16話 本音はほどほどの方がいい

「裁判時間を大幅短縮! 地獄責苦研究開発部渾身の逸品! サンプルが上がりました!」


 閻魔と炎獄の元にやってきたのは、普段は特に関わることの無い部署。地獄責苦研究開発部の職員だった。

 地獄責苦研究開発部とは、その名の通り地獄に堕ちた亡者の責苦を研究・開発する部署である。千年前であれば、殺した、奪った、裏切った、とシンプルだった罪状も、現代においては複雑化している。それに対応する罰も新たに考える必要が出来たため設けられた比較的新しい部署だ。


「で、開発部が何の用だ」

「炎獄様。現状の裁判で今一番時間を取られるのは何ですか」

「そうだな……罪の照合は浄玻璃の鏡ですぐできるが、大抵の亡者は嘘を吐く。その嘘を聞いてる時間がまあ1番でかいな」

「あー、詐欺師の裁判なっがいよねえ。あいつら口が回るんよ」

「そうなんです!! そこでこちら!」


 差し出された箱の中から出てきたのは、スティック状の香だった。


「……なんだこれ」

「不妄語香(ふもうごこう)と申しまして、こちらの香をひと焚きいたしますと、煙を吸い込んだ亡者はあら不思議! 自らの罪をべらべらと話し出すのです!」

「へー。いいじゃん。楽そう」

「いや、意味ねえだろ。閻魔大王の前で嘘つくかどうかも判断材料だ」

「しかし閻魔様、炎獄様。労基、入りましたよね」

「……」


 痛いところを突かれた。


「一件あたりの時間が短縮されたら、早く帰れます」

「……まあ、な……」

「サンプルだろ? 試しに使ってみようぜ。な、炎獄」

「……いきなり亡者にか?」

「いや、一回こうだろ」

「あ?」


 閻魔がマッチの火を香の端に点ける。それを見た瞬間、開発部職員はすごい勢いでマスクをした。


「あ、いーじゃん、この白檀系の香り嫌いじゃねえ」

「おまっ、ジジイ! 馬鹿かてめえ!」

「お。お前心の底から俺のこと馬鹿だと思ってんだな」

「それこそ地獄に堕ちた奴らで試せばいいのになんで俺らで……! そういう判断の早い所が大王らしいとは思ってっけど!!」


 言ってから、ん? と思った。閻魔の口の端がニィッと上がる。心の底から面白そうな顔。


「へぇ~???? そう思ってんだ、お前?」

「んだ今の……」

「うわ、やっべ、クッソ楽しい〜〜。な、な、俺のことどう思ってんの?」

「どうって、そりゃお前……」


 いつも通りの悪態を吐く。はずだった。


「めちゃくちゃ尊敬してるに決まってんだろ」

「――あっはッ! へぇ? 炎獄が、俺を!」

「お前、亡者の一番痛ぇとこ見逃さねぇ。人の悪意の底、ちゃんと見てる。」

「……へぇ……?」

「善悪の境目なんか曖昧なもんもあるのに、俺が判断つかねえ所も閻魔大王はきっちり判断する」

 閻魔の指が止まる。ぱらんと、扇子が膝の上に落ちた。

「待て炎獄、ガチすぎ。もういい」

「俺はお前に救われてる。何でもなかった俺を、ここまで生かしてくれたのは間違いなく閻魔大王だ」

「や、やめろ、真顔で褒め殺すな! 嬉しいだろうがもっとくれ!」

「隣に立てって言ってくれた時から俺はずっと尊敬してるに決まってんだろ」

「おまっ、やめっ……!! 嬉しっ! その真顔やめろよかっけえなあ!!」


 閻魔の耳が赤い。扇子で顔を隠しても、隙間から火の色が覗く。


「お分かりいただけました?」

「……すっっ……げえわかった……」

「こっわ……」

「因みに効果なんですが、3時間です」

「なぁあっげえ!!!」

「すいません、責苦なので」

「とりあえずわかった、判断は追って報告するから」

「是非! 採用されたら私の評定が上がりますので何卒! ボーナスで旅行行きたいので!」

「お前もちょっと吸ってんなあ」


 開発部の職員が去ってから、炎獄と閻魔は顔を見合わせた。


「……炎獄、今日の予定、なんだ」

「午後の裁判を効果が切れるまで遅らせるとすると……」

「いや。違う、そうじゃねえ。昼」

「昼……は、天望と飯に」

「お前馬鹿やめとけ。今会ってみろ、どうなると思う」

 考えてみる。天望に対して正直になってしまうとしたら。

「……言っちゃうな、俺……」

「だよなあ!? キャンセルしろ! 今じゃねえ!」

「閻魔お前、めちゃくちゃ優しいじゃねえか」

「お前には幸せになって欲しいに決まってんだろ!――あーもう! クソ! 今の無し無し無し!!!」


 コンコン。と執務室の扉がノックされる。失礼します、と入ってきたのは、紫式部。


「お、紫式部。新刊そろそろ入稿しないと早割にならないぞー」

「なんですの藪から棒に!?」

「すまん、悪気はない」

「事実なので良いんですけど……」

「で、どうした腐女子」

「ヒェッ炎獄様まで!?」

「すまん、黙る」


 閻魔も炎獄も二人して口を抑える。不思議そうな顔をしながら紫式部は一枚の書類を差し出した。


「浄玻璃の鏡のアップデートが必要なのですが、釈迦如来の法が具現化した道具になりますので、釈迦如来と閻魔大王様両名の認証が必要なんですの」

「ああもうそんな時期?」

「ええ、で、例年であればお釈迦様がこちらに来てくださるのですが、お釈迦様が現在苦行中だそうでして。断食の」

「は?」

「『立つと立ちくらみするから、焔摩天が来なさい』とのことですわ」

「めんっっっどくせえ〜〜〜!! あいつなんで悟ったくせにまだ苦行してんの?!」

「とは言え、浄玻璃の鏡無しでは……午後の裁判は閉廷して、炎獄様とおふたりで極楽の方へ行って頂いてもよろしいでしょうか」

「俺もか」

「炎獄様も使用者登録されておりますので」

「ああ、そうか……入庁した時に登録したな確かに……」


 閻魔と炎獄が顔を見合わせる。

 今、この状況で極楽に……?


「炎獄」

「わかってる。俺はお前に着いて行く。それだけだ」

「よし。絶対に離れるなよ」

「頼りにしてる。閻魔大王」

「ちゃんと守ってやる、安心しろ」


 二人が執務室を出て、部屋には紫式部1人が残された。紫式部はというと、今目の前で起きていたことに頭がついていかず立ち尽くしていた。


「なぁんですのぉ……? 今のどすけべ会話……」


 その日、紫式部の新刊が増えた。

 

 炎獄達が庁舎を出ると、地獄の空はいつも通り鈍く赤かった。灼けた風が頬を撫で、硫黄の匂いが鼻に刺さる。

 極楽行きの通行証を受け取りながら、炎獄がぼそりと呟いた。


 「……天望に会えねえのに行くのか……」

 「漏れてる漏れてる。早い早い」


 そんな文句を言いつつも、二人は門をくぐる。金の光と熱の赤が交わる境界線の向こうに、眩しいほどの空が広がっていた。


「あと2時間半耐えれば効果は切れる。それまでにサッサと終わらせるか、鉢合わせないようにするかだ」

「わかってる。天望も仕事中のはずだから多分大丈夫だろ」


 極楽庁の近くを通り過ぎた時、前から見覚えのあるシルエットが歩いて来た。長い髪、薄木蘭色の袈裟、仄かな蓮の香り。


「あ、炎獄っ! 閻魔様!」


 天望が二人を見つけるなり、ぱっと笑顔で駆け寄って来る。


「っだぁッかわいい!!!」

「炎獄!!」


 早かった。思ってたより口から出たのが早かった。天望が目に入って刹那も刹那。なんならちょっと食い気味で炎獄の口から感情が出た。

 すかさず、閻魔が被せるように止めたが、効果があったかは分からない。


「すまねえ……閻魔ありがとう……お前が居ないと俺はすぐ吹きこぼれる……可愛すぎる……何だ今の笑顔は……仏師を呼べ……今すぐ掘れ……」

「何をブツブツと……どうしたんですか」

「ごめんね天望ちゃん!! 俺ら今日釈迦に呼ばれてて! ごめんねまたあとでね!!!!」

「? は、はい……?」


 聞こえるか聞こえないかの小声で垂れ流し続ける炎獄を力いっぱいに引き摺って閻魔は逃げた。

 取り残された天望はただぽかんとするしか出来ず、わけもわからず小首をかしげていた。

 

「てめえ!! 堪えろちょっとは!」

「すまねえ……春一番が直撃した……あんなに可愛いことあるか……? 俺見てあんな笑顔になったんだぞ……? 好きだ……好きすぎる……結婚……」

「ねえよ仏と鬼の制度は! 何真っ直ぐ恋してんだ」

「悪い、ダメだ俺、天望目に入れると全部出る」

「まずい、これ次会ったらこいつ戸籍の取り寄せしちまう。確認するけど今じゃねえよな?」

「絶対今じゃねえ。言うならちゃんと、ちゃんと言いてえ」

「よし、絶対今日言うなよ」


 釈迦の庁舎へ向かう道すがら、炎獄は袖で顔を覆っていた。

 香の効果はまだ切れない。閻魔が「もう喋るな」と念を押しても、心臓の音がうるさい。

 極楽庁の建物はどこも白く眩しい。歩くだけで徳が削られそうだった。その角を曲がった瞬間。


 「あ、炎獄」

 「ゔぁゔぁゔぃい!!!!」

 「炎獄!!!!!!!」


 天望とばったりした。袖に「かわいい」が吸い込まれてぼやける。すかさず閻魔が炎獄を蹴り飛ばして事なきを得たような気がする。でも得てないかもしれない。


「天望ちゃん!? よく会うねっ!?」

「炎獄ぶっ倒れてますけど……」

「気にしないで!! 俺ら急ぐね! いや釈迦がさ!! じゃあね!!」

「は、はぁ……」


 どうにか無理矢理やり過ごす。さっさと釈迦に会って早く帰ろう――二人とも心の底からそう思った。しかし。


「炎獄?」

「運慶って今どこに居る?」

「仏師探すな走れ!!」


 *


「あ、閻魔様、炎獄」

「目が綺麗だ」

「黙ってろ!!」


 *


「炎獄ー」

「絵師でもいいか……」

「炎獄前見ろ!!!!」


 地獄的な偶然が連続した。廊下を曲がれば天望。蓮池を渡れば天望。受付にも天望。


「クソッ! 幸せだ!!!!」

「ああそうかい良かったなぁ!!」


 極楽は平和である。だが、今この二人にとっては拷問に等しかった。

 頭を抱える炎獄の横で、閻魔がゼェゼェ息を切らせている。大変なのは炎獄というより、止めている閻魔の方だった。


「マジで今日会いすぎだろなんなんだ……! 見る度に可愛いを更新しやがる。早く保存した方がいい」

「落ち着け、さっき受付に居たってことはここから先はもう出てこねえはず。釈迦までもうちょいだ」

「閻魔、今日本当にお前が上司でよかったって思ってる。お前が大王だ」

「褒めんなやめろ。一番信頼してる部下に褒められるの嬉しすぎちゃうだろ」


 釈迦の待つ蓮池へ向かう手前、前から金色に輝くクソデカボイスが聞こえてきた。


「あーーーーっ! 地獄ご両名! 未来の仏陀、弥勒菩薩がお迎えに参りました!!」


 相変わらず端正な顔立ちに似合わないもったいなさ。黙っていればそれだけである程度の信者はついていくだろうに。

 至極うんざりした顔で閻魔がぼやく。


「うるせえなぁ相変わらず。舌抜いた方がいいんじゃねえか?」

「ややっ何故か未来の仏の舌がピンチ!!!! しかし未来でも舌はありますので!!!」

 

 釈迦は蓮池の奥の御堂で苦行の最中だと言う。二人は弥勒の後ろに着いて、蓮の花咲く池のほとりを行く。

 池の底はちょうど地獄の底に当たっていて、針の山のむしろが透き通った水面の向こうに見えている。


「なるほど、“真実を語らせる香”ですか!! 面白い!」


 弥勒が目を輝かせた。


 「真実とは、未来の断面です! 口にすることで変わる未来もある!」

 「ややこしい言い方すんな」

 「つまり、“口にした瞬間に消える未来”もあるのです! だから本音は恐ろしい!」


 炎獄は息を止めた。閻魔が静かに視線を逸らす。

 天望が現れるのは、ちょうどその直後だった。


「あ、居た、炎獄」

「ぐっ……がっ……わァ……!!」

「耐えた!! 偉いぞ! それでこそ俺の部下!」

「天望さん! すみませんお呼び立てして!」

「いえ、アップデート用の認証パスワード、お二人に渡し損ねてましたので……」

「あ、そうだったの?」

「はい、なので今日結構追いかけてたんですが……なんか、私のこと避けてます?」


 少しむっとしたように頬を膨らませ、炎獄を上目遣いで見つめてくる。正面からマトモに喰らい、炎獄は天を仰いだ。


「……優……勝……!!」


 言えなかった言葉の群れが何度も喉を撫でそうになる。選別して絞り出した本音は、あまりにも限界だった。


「な、何に勝ったんですか……?」

「未来……未来に……」

「炎獄、なんか今日変ですよあなた」

「変だよ。俺はお前と居るとずっと変だ」

「は?」

「だから、俺は――」


 耐えてきた分の反動が来る。

 今じゃねえ、わかってる。でも。


「ああーーーーーーっ!!!!! あぶなーーーい!!!!!!」


 閻魔の鉄扇が炎獄の首元にフルスイング。パァン!という音が盛大に響き渡り、炎獄が真っ逆様に蓮池に落ちた。


「炎獄ーーーっ!!!??」

「いやー危ない!! うん! 危ないとこだった!!」

「鉄扇で急所どつく以上に危ない事ないですよ!」

「いやハチ。ハチがね、居たの今。うん」

「炎獄!! 炎獄生きてますか!? 炎獄!?」


 蓮池に浮かぶ炎獄を見ながら、閻魔ははたと気付いた。


「……今、おれ、嘘ついた?」


 時計を確認する。香を吸い込んでから、ちょうど3時間。効果が切れた。


「っはぁ……!!! 終わった……!!!」


 閻魔が思わずその場にしゃがみ込む。閻魔は閻魔で結構気を張っていたらしい。膝の力が一気に抜けた。

 炎獄が蓮池に浮かびながら、ぱち、と目を覚ます。


「……首いってえ」

「炎獄! わぁー!! 良かった!!」

「え、何だこれ……何で浮いてんだ俺は……」

「炎獄、良かった、死んじゃったらわたし、どうしようかと」

「えっ……ちょ、な、泣くなよ、なんだこれ」

「炎獄ぅ、てめえの趣味は蓮池ダイブかぁ? 早く上がれトロ火がよぉ」

「んだとクソジジイ。やんのかテメェ舌引っこ抜くぞ」


 そこまで言って、炎獄も気付く。

 ふと涙目の天望を見て、確認した。


「…………よし、口からは出ねえ」

「何がですか……?」

「お前の心の中今めちゃくちゃうるせえんだろうなあ」

「よくわかりませんがお釈迦様がお待ちなので早く移動してもらってもよろしいでしょうか!」


 無事、浄玻璃の鏡のアップデートを終え、閻魔と炎獄は地獄に戻った。


 香は、「裁判中に閻魔と炎獄が吸うとまずい」となりお蔵入りとなった。

 言えないこと、言いたいこと。地獄にも極楽にもそれぞれある。地獄は今日も、嘘と本音で回っていた。


 その頃、極楽。

 蓮池の先の御堂では、香炉の火がひとつ落ち、影が長く伸びる。

 釈迦は目を閉じたまま、煙の向こうで坐禅を組んでいた。


「良薬口に苦し。されど病を去らしむ」


 瞳が覗く。釈迦はゆっくりと立ち上がると、壁を這う蜘蛛を指の先に載せた。銀色の糸が、天井の隅で揺れる。


「法も然り。苦は薬、快は麻酔……さて、今与うべきは――」


 釈迦の指先から、蜘蛛が糸を伝って降りた。

 

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