第5章 友情の試練
嘘と魔法で手に入れた陽太くんとの束の間の時間。その代償は、私の心を重く縛り付けていた。 屋上での一件以来、私はさらに深く自分の殻に閉じこもるようになった。陽太くんの優しい言葉を思い出すたびに、卑怯な手を使った罪悪感が津波のように押し寄せてくる。 美術室にいても、スケッチブックは白紙のまま。ただ窓の外を眺め、ため息をつくだけの時間が増えた。
「紗菜、最近元気ないね。何かあった?」
声をかけてくれたのは、美術部の友人、上田美香(うえだ みか)だった。明るい茶色のショートカットが似合う快活な彼女は、私が心を許せる数少ない大切な友達で、いつも私のことを気にかけてくれる。私は力なく首を振ることしかできない。本当のことを話すなんて、できるはずもなかった。
その日の帰り道、最悪のタイミングで、私は詩織さんに呼び止められた。人気のない昇降口の隅。彼女は昨日までとは違う、有無を言わせぬ強い光を瞳に宿していた。
「この前のこと、陽太から聞いたよ。屋上で、あなたが泣きそうな顔して逃げたって」 「……」 「陽太を困らせないで。あの子は優しいから、あなたがそんな顔してたら放っておけないんだよ。いい迷惑」
言葉の一つ一つが、氷の礫となって私に突き刺さる。
「はっきり言う。陽太を諦めて。もう二度と、あの子の前に現れないで」
それは、最後通告だった。彼女の瞳は、私という存在を完全に拒絶していた。 彼女に背を向けられ、一人残された私は、その場に崩れ落ちそうになるのを必死で堪えた。もう、無理かもしれない。陽太くんのことも、この苦しい恋も、全部諦めてしまえば楽になれるんだろうか。 震える手で、ポケットの中のペンダントを握りしめる。お願い、助けて。この状況から救い出して。 けれど、手のひらに伝わる温かさは、いつもよりずっと微かで、頼りないものに感じられた。まるで、私の弱さに呼応するように、魔法の力が弱まっているかのようだった。
絶望に打ちひしがれていた、その時。
「紗菜!」
聞き慣れた声に顔を上げると、美香が心配そうな顔で駆け寄ってくるところだった。他の美術部の仲間も一緒だった。
「やっぱり元気ないよ。私たちじゃ、頼りないかもしれないけど……でも、紗菜が辛いなら、話くらい聞くから」 美香の言葉に、仲間たちも黙って頷いている。 その優しさが、痛いほど心に染みた。私は、一人じゃなかったんだ。
涙が溢れそうになった、まさにその瞬間だった。
「――あ、やっぱりここにいた」
息を切らして現れたのは、陽太くんだった。彼は私の顔を見るなり、驚いたように目を見開く。
「白鳥さん……どうしたんだ、その顔。誰かに何か言われたのか?」
彼のまっすぐな視線が、私を射抜く。詩織さんのこと、嘘をついたこと、全てが見透かされているようで、私は俯くことしかできなかった。 そんな私を見て、陽太くんは少し困ったように頭をかいた後、決心したように口を開いた。
「俺、待ってるから」 「え……?」 「白鳥さんが、俺のこと描いてくれるの。いつまでだって待ってる。だから……そんな顔、すんなよ」
それは、不器用だけど、今まで聞いたどんな言葉よりも温かい、励ましの言葉だった。 詩織さんの冷たい言葉。美香たちの優しい友情。そして、陽太くんのまっすぐな励まし。 それら全てが、私の心の中でごちゃ混ぜになって渦を巻く。 諦めた方が楽だと囁く臆病な自分と、彼の言葉を信じたいと願う自分が、激しくぶつかり合っていた。 まだ答えは出ない。でも、弱まりかけたペンダントの温もりの代わりに、私の胸には、人からもらった温かい光が、確かに灯り始めていた。
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