第8章 友情の力
美香の腕の中で泣きじゃくったあの日、私は空っぽになるまで涙を流した。 翌日、まぶたは腫れていたけれど、不思議と心は少しだけ軽くなっていた。絶望のどん底で差し伸べられた手の温かさが、私を繋ぎとめてくれていたのだ。 美術室に行くと、美香や他の仲間たちが、いつもと変わらない、でもどこか優しい眼差しで私を迎えてくれた。
「紗菜、無理しなくていいからね。ここにいるだけでいいんだから」
美香の言葉に、私は小さく頷いた。 でも、彼女たちの決意は、そんな生半可なものではなかった。私がスケッチブックに向かっている間、部室の隅では、仲間たちが真剣な顔で何かを話し合っていた。その中心にいるのは、もちろん美香だった。
その日の放課後、美香は私の前に立つと、固い表情で口を開いた。 「紗菜、私たち、もう黙って見てられないよ」 「え……?」 「佐倉さんのこと、そして相葉くんが紗菜を避けてる理由。絶対に何かある。だから、調べてみることにした」 「そ、そんな、みんなに迷惑はかけられないよ!」 慌てて止めようとする私に、美香は力強く首を振った。 「迷惑じゃない。友達でしょ? 紗菜が一人で泣いてるのを見る方が、私たちはずっと辛い」
彼女たちの行動は、早かった。 美香は、友人でバスケ部のマネージャーを務めるしっかり者の羽鳥美鈴(はとり みすず)に話を聞くなど、他の仲間もそれぞれの交友関係を駆使して、情報を集め始めたのだ。まるで、小さな探偵団のようだった。 私は、ただハラハラしながら見守ることしかできない。でも、自分のために一生懸命になってくれる友達がいるという事実が、凍り付いていた心を少しずつ溶かしていくのを感じていた。
そして二日後、美香は悔しさと怒りが入り混じった顔で、私の元へやってきた。 「……分かったよ、紗菜。佐倉さんが、相葉くんに吹き込んだ嘘が」 美香が語った内容は、あまりに卑劣で、私の想像をはるかに超えるものだった。 詩織さんは、陽太くんに泣きながらこう訴えたらしい。 ――白鳥さんが、あなたのことを馬鹿にしてた。「バスケしか能のない、単純な人」だって。私が注意したら、酷いことを言われた、と。
「……そんな」 言葉を失った。私が、そんなことを言うはずがない。陽太くんのことを、そんな風に思ったことなんて、一度だってないのに。 「酷すぎる……。相葉くん、それを信じちゃったんだ……」 「相葉くんも、最初は信じてなかったみたい。でも、佐倉さんが『本人に直接聞いてみてよ、きっと本当のことなんて言えないから』って追い打ちをかけたんだって。だから、相葉くんは紗菜とどう話していいか分からなくなって……」
頭を殴られたような衝撃だった。陽太くんが私を避けていたのは、嫌っていたからじゃなく、傷つき、混乱していたから。そして、その原因を作ったのは、詩織さんのたった一つの嘘。 悔しくて、悲しくて、唇が震える。でも、それと同時に、胸の奥で何かが変わっていくのが分かった。 それは、怒りにも似た、強い感情だった。
「……許せない」
ぽつりと漏れた私の言葉に、美香が目を見開く。
「私のせいで、相葉くんが傷つけられたのも、私の大切な気持ちを、嘘で踏みにじられたのも……絶対に、許せない」
顔を上げると、心配そうに私を見つめる美香や仲間たちの顔が見えた。 私は、一人じゃなかった。こんなにも私のことを想ってくれる友達がいる。その事実が、私の最後の臆病さを吹き飛ばしてくれた。
「私、行くよ」 「紗菜……?」 「相葉くんに、会いに行く。私の口から、本当のことを話すために」
もう、魔法なんていらない。失われたペンダントを探す必要もない。 私には、友情という名の、何よりも強い力があるのだから。 震えていた足に、力がこもる。真実を伝えるための、本当の「一歩」を、今度こそ自分の足で踏み出すために。
その頃、体育館でボールを手にしていた陽太は、集中できずに深いため息をついていた。詩織の言葉と、最後に見た紗菜の泣きそうな顔が、頭の中で何度も交錯する。 ――あいつが、そんなこと言うはずない。 心のどこかで燻り続ける疑念を、彼は打ち消すことができずにいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます