第9章 告白の時
美香たちに背中を押され、私は美術室を飛び出した。 行き先は、もう決まっている。彼がいるであろう場所へ。体育館、教室、渡り廊下。息を切らしながら陽太くんの姿を探す。 恐怖よりも、真実を伝えたいという想いが、私を前に進ませていた。
彼を見つけたのは、全ての始まりの場所、屋上だった。 夕日に染まる空を背に、陽太くんは一人、フェンスの向こうの街並みを眺めていた。その背中はどこか寂しげで、私の心臓が小さく痛んだ。 ゆっくりとドアを開け、一歩、また一歩と彼に近づく。私の足音に気づいた彼が、驚いたように振り返った。
「白鳥さん……どうして」 「相葉くん、話があるの」
私の声は、自分でも驚くほど、震えていなかった。 彼の前に立ち、まっすぐにその瞳を見つめる。彼は少し戸惑ったように視線を揺らした。
「佐倉さんから、聞いたんだよね。私が、あなたの悪口を言ってたって」
私の言葉に、陽太くんは目を見開く。私がそのことを知っているとは思わなかったのだろう。
「全部、嘘だよ」
私は、かき集めた全ての勇気を言葉に乗せた。
「私、そんなこと一瞬だって思ったことない。相葉くんは、いつも太陽みたいに眩しくて……誰にでも優しくて……バスケをしてる姿は、本当にかっこいいって、いつも見てた。だから……だから、佐倉さんが言ったことは、全部、嘘なの」
言葉が途切れる。息が苦しい。でも、ここで止まるわけにはいかない。一番大切なことを、伝えなければ。
「私……あなたのことが、好きです。相葉くんのことが、好き」
言ってしまった。 声は上ずって、最後は掠れていたかもしれない。でも、紛れもなく、魔法の力なんて借りない、私自身の言葉だった。 陽太くんは、何も言わずに、ただじっと私を見ていた。その沈黙が、永遠のように感じられる。断られるかもしれない。軽蔑されるかもしれない。それでも、私は彼の瞳から目を逸らさなかった。
やがて、彼はふっと息を漏らし、困ったように笑った。
「……うん。知ってた」 「え……?」 「いや、嘘だってことは、なんとなく分かってたんだ。佐倉の話を聞いた時、確かにショックだった。でも、どうしても信じられなかった。白鳥さんの絵を見てる時の、白鳥さんが、そんなこと言うなんて、どうしても思えなくて」 彼は、そう言ってくれた。 「ただ、どう顔を合わせればいいか分からなくて……避けるみたいな形になっちまって、悪かった」 彼はそう言って、私に向かって一歩、近づいた。 「俺の方こそ、言わなきゃいけないことがある。俺も……白鳥さんのことが、好きだ」 彼の真剣な眼差しに、心臓が大きく跳ねる。 「コンクールで、紗菜の絵を見た時から、ずっと気になってた」
――紗菜。 今、私の名前を、呼んでくれた? 苗字じゃなく、「さん」もつけずに。まるで、それが当たり前だったみたいに、優しい響きで。 たった二文字の名前が、彼の口から紡がれただけで、世界中のどんな言葉よりも甘く、私の心に溶けていく。
信じられなくて、瞬きを繰り返す私の頬を、温かい涙が伝っていく。でも、それはもう、悲しみや悔しさの涙ではなかった。
「だから、俺と、付き合ってくれませんか」
夕日の中で、彼は少しだけ顔を赤らめながら、まっすぐにそう言った。 私は、何度も、何度も頷いた。しゃくりあげて、まともな返事もできない私を、彼は優しい腕でそっと抱きしめてくれた。
その光景を、屋上のドアの影から、詩織が見ていた。 紗菜が陽太に告白し、二人が結ばれるまでの一部始終を。 彼女は、ポケットの中の冷たいペンダントを強く握りしめる。何の力も発揮しない、ただの銀の塊。 詩織は、唇を噛み締めた。紗菜の願いを叶えたのは、こんなガラクタなんかじゃなかった。たった一つの、本物の「勇気」だったのだ。 二人の幸せそうな姿に背を向け、彼女は静かにその場を立ち去った。その瞳に浮かんでいたのがどんな感情だったのか、今はまだ、誰にも分からなかった。
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