第9話 出会い

「なんだ、これ……」


 切り立った岩の穴がなぜか光っている。目の前の試しの女神像の後光のようだ。というか眩しくて、そもそも像がほとんど見えない。 


「みんな、下がってろ」

「私も戦える」


 リュークとベル子が剣を抜いた。

 俺とラビッツとルリアンは杖を構える。


 剣を抜いたということは、学園スタッフに検知されているはずだ。振り子が振れたことは動かした張本人である顧問がとっくに学園長に伝えているだろう。俺たちがここにいることも把握されているに違いない。


 何かあっても助けは来る……が、ここに他の学生が来るのはまずそうだ。オリヴィアにも先に伝えておけばよかったな。今から送るか。


 こめかみに指をやる。オリヴィアを強く意識し、キィンと耳鳴りがしたところでメッセージを頭の中で唱える。


『試しの女神像の岩穴が発光。剣は抜いた。危険の有無は不明』

『そう。立ち入り禁止にしてもらう。続報を待つわ』


 ……ふぅ。やっぱり少しだけ疲れるな。ざっくり三十文字程度が限界だが、その時の体力にもよる。


 俺たちは、じりじりと女神像の側へ寄った。眩しさが増し強い風も吹き始める。ベル子が魔法の障壁を張った。風だけでなく光も和らいだということは、この光に魔力が宿っているということだ。


「ニコラ、お前は下がっとけ」

「除け者にすんなよ。みんなで楽しもーぜ!」

「……ったく」


 リュークがベル子に「お前は障壁を維持してくれ」と言うと、高く跳躍した。魔力の乗った剣が、一層輝きを増した光を切り裂いていく。そうして女神像の真上を横薙ぎし――、


「なにするにゃん! 危なすぎるにゃん!」


 光が消え去ったそこには、一匹の猫がいた。茶トラ猫だ。ラビッツとルリアンが可愛がっていた茶トラ猫に色は似ているが……尻尾が二本ある。化け猫だ。しかも胸の真ん中に大きな薔薇のコサージュがついた橙色のふりふりドレスを着て、立っている。


 ――漫画かよっ!


「……ラビッツ、この世界に化け猫はいたっけ?」

「いなかったわね。お化けはいるわけだし、化け猫がいてもおかしくはないかもしれないけど……」


 顧問のことだな。この世界では正式には思念体という言葉が使われるものの、通称はゴーストだ。


「でも、こんなのゲームではなかったわ」

「そうだな」


 毛を逆立ててシャーと威嚇していたが、何かに気づいたかのような仕草のあとに――、


「早くここから降ろすにゃん!」


 そう言って、女神像の頭の上で固まったまま震える。すぐにリュークが高く跳び、雑に持って戻ってきた。するりと猫が地面へと四つ足で降り立つ。そして、また立った。


「もう少し丁寧に扱ってほしいにゃん」

「お前、何者だよ」


 リュークはまだ警戒しているようで、剣を構えたままだ。


「にゃっふっふ! にゃんと別世界から来たのにゃん!」

「別……世界!?」


 皆が驚く中、俺とラビッツは目を合わせて頷いた。


 ◆


 茶トラ猫の話を聞いたところ、元は人間でどうやら何十年も追い続けた夢がやっと叶うというところで、猫の姿でここへ来てしまったらしい。その直前に女神と会話をしたので、動揺などはなかったようだ。


 ……俺は、女神も光も何もなかったけどな。


 どんな夢だったのかや、どんな人だったのかなど肝心なことは何も話さない。俺はとりあえず話を聞きながらオリヴィアにメッセージを飛ばした。


『異世界から尾が二つの猫出現。人間の言葉を話す。光は消えた』

『そこに留まっていて。報告後に行く』


 うーん……留まれということは、このままこいつが人前に出るとまずいとオリヴィアも判断したのだろう。そのあたりを学園長や顧問と相談するんだろうな。


 話が一段落したところで切り出す。


「おい、猫」

「態度がふてぶてしいにゃん」

「俺は王子だ、当然だろう」

「王子にしてはバカっぽいにゃん」


 まだバカっぽいこと言ってないだろ!


「人の言葉を話すとなれば、大騒ぎになる。あり得ないことではないが、俺もそんな猫の話を聞いたことはない」

「うにゃ」

「見つかれば管理される……と思う」

「神様も魔法もある世界にゃん。マスコットキャラとして受け入れてもらえるはずにゃん」

「無害だと確証を得るまで無理だろう」

「うーにゃぁ」


 悩ましそうに顎に手を当てている。こんな猫がいてたまるか。


「野生の猫として不味いものを食べるしかない生活は嫌にゃん。大事に愛情深く管理して、それなりに自由に育ててほしいにゃん」


 ニートか!

 いや、飼い猫とはそういうものか……。


「あ、そうにゃん。女神様が特別に何かの能力をくれるって言うからなんでも食べられる体をもらったにゃん。チョコレートだって食べられるにゃん!」

「……魔法は? チート能力は?」

「なんにも使えないにゃん。でも、人語をしゃべられるにゃん。すごいにゃん。にゃんにゃん言ってるのは女神の趣味にゃん。止められないにゃん」


 駄目だこいつ。そこはチート能力をもらっとくところだろう。ついでに、女神の趣味もおかしい。なんなんだ、この世界は。


「とにかく、今後どうするかは俺たちの指示に従ってくれ」

「……具体的にはどうするにゃん」

「もうすぐ誰かがここに来る。リュークとベル子が抜刀したからな。まずは話し合いだ」

「オリヴィアがいないにゃんね。呼んだのにゃん?」


 こいつ……!

 俺とオリヴィアがメッセージを飛ばし合えることは、この場ではラビッツしか知らない。オリヴィアの存在まで知っているということは、こいつは間違いなくこのゲームをプレイしたことがある。俺たちと同じ世界から来たのかもしれない。


「ニコラ王子は、オリヴィアへメッセージを飛ばせるにゃんね?」


 それを皆に話すのはまだ先だったんだけどな。


「口外禁止事項だ。皆も黙っておいてくれ。事実ではある。テレキネス能力者にのみメッセージを伝えることができる。ただし短文しか無理だ」


 口外禁止の理由は知らされていないが、人というのは記録していないことを忘れやすい。ポンポンメッセージを複数の能力者と飛ばし合っていたら、忙殺されるだけでなく大事なことでも忘れてしまいそうだ。王子であることを考えると、黙っておいた方がよさそうではある。


 オリヴィアにだけは、幼い頃に考えなしに言ってしまった。……ゲームのヒロインの一人だからな。オリヴィアルートの時も俺がその能力を使って、リュークと彼女の恋のキューピッドの役割を果たしていた。


 そのあともいくつか質問を重ねたところで、オリヴィアが来た。


「待たせたわね」

「わーっはっはっは! 早速任務を遂行したようだな! ご苦労!」


 顧問もいるじゃねーか。


「立っているのね。確かに人間みたい。その子には首輪をつけるわ」

「いやにゃん」

「人語を話す魔法の首輪よ」

「もうしゃべってるにゃん」

「そう人に思わせるためよ、つけなさい。ニコラ様、事情は」

「長年の夢が叶う直前に別世界から女神の助けでここに来たらしい。それ以外の質問ははぐらかして答えない。自由な食っちゃ寝生活をしたいニート希望の猫だよ」

「うにゃ!?」

「分かったわ、詳細は私が聞き出すことにする。来なさい」

「い、いやにゃん」

「駄目よ。早くこの首輪もつけて。そうでないとご飯をあげないわよ」

「いやにゃーん!」


 不満げに身を震わせながらも、仕方なくラインストーンの施された赤い首輪を大人しくつけられている。圧力には屈するタイプか?


 不安そうな茶トラ猫をオリヴィアが抱き上げた。


「ではね」


 はえーよ!


「待ぁて待て待て待て! 顧問である俺がなんのためにここに来たと思っているんだ! ここは大事なところだぞ」

「……それなら、早くしてちょうだい」

「あらためて学園パトロール隊、メンバー六人と顧問の俺、そして一匹の猫で結成だな!」


 パチパチパチパチ。

 少しのと、まばらな拍手。


 ――って、え? 保護するだけじゃないのか? 隊員に? 顧問がそう決めたということは……無害な猫ではあるんだろうな。


 ほっとして胸を撫でおろす。


 場合によっては、王家預かりで管理する必要があるかと思った。顧問とオリヴィアで話がついていそうだし、あとは任せよう。


「猫さん、名前はなんというんですか?」


 ――シーン。


「忘れたにゃん」


 えー。


「それでは、なんと呼べばいいでしょう」

「なんでもいいにゃん。何を聞いてもしっくりこない気がするにゃん」

「では、トラちゃんにしますね!」


 安易だ……。

 茶トラ猫だからな。


「安っぽい名前にゃん」

「では、シュヴァンクアレハンドラ・イアロステルミナーレにします」

「……トラちゃんでいいにゃん」


 ルリアンは、ゲームの通りにやっぱりすごくルリアンだな。


「えへへ。それではトラちゃんも一緒に、パトロール隊再結成です。えいえいお〜!」

「お〜!」


 最後は皆ではもった。

 ベル子がそのあとにまた、ゆったりえいえいおーを披露して、もう一度「お〜!」と笑い合う。


 ま、オリヴィアは何も言わないけどな。


 もう、どのシナリオもゲームの通りには進まないだろうなと思う。 


 

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