第8話 パトロール開始
「振れてますね」
「どえー!?」
導きのペンデュラムがドワンドワンと激しく揺れている。引きが強い方向へと動かすと、とある場所でピタッと止まった。ややずらせば、また動く。
マジか。
ゲームでは振れていなかった。初日だしと、皆でのんびりパトロールするだけだったのに。
「この場所ですね」
「ドーナツ岩と試しの女神像……」
ベル子が小さく呟いた。
学園の湖畔には、人の五倍以上はあろうかという巨大な岩がそびえ立っている。その中央には穴が穿たれ、女神像がちょこんと鎮座している。ゲームの中で訪れたことのある場所だ。
「では、早速レッツゴーです!」
ルリアンが元気よく言って、ぞろぞろと教室を出るが……俺とラビッツは自然と寄り添って小声でヒソヒソと話す。
「……ニコラ、どう思う?」
「ゲームと違うな」
「ええ。気をつけた方がいいかもしれない」
「そうだな」
ルリアンは「初めてのパトロール、初めての任務ですね〜」と浮かれている。やる気のなさそうなリュークに、何があるのかと疑問符を浮かべるベル子。そんな三人と、のんびり歩く。
……危機感はまるでない。
「どうする、ラビッツ」
「行くしかないでしょ。そのためのパトロール隊なんだから。私の側から離れないでよ、リュークの側からもね」
俺の護衛を兼ねているリュークと、いざとなれば転移魔法を使えるラビッツ。俺を守るのが使命とはいえ……。
「俺だって強いんだぜ?」
「それはそうでしょ。王子なんだから」
「俺だってラビッツを守りたい」
「守られるのがあなたの仕事よ。これでも家からかなり言われてるのよ」
「うう……」
かっこ悪いんだよな。
俺だって、結構やるのに。
「俺の後ろに隠れろ、とか言ってみたい」
「……黒子が出てきそうね」
やはり黒子と呼ぶか。ゲームでも通称・黒子だったからな。黒くないけど。
「命に代えても守るとかやったらさ、ラビッツも俺を見直してくれるだろ?」
「……見直しても死んでるなら意味ないわね。というか、どの面下げて私だけ生き残るのよ。絶対イヤ。家に顔向けできなくなるのよ。全員で転移は無理だけど……」
「俺だって嫌だ。皆を見捨てて自分だけ逃げて、何が王子だ。そんなんで国なんか背負えるかよ」
「…………」
あれ?
なんか黙ったぞ?
「ラビッツ?」
「そ、そう。それなら全員無事に戻るしかないわね」
「ああ。安全第一だな」
「でも、何かあったらすぐに転移できるように掴んどくから」
「え?」
ラビッツが俺の袖をぎゅっと……服の布地だけだけど、ときめくぞ。
「ちゃんと、守る」
家でそうしろと、散々言われてきたのだろう。転移魔法の使い手としての自覚を持てと。何を犠牲にしてでも、国の王子だけは生かさなくてはならない、と。
だからこそ、ゲーム内でリュークと両想いになった場合、二人が結ばれるためには俺から婚約破棄するしかなかった。リュークとラビッツの両親にはしっかりと根回しをし、「二人で仲よく俺を守ってくれよ」とヘラヘラ笑って祝うニコラ・スタッドボルトは、まさにリュークの親友だった。
転生したラビッツも、同じように何度も言われてきたに違いない。俺の婚約者の自覚を持て、と……。
彼女の手が少し震えている。魔法の存在する世界での、思わぬ展開。俺を守ると言いながらも、本当に怖いのはラビッツの方だったのかもしれない。お化け屋敷でツレの袖を掴むタイプなのかもな。
ゲームとは違う。魔法が原因での死亡事故も、この世界にはありふれているという知識もある。
「かっこよく俺が守るさ」
そう言わせてくれよ。
かっこつけたい。
好きな子の前でさえかっこつけられなかったら、男として終わりだろ?
あれ。
前を歩いていた三人が、いつの間にか足を止めてこちらをじっと見ている。自然と俺たちも止まった。
「どうした?」
「あー。ニコラ、そしてラビッツ」
あらたまってどうしたんだ、リューク。
「俺が全員、守ってやんよ。この国の王子も仲間も、誰も傷ついたりしないから安心しろ」
かっこよく持ってかれたぞ!?
「私も。剣も得意。さっきは謙遜した」
「はわわ、私だって治癒魔法得意ですからね! みんなでお二人をお守りします。そうですよね、おかしな魔法の気配ですから危ないことがあるかもしれませんよね。浮かれてしまって、すみませんでした。皆で未来の国王陛下と王妃様を守ります!」
ぐお! 最後の言葉のプレッシャーが酷い。俺だって鍛えてるし強いんだぞ! 頑張ってるんだぞ!
「そうよね。ごめん。皆で立ち向かいましょう」
「はい! 気を引き締めて行きましょう。えいえいお〜!」
「……えいえいお〜……」
おお、ベル子のゆったり『えいえいお〜』が出た! よく見るとラビッツの目がキラキラしているな。やはりナマの台詞は興奮して――って?
「ニコラ、聞けて嬉しい?」
どうして、突然むくれた顔でこっちを見るんだ。しかし、ニヤつきも隠せていない。どんな顔だよ。
「まぁな」
「ふーん」
「お前だってそうだろ」
「もちろん」
それなら睨むなよ。
意味深な顔で、袖をくいくいと引かれる。
「さっき、ほんのちょっぴり、わずかに少しだけ王子様らしかったから、サービスしてあげる」
「へ?」
ラビッツが俺を引き寄せて耳元で囁いた。
「……寂しいのは嫌い」
ぬぁ!?
いきなり例のラビたんの台詞が! ゲームでは俺に向けることはなかった、ラビたんのあの台詞が!
「もう一回お願いします!」
「駄目。今のは特別サービスしてあげただけよ」
「なんでしてくれたんだ! 理由を教えてくれ!」
「王子らしかったからだってば。一回だけなの!」
王子らしさ!?
王子っぽいことを言えばいいのか!?
「王子……王子とはなんだ……」
「変なことを考えてないで、前を向いて歩きなさいよ」
ラビッツが掴んでいる俺の袖をぐっと揺らす。それと同時に、前を歩くベル子がぼそっと呟いた。
「……ラブラブ」
よく分からないが、もしかして親密度は上昇しているのか!?
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