第18話 解呪

 翌朝寒々しい自分のベッドの上で目を覚ましたとき、なぜか意識がとても冴えていて驚いた。ダイニングテーブルに確かに置いてあるメモのおかげで前日の母からの電話が現実なのだと再確認できた。

 有紀さんに言っておこう。

 僕は携帯電話を手に取って有紀さんに電話をかけた。

「もしもし、篝くん?」

「ああ、有紀さん。昨日母から電話があって、今日のお昼に会ってくるので早坂宅に戻るのは明日になりそう」

「なるほど、了解。何かあったらいつでも連絡してね、飛んで行くから」

 有紀さんの声に少し安堵して僕は礼を言う。でもこの人は母と繋がっていたのだ。

「有難う」

 五分足らずで会話は終わって、部屋はまた静かになった。いつも父が作ってくれていたように目玉焼きを作ってみる。血は繋がっておらずとも僕たちは似ているようで、目玉焼きは綺麗にできなかった。それが、今は何だか嬉しい。

 今日から学校はテスト週間で自由登校だ。幸い勉強はそこまで追い込まずとも平気な質なので、母に会う前に軽く復習するくらいで十分だろう。何せテスト自体は月曜日なのだからまだ時間はある。


 十一時に鳴るように設定しておいたアラームが部屋中に鳴り響いて僕は勉強道具を片付けた。部屋着のまま過ごしていたので着替える。クローゼットを開けると適当にハンガーにかかっている長袖の服が三枚と半袖の服が四枚あった。僕は最低限しか持たない癖があるせいで服自体が異様に少ない。寒がりなので普段学ランの下に着ているシャツの上から桔梗鼠色のハーフジップを重ねた。下の服なんて上の服よりもうんと少ないから選ぶという単語は似合わない。二本しか持っていない黒っぽいスラックスを履いて、見事に全身モノトーンだ。

 気を引き締めようと洗面台まで行って冷水で顔を洗った。意識自体は冴えていたもののぼやけていた身体感覚が急激に鮮明になったような気がしてゾッとした。ふと顔を上げるとやはり鏡には薄い栗色の髪に青緑とヘーゼルが混ざった瞳を持った男が映っていた。それでも一昨日と比べると前髪も短ければどこか顔色も良くなっている。ただ白かっただけの肌が生気を帯びて僕を人たらしめている温度が目で見て取れる。

 スラックスのポケットに携帯電話と財布だけ入れて僕は靴を履いた。

 行ってくるよ、父さん。

 今から行くよ、母さん。

 二人をめちゃくちゃにした僕と、僕をめちゃくちゃにした二人。お互い様だけれど、それを解決できるのはもう母さんと僕しかいない。拗れまくった僕の心を解せるのも母さんと僕しかいない。

 どうか、僕に幸運を。どうか、僕に解呪を。どうか、こんな僕に終わりを。

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