第3章 ライバルの登場
陽太くんと約束を交わした翌日から、私の日常はほんの少しだけ色を変えた。 休み時間、廊下で偶然すれ違うと、陽太くんは「よっ」と片手を上げてくれるようになった。ただそれだけのことが、一日中私の心を温かくした。 でも、その度に、私は彼の隣にいる詩織さんの冷たい視線を感じずにはいられなかった。その視線は、まるで私の小さな幸せに釘を刺すように、鋭く、そして正確に私を射抜くのだ。 陽太くんがくれる温かさと、詩織さんが放つ氷のような視線。その二つに挟まれて、私の心は落ち着かなかった。
その日の放課後、美術室へ向かう途中だった。少し開いた渡り廊下の窓から、体育館で練習に励む陽太くんの姿が見える。軽やかなステップ、しなやかなシュート。その姿に思わず見とれていると、背後から不意に声をかけられた。
「……ちょっといいかな、白鳥さん」
心臓が跳ねた。振り返ると、そこに立っていたのは詩織さんだった。彼女はいつもの笑顔を消し、感情の読めない表情で私を見ている。
「陽太のこと、見てたの?」 「あ、いや、これは……」 「別にいいけど」
詩織さんは私の言い訳を遮ると、一歩、私に近づいた。逃げ場のない渡り廊下で、私たちは向かい合う。
「単刀直入に言うね。陽太に近づくの、やめてもらえる?」
その言葉は、静かだったけれど、ナイフのように私の胸に突き刺さった。息が詰まる。何かを言おうとしても、喉が震えて声にならない。
「陽太は優しいから、誰にでも声をかけるの。コンクールの絵の話だって、あの子は昔から誰かを褒めるのが癖みたいなものだから。勘違いしないで」 「……」 「あなたは、陽太と釣り合わない。住む世界が違うの。あの子の隣にいるのは、昔からずっと、私って決まってるんだから」
それは、宣告だった。優しさなど欠片もない、絶対的な自信に裏打ちされた、冷たい宣告。 私には、何も言い返せなかった。彼女の言う通りだと思ったから。太陽みたいな陽太くんと、日陰で絵を描いているだけの私。釣り合うはずがない。
「……分かったら、もう無駄な期待はしないで。じゃあね」
詩織さんはそれだけ言うと、私に背を向けて去っていった。 一人残された私は、その場に立ち尽くすしかなかった。詩織さんの言葉が、呪いのように頭の中で繰り返される。
――陽太に近づかないで。 ――勘違いしないで。 ――住む世界が違うの。
今まで、陽太くんへの気持ちは、私だけの密やかな宝物だった。誰にも知られず、誰にも邪魔されない、私だけの淡い夢。 でも、詩織さんに否定された瞬間、その夢は現実の重みを持った「恋」なのだと、痛いほど自覚させられた。 胸が苦しい。涙が滲みそうになるのを、ぐっと堪える。
ポケットの中で、ペンダントを強く握りしめた。この小さな奇跡がくれた希望は、こんなにも脆いものだったのだろうか。 体育館から聞こえてくるボールの音と歓声が、やけに遠くに聞こえた。
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