異世界転生ならではの“ステータスウィンドウ”というやつである。


 ステータスウィンドウはその名の通り、俺の今の状態を可視化してくれる機能だ。ゲームで言うところのレベルとかHPヒットポイントとか書かれてあるはず。


 これがある世界に来れて良かった。ルシファーさん、マジ女神。好き。結婚して。



 「さてさて、何が書かれているかな」



 そう思って、俺はステータスウィンドウを見つめる。


 書かれていた内容はこう。



――――――――――――――――――


【名前】 クズミ

【性別】 女

【役職】 なし

【強さ】 弱い 

【スキル】 <代償>

【魔法】<初級・光属性魔法:ピュアキュア>、<神話級・光属性魔法:ゴッドヒール>

【備考】 未使用、不老不死、一日一善しないとアレされる


――――――――――――――――――



 ナメてんのか、おい。



 返せよ、俺の純情返せよ。


 なんだこの曖昧も良いところなステータスは。急いで作った感パないぞ。

 あと強さくらいレベルとかで数値化しようよ。低くてもいいからさ。“弱い”だけじゃわからないって。


 それと【備考】ってなんだ、【備考】って。“不老不死”はまぁ、今は置いとくとしようか。 


 “未使用”って何。もしかして、もしかしなくても性事情の話? じゃあ、処女でいいじゃん。なんで未使用って言うの。一周回って卑猥だよ。


 “一日一善しないとアレされる”のアレされるがわからなくて怖いんですけど。全然意味わからなくて怖いんですけど。



 「ええー、なにこのふざけたステータスウィンドウ......。この備考に書いてある通りなら、今日中に良いことを一つでもしないと駄目ってこと?」



 駄目だ。この仕様、わけわからないにも程がある。


 魔法とスキルは......これも今は置いておこう。他が気になりすぎる。


 それに良いことって、どうやればいいんだよ。ここは森だぞ。困ってる人が居たら助ける、とかできないぞ。



 「さっそく詰んでね?」



 そう思いながら、俺はステータスウィンドウのある部分に気付いた。


 それは【スキル】欄の“<代償>”だ。


 これは事前にルシファーさんから聞いていたから驚くことではない。まだ内容知らないから実感わかないけど。


 注目すべきは、その“<代償>”の文字列の部分が青字......所謂、アンカーテキストとなっていて、下線部が引かれている。どっかとリンクしてて、それを押したら飛ばされるイメージしかない。



 「まぁ、押してみるか」



 俺はその青字の部分をポチッと押した。


 すると、ステータスウィンドウの画面に映し出されている内容がガラリと変わる。


 書かれていた内容は......



――――――――――――――――――


■■■ <代償>スキル ■■■

スキル所持者が善人の状態で、悪いことをすると強くなるスキル。



〜 悪いこと一覧 〜


◯暴力を振るう

【代償】

 道徳

【対価】

 ほんの少しだけ強くなる


◯殺害する

【代償】

 道徳

【対価】

 やや強くなる


◯煙草を吸う

【代償】

 健康

【対価】

 ごく僅かに強くなる



――――――――――――――――――



 やっぱおかしいって。

 なにこれ、ナメくさっているにも程があるって。



 しかもこれだけじゃない。まだまだリストは続いてる。下にスクロールしまくっても、めちゃくちゃ続いてる。

 この頭のおかしい一覧はなんなんだよ......。

 一番上の項目は......誰かに暴力を振るったら、俺自身が少しだけ強くなるってこと?

 たしかに道徳は損なわれると思うよ。


 ああもう、“少し”とか“ごく僅か”とかややこしいな。



 「ルシファーさん、思ってたスキルと大分違うよ、これ」



 初めて<代償>スキルって聞いた時、なんかこう......自分の生命力を削って大技を繰り出す、的なイメージがあったよ。


 なのに、なにこれ。


 暴力を振るったら道徳が損なわれる? ったりめーだろ。ふざけてんのか。



 「参ったな......ステータスウィンドウ見てたら、一気に不安になってきた」



 それと、煙草を吸うだけでも強くなれる意味がわからない。


 ちなみに前世の俺は喫煙者だった。紙煙草の方ね。

 このご時世、喫煙者を見る周りの目はかなり冷たいもので、それなりに肩身の狭い思いをしていたが、まさか異世界に来ても非推奨とは。



 「でもこの世界に煙草があるだけマシかぁ......」



 ここは、煙草を吸うだけで強くなる、とポジティブに捉えよう。


 そんなことを考えていたら、



 「誰か助けてー!!」



 と、遠くから女性の切羽詰まった声が聞こえてきた。


 俺は真顔になりつつ、声が聞こえてきた方を見やる。



 「お約束展開、早いって......」



 そんな感想しか出てこなかった。

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