第12章 放課後の、本当の魔法

夏が過ぎ、空の青さも少しだけ秋の色を帯び始めた頃。 私のお気に入りの場所は、やっぱり変わらずに、この校舎の屋上だった。 でも、一人きりでビルのスケッチをしていた以前とは、なにもかもが違う。私の隣には、当たり前のように陽太くんがいて、私はそんな彼の横顔を、もう何の気兼ねもなくスケッチブックに描いている。


「……なんか、見られながら描かれるのって、照れるな」 「動かないで。今、一番いいところなんだから」


私がそう言うと、彼は「へいへい」と口では言いながらも、嬉しそうに笑ってまた空を見上げた。 こんな、穏やかで、ありふれた放課後。 半年前の私が見たら、きっと夢だと思うに違いない。この場所で起きた、たくさんの出来事。すれ違い、涙、そして勇気。その全てが、今のこの温かい時間へと繋がっている。


「なあ、紗菜」 不意に、陽太くんが真剣な声で私を見た。 「卒業したら、どうするんだ? なんか、考えてることとかあんの?」 卒業。その言葉に、少しだけ胸がどきりとする。でも、もう私の心に迷いはなかった。 「私、美術の大学に行きたいな、って。もっと、もっと絵の勉強がしたい。そして、いつか私の絵で、誰かの心を動かせるような……そんな絵描きに、なりたい」


それは、今まで誰にも言えなかった、私の、たった一つの夢。 昔の私なら、口に出すことさえできなかっただろう。でも、陽太くんや、美香、美鈴さん、みんながくれた勇気が、私の背中を押してくれていた。


「……そっか。絶対、なれるよ」 陽太くんは、一点の曇りもない瞳で、まっすぐにそう言ってくれた。 「紗菜の絵は、すげー力があるから。俺が、一番のファンだからな」 「……うん。ありがとう」 「だから、約束な。俺が大学でもバスケ頑張るから、紗菜も、夢、諦めんなよ」 「うん、約束」


私たちは、夕日に照らされながら、固く指切りを交わした。 その時、ふと、校庭に目をやると、見慣れた人影があった。 詩織さんだった。彼女は、以前とは違う友人たちと楽しそうに笑い合っている。その輪の中にいる彼女は、とても自然で、無理をしているようには見えなかった。 きっと彼女も、自分の足で、新しい一歩を踏み出したんだ。


「……よかった」


ぽつりと漏れた私の言葉に、陽太くんが「ん?」と首を傾げる。 「ううん、なんでもない」 私は微笑むと、ポケットにそっと手を入れた。指先に触れる、冷たくて滑らかな感触。あの日役目を終えた、ただの銀のロケット。


私は、最後の真実を、隣にいる大切な人に伝えたくなった。


「ねえ、陽太くん。私、ずっと勘違いしてたんだ」 「何を?」 「このペンダントのこと。これが、願いを叶えてくれる魔法の道具だって、信じてた。でも、違ったんだよ」


私はペンダントを手のひらに乗せ、夕日にかざす。


「これは、魔法の道具なんかじゃなかった。ただ、臆病だった私の背中を押してくれた、『きっかけ』だったの。本当の魔法は、こんなものの中にあるんじゃなくて……」


自分の弱さと向き合う勇気。 信じてくれる友達の優しさ。 そして、目の前にいる、あなたの温かさ。


「……本当の魔法は、ちゃんと、私の中にあったんだ」


言い終えると、陽太くんは何も言わずに、私の頭を優しく撫でた。 その手の温かさが、どんな奇跡よりも、私の心を幸せで満たしていく。


放課後の終わりを告げるチャイムが、空に響き渡った。 私たちは立ち上がり、どちらからともなく、自然に手を繋ぐ。 屋上のドアに向かって歩き出す、その一歩一歩が、私たちの未来へと繋がっている。


失われた魔法なんて、どこにもなかった。 本当の魔法は、いつだって私たちの足元で、輝き出すその時を、待っているのだから。 このありふれた放課後こそが、私たちの宝物。 二人の物語は、まだ始まったばかりだ。

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愛と嘘と放課後の魔法 トムさんとナナ @TomAndNana

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