第10話 闇水
そうして今日は日曜。パトロール隊としては集まらない。が……ラビッツと二人で学園内を歩いている。今朝、食堂でリュークと朝食をとっていたらラビッツが寄ってきて、そうお願い(?)されたからだ。
茶トラ猫のトラは食堂でもオリヴィアの側にいた。賢い猫であることから人語を話せる魔道具を使い、国の中枢部で動けるようオリヴィア直々に訓練中と彼女が説明していた。人では感じ取れない気配も察知できるため、期待の猫と紹介されてトラも得意気に見えた。
俺はその説明の時だけ呼ばれたから隣にいて適当に「頼りにしているよ」と頷いておいた。国の中枢という単語をあえて出したのは、譲ってくれなどと誰かに頼まれないようにだろう。
ま、あの猫はオリヴィアに任せよう。
問題はそのあとだ。ラビッツが不機嫌そうな顔で、「あとで私に付き合って。強制だから」と告げてきた。 ……が、それよりも何よりも今もっとも気になっているのは、この手だ。
「ラビッツ」
「なによ」
「ずっと俺の服の袖を掴んでる気がするけど」
「昨日もそうだったでしょ」
「……手を繋ぐ気は?」
「ない」
どうしてだ。
「いきなり転移しなきゃならないような事態は、そうそう起きないと思うぞ」
「嫌だって言うわけ?」
「いやいや、嬉しい」
「ならいいじゃない」
「手を繋いだら、もっと嬉しい」
「絶対にいや」
なんでだ。
分からない。少しは距離が縮まった気がするのに。きゅっと服を掴んでくれているのに、どうして手を繋ぐのは駄目なんだ! そもそもなんで掴んでるんだ!
女の子は難しすぎる。
……ま、いいか。嫌われていないことだけは確かだ。前世を思えば、女の子に服を掴まれたことすらないのだ。過度な期待はせず、このささやかな幸せを噛みしめる方向にシフトしよう。
今は二人でひたすら学園内をぶらついている。ラビッツの転移魔法は、行ったことのない場所へは飛べない。いつ何が起きるか分からないから、学園内のあらゆる場所を歩いて記憶しておきたい、ということらしい。
俺はそれに付き合っているというわけだ。ついでに、デート気分をのほほんと楽しんでいる。ラビッツのほうは昨日のこともあり、予期せぬ事態を警戒して俺を誘ったのかもしれない。
普段は用のない校舎まで見て回る。転移先として記憶するのは、特定の部屋でなくとも目の前の廊下で十分だ。講義棟、研究棟、トレーニング棟、実習棟……。風景を眺めながら歩いていると、この学園には本当に多くの棟があり、教室移動が大変そうだと改めて思う。
――ザワザワザワザワ。
不意に、とある教室から複数の人の声が聞こえてきた。研究棟の一室。しかし、今日は日曜日だ。生徒たちのほとんどはレクリエーション棟や学生館、庭園、図書館などにいるはず。不審に思って足を止めた。
ボソッとラビッツに何かを呟かれるが、よく聞こえない。
「どうした」
彼女の耳元へ顔を寄せ、囁き声で尋ねる。
「扉の近く。寄ってみる」
ラビッツも小さな声で俺に囁いた。頷いて、扉のすぐ側まで移動し、耳をすませる。
「これさー、やばいんじゃねー」
「やばいよなー。なんかふわふわするー」
「俺もー、ふわふわー」
「これ、あれだよなー」
「おー、ぜってーあれー」
「なんであれができたんだろうなー」
「さーなー」
……ろれつの回らない口調。
とりあえず、何かまずいことをしているのは確かだ。中にいるのは十人くらいか。実験で妙なものが出来上がってしまった可能性が高い。このまま放置するわけにはいかないだろう。
「オリヴィアに連絡をとる」
ラビッツが頷くのを見て、こめかみに指をあてる。……この耳鳴り、どうにも好きにはなれない。
『研究棟3-B。十人程度何かの実験で失敗した模様。教室へ突入する』
『学園スタッフを向かわせる。隊員は必要?』
……パトロール隊メンバーか。
『必要ない。酩酊しているような口調。スタッフは廊下で待機を』
返事はない。分かったということだろう。無駄なメッセージの飛ばし合いは疲れるだけだからな。
「突入する」
「……大丈夫?」
ラビッツが心配そうに見上げてくる。
大丈夫なわけがない。イレギュラーな事態は怖い。でも……スタッフが来るまでに証拠を隠滅されても困る。相手は学生だろうし、事情も把握したい。
「たぶんな」
任せろとかっこつけるべきだったかもしれない。とりあえず目の前のことを片付けよう。ひとつ深呼吸して、と。
俺は王子、俺は王子、俺は王子……よし。
――ガチャリ。
扉を開けた瞬間、室内にいた全員の視線がこちらに向けられた。 実験室のようだ。蒸留器やポット、オイルの瓶や試験管などが目に入る。生徒たちが集まっている机の上には、たくさんの紙コップと液体入りのピッチャーが置かれていた。
貴族が三人、富裕層が五人。全員が先輩だ。学園にいる学生や教師の顔は、立場上すべて記憶させられている。見覚えのない侵入者には、王族である俺自身が警戒しなくてはならないからだ。
「あ……ニコラ様」
そのうちの一人、比較的まともそうな生徒が声を発した。顔見知りの貴族だ。他の者たちは、やはり様子がおかしい。
「久しぶりだね、ハロルドくん。ちょうどパトロールをしていたところなんだ」
「パ、パトロールですか」
「ああ。これでも王子だからね。学園の秩序のために奔走する『学園パトロール隊』として、実は動いているんだ。王子というのも大変さ。困り事の気配を感じて寄ってみたんだけど、なんかあったのかい?」
気さくに笑顔で問いかけると、彼は少しほっとしたような表情を見せた。
「昨年までは学園警備隊という名前で活動されている先輩方がいましたが」
「ああ、名前は自由らしい。俺たちは『学園パトロール隊』だ。かっこいいだろう?」
「そうですね」
「それで、何があったのかな」
尋ねると、彼は少し言いよどんだ。
「お酒かな」
「ち、違うんです! 僕たちはその、魔法の実験をしていまして」
「そのようだね」
「水に特殊効果を付与する練習をしていたんです」
「ほう」
ここは魔法世界。水や炎を生み出せるように、魔力を消費して液体になんらかの効果を付与することができる。
液体はキラキラと独特の光をわずかにまとい、味を変化させたり体力を回復させたりすることができる。どれだけの魔力や時間を消費するかで効果の強弱も変わるが、特定の植物の葉などを用いなければ大した効果はない……普通は。
「それで……その、闇鍋ならぬ闇水で、効果を当て合う遊びをしていまして」
楽しそうだな!
「へえ。飲んでみて、疲れが吹き飛んだら回復薬だろうとか、そういうことかな」
「は、はい」
「なるほど。面白そうじゃないか!」
「はい! そうなんですよ。それでつい、全部混ぜたらどうなるかなーとかやっちゃいまして」
分かる分かる。
俺だってやってみたい。
そんな陽キャの仲間入りをしてみたい。
「それで、こうなったのか」
「はい……。僕は皆の様子を見てやめました」
他のメンバーはこちらを見ているものの、眠そうだ。顔も赤い。ただ、苦しんでいる様子はないな。
「液体の効果は」
「混ぜる前のものなら。そちらのピッチャーの右から順に、回復、眠気、味変化、精神高揚……ここまでは確かな効果を感じました。残りの二つは、魔法効果増幅と毒消しだそうです。単体で効果が分かるものではないので断言はできませんが。そして、最後の二つは……分かりません。その二つを作った者が『秘密、秘密』と言って、気分が高揚したまま混ぜてしまって……。自分は少し怖くなって、皆の様子を見ていたんです」
「なるほど」
この生徒――ハロルドくんが作ったのが、おそらく「魔法効果増幅」だろう。自分の水以外を飲んだから効果が増幅しなかったんだろうな。
この状態になったのが自分のせいだろうと察して、咄嗟に誤魔化したに違いない。そんな顔をしている。チャンポンは飲まずに様子を見ていた……と。
正体不明の二つのうち一つは酩酊効果かな。酒に似た感覚を味わえて酒より早く抜けるから一般的だが、十六歳未満の子供には禁止だ。この学園には十六歳以上の生徒しかいないが……学生には推奨されていない。うーん、チャンポンして予期せぬ効果も付与されている気がする。
ん?
隅に小さなすり鉢が置いてあるぞ。
中にわずかな緑の葉の残骸もあるな。チャンポンした紙コップにもわずかな付着。これのせいで、魔法の効果が抜けにくくなっていそうだ。これを誰かがやったのを見て、彼はチャンポンを見送ったのだろう。
「面白いことをやっているね! 気持ちは分かるよ」
「は、はい……すみません」
「でも、この状態で生徒たちが外へ出るのがまずいのは分かるよね」
「ですよね……」
「昼になればお腹がすくだろう。でも、それまでに効果は抜けそうにない」
「はい」
「悪いけど、効果が抜けるまでは学園の管理下にいてもらおうかな」
「それはっ……」
「大丈夫だよ。学生にはよくあることさ。他の学生にも知られないように配慮はしてもらうけど、いつでも俺がパトロールに来るわけじゃない」
むしろ、こんな生徒がいましたと噂が広がると、真似する生徒がいそうだ。口止めした方がいいだろう。
「すみませんでした。もうしません」
「それがいいね。少しここで待っていてくれ」
「はい」
ラビッツと一緒に廊下へ出ると、職員の制服を着た男性が二人、待機していた。
「ニコラ様、事情を聞いてこちらにまいりました」
学生ではあるものの、俺の扱いはまぁこうなるよな。一人の生徒ではなく、王子に対する態度だ。この立場であることの重みを……事あるごとに感じる。
「ああ、手短に状況を話すよ。ただ、彼らには大事にはしないと約束はしたし、これが再犯でないのなら大目に見てやってくれ。そう俺が頼んでやったとシラフに戻った生徒にも恩を売っておいてもらえると助かるよ。今後のパトロール活動において、役に立ってもらうことがあるかもしれない」
「はっ。分かりました」
「この部屋の片付けはこちらでやっておく。内容物も軽く確認はして、まとめておく。自白とあとで照合してくれ。彼らはしばらくどこかの部屋に隔離して見張りも必要だろう。そっちを頼む。で、事情は――」
把握したことを全て話すと、スタッフは頷き、ふらふらしている生徒たちを連行していった。
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