第4章 嘘と魔法
詩織さんから宣告を受けたあの日から、私の世界は再び灰色に戻ってしまったようだった。 あれ以来、私は陽太くんを避けるようになっていた。廊下ですれ違いそうになれば足早に通り過ぎ、体育館の見える窓には近づかない。彼と交わした「絵を描く」という約束も、果たせないまま時間だけが過ぎていく。 本当は、話したい。約束を果たしたい。でも、詩織さんのあの冷たい瞳を思い出すと、足がすくんでしまうのだ。
そんな臆病な私を、陽太くんは不思議に思っているようだった。 一度、下駄箱でばったり会ってしまった時、「白鳥さん、最近避けてない?」と心配そうに聞かれたことがある。私は「そ、そんなことないよ!」と、まともに彼の顔も見れずに逃げ出してしまった。そんな自分に心底うんざりする。
追い詰められていた。陽太くんを避けたいわけじゃないのに、詩織さんの視線が怖い。八方塞がりだった。 その日の放課後も、美術室で一人、ため息をついていた。手の中には、例のペンダント。これを握りしめている時だけ、ほんの少しだけ強くなれる気がした。
――詩織さんが、いなければ。 ――私に、関わらなければいいのに。
心の奥底から、黒い感情が湧き上がってくる。そんなことを考えてしまう自分が、たまらなく嫌だった。でも、その考えを止められない。 私はペンダントを強く、強く握りしめた。
「……詩織さんが、私を邪魔しなくなりますように」
それは、魔法に頼った、卑怯な願いだった。 声に出した瞬間、罪悪感で胸が押しつぶされそうになる。私はなんて弱いんだろう。自分の力で向き合うことから逃げて、こんなものに縋って。 自己嫌悪に陥りながらも、心のどこかで奇跡が起こるのを期待している自分もいた。
翌日のことだった。信じられない出来事が起こったのは。 昼休み、陽太くんがクラスまでやってきて、私に声をかけてきたのだ。 「白鳥さん、ちょっといい?」 彼の登場に、またしても私の心臓は跳ね上がる。でも、それと同時に恐怖が襲ってきた。詩織さんが、またどこかで見ているかもしれない。 しかし、陽太くんは「詩織なら、さっき先生に呼ばれて職員室に行ったよ」と、私の心を見透かしたように言った。
陽太くんに連れられてやってきたのは、あの屋上だった。 「ごめんな、急に。約束の件、どうなったかなって」 彼は少し照れたように笑う。 「描くの、やっぱり迷惑だった?」 「ち、違うの! 迷惑なんかじゃ……!」 慌てて首を横に振る。迷惑どころか、どれだけ嬉しかったか。でも、詩織さんのことを正直に話す勇気はなかった。 「……自信が、なくて。相葉くんみたいなすごい人、私なんかに描けるかなって……」 それは、半分本当で、半分は嘘だった。 陽太くんは、そんな私の言葉をじっと聞いていたが、やがて優しく微笑んだ。 「そっか。でも俺は、白鳥さんに描いてほしいんだけどな」
彼の言葉が、乾いた心にじんわりと染みていく。嬉しい。でも、それ以上に、嘘をついている罪悪感が私を苛んだ。 これは、ペンダントの力だ。詩織さんが先生に呼ばれたのも、きっとこの「魔法」のせいなんだ。私は卑怯な手を使って、陽太くんとの時間を作ってしまった。 その事実に気づくと、彼の優しさを素直に受け取ることができなかった。
「……ごめん、私、やっぱり……」 私が何かを言いかけると、陽太くんは不思議そうな顔で私の顔を覗き込んだ。 「白鳥さん? なんか、顔色悪いぞ。大丈夫か?」 「だ、大丈夫だから!」 私は彼の言葉を遮るように言うと、逃げるようにその場を走り去った。
屋上に一人残された陽太くんの、困惑したような表情が目に焼き付いて離れない。 一方その頃、職員室から出てきた詩織は、クラスメイトから「陽太が白鳥さんを屋上に連れてってたよ」と聞き、眉をひそめていた。 ――タイミングが良すぎる。 まるで、私がいなくなるのを見計らったような動き。詩織の胸に、小さな疑念が芽生えていた。 ――あの子、何か持っている……? 詩織は、以前美術室で紗菜が何かを握りしめていたのを思い出していた。あの時の、お守りのような、古いペンダントを。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます